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第9話

 いつの間にか時間は11時を回っていた。


「おっと、こんな時間か。そろそろ、宿に戻らないとな」

「そうっすね。先輩、宿どうします?」


 椿は今日からスグルたちのクランに加入した。当然宿も同じ方が都合がいい。


「そうだった。私も君たちと同じ宿に宿泊したほうがいいだろうな」

「なんだったら部屋も一緒で構わないっすけど……。あ、でもそれだと先輩とスグルを二人きりにしないとだめか」

「バ、バカ。なに言ってんだ」

「そ、そうだぞ。べ……別にスグル君と二人になったってなにかあるわけでもないが……」


 スグルが慌てて言い繕おうとすると、横で椿もしどろもどろになりながら龍司に講義をしている。

 

 ん? 先輩昨日のときはこういう冗談受け流してたのにどうして今度はこんなに焦ってる?

 そんな疑問を抱き、椿の横顔を見る。


「――あ、イヤ、君といるのがイヤというわけではなくてだな……」


 スグルの視線に気づいた椿が、いつものクールな雰囲気は何処へやら。慌てるあまり、顔を紅くしながらワタワタと手を振る。


「そんなことより、明日からの活動はどうするんだ?」

「ん~。これといって明確な目的もないっすからねぇ。どうするよ、スグ、琴葉?」

「そうですね。また明日になったら酒場で依頼を探すことにします?」

「う~ん。それでもいいけど……。オレたちサントラフォードを拠点にして一ヶ月は経っただろ?ぼちぼち拠点を移動してもいんじゃないか?明日でまた現実世界に戻るんだし、移動して色々と下見(したみ)すれば丁度一日くらいかかるだろうし……。そろそろ大きな都市にも行ってみたいと思ってたから」


 先輩がクランに加わってくれたことで、より難易度が高いクエストも受けるができるだろう。それならば、より大きな都市を拠点にしたほうが都合がいいだろう。


「それナイス。スグにしてはいいこと言うじゃん。サントラフォードもいいけど、俺もエバーランドの大都市見てみたい。琴葉と先輩は?」

「私は構わないよ。この街にはそれほど長く滞在するつもりでもなかったしな。酒場での依頼も一通り見たが気になるクエストもなかったし」

「でもそれじゃ、次の拠点を何処にするか決めないとですね」


 そんな話をしていると目的地である宿、月見亭が見えてきた。サントラフォードを拠点にしてからスグルたちが使っている宿で、値段の割りに部屋はかなり居心地が良い。弱小クランで経営状態が潤沢(じゅんたく)とは言い難い〝天空を護る者〟にとっては、この街を拠点にして一番よかったポイントかもしれない。……ただ宿の食事だけは残念だったので毎回、酒場やレストランで食事をしなければならなかったが。


「ここか。中々よさそうな宿だな」

「部屋は確かにかなりいいですけど、……食事のほうはかなり残念ですよ」


 スグルの言葉に龍司も琴葉も苦笑いだった。


 宿に入り、受付に椿が部屋は空いているか確認すると、どうやら1部屋しか空いてないらしい。それも一番高いスイートだけ。しかし、スグルたちなら躊躇(ちゅうちょ)したであろう値段の部屋を椿は迷うことなく借りた。部屋をのぞいてみるとスグルたちの借りている部屋の3倍はあろうかという広さで、調度品(ちょうどひん)も豪華なものがそろっていた。


 結局、時間的にはかなり遅いが、せっかく広い部屋をとったので椿の部屋で次の拠点を何処にするかという話し合いをすることにした。部屋にあったエバーランドの詳細な地図を見ながら次の目的地について相談する。


「これといった目的地はないからなぁ。――そういえば先輩はサントラフォードにはそれほど長く滞在するつもりはないって言ってましたよね。ここから何処へ向かうつもりだったんですか?」

「私かい?別に私もこれといった目的地があるわけでもないんだ。目的を果たした後、この街に来たんだから」

「目的ってなんだったんすか?」


 スグルが聞くよりも先に龍司が椿に尋ねる。

 その問いに対して椿は一瞬躊躇(ためら)ってから答えた。

「――墓参り……のようなものかな。丁度1年くらい前、1年生のこの頃に私の弟が2度目のゲームオーバーになった……。別にもう1度その場所を訪れたところで何かが変わるわけでもないのだがな」


 椿は口元に微笑を浮かべながら答える。

 その微笑みは自嘲的で――

 ――(はかな)げで――

 ――哀しい微笑だった。


「すいません。嫌なこと聞いてしまって……」


 龍司が痛いような表情で謝る。

 しかし、龍司の謝罪に対して椿は物悲しい微笑ではなく希望を携えた笑みを浮かべた。


「いや、構わないよ。――あの場所へ行って後悔の念に駆られた私は、すべてを投げ出したくなった。そしてサントラフォードの街で無茶なクエストを受注し、弟と同じように2度目のゲームオーバーになろうとした。

 弟がゲームオーバーになった日の誓いを破ることになるが、1年間1人で必死にがんばったから、と醜い言い訳を作って逃げようとした。

 だが君たちが助けてくれた。くさい言い方をすれば、もしかしたら弟が君たちとめぐり合わせてくれたのかもしれないな」


 その瞳に映るのは過去の絶望ではなく――

 ――未来への希望であると思うのは気のせいではないだろう。


「まぁ、そんなわけで私も特に目的地があるわけではないんだよ」


 苦笑いと共に椿が言う。その苦笑には、この世界で過ごす時間は終わると思っていたから、という意味が含まれていたのかもしれない。――いや、きっと含まれていたのだろう。


「でも、そうなると……、どうしましょう、次の拠点?」


 琴葉の疑問に、う~ん、と唸る4人。


「ん、そうだ」


 と、ふと思い出したように椿が顔を上げる。


「君たちはサントラフォードへ来るとき、どうやって来たんだい?」

「移動手段って意味ですか?それなら定期馬車でしたけど……」


 スグルがそう答えると、椿はならば、と提案をする。


「大陸横断鉄道に乗ってみる、というのはどうだ?」


 ――大陸横断鉄道。

 エバーランドは主に1つの大陸で構成されている。その大陸の西の交通の要であるサントラフォードと、東の交通の要である都市、カルチャクスを繋ぐ鉄道のことだ。二つの街をおよそ半日で移動できる、この世界での最速の交通機関である。


「いい。いいっすね、それ。俺も乗ってみたいっす」


 椿の提案に龍司が飛びつく。

 ――テンション上がりすぎだ。ガキかよ。

 スグルが琴葉の方に視線を向けると、龍司を見てオレと同じ感想を抱いたのだろう。オレと目が合うと困ったように微笑みながら頷く。

 琴葉も異議はないようだ。


「それじゃ、明日は大陸横断鉄道でカルチャクスに移動だな」


 スグルがそう言い、そこでひとまず会議は解散となった。


 部屋に戻り、龍司と交代でシャワーを浴びる。時間は2時を過ぎていた。


「まさか、あの事件を椿先輩が見ていたなんてなぁ」


 思い出したように龍司が呟く。


「なぁ、スグ。おまえってさ……、今更だけどバカだよな」

「はぁ?リュウにだけは言われたくねーぞ」


 いきなり何を言い出すんだ、とスグルがベッドから起き上がって龍司を見る。


「普段の様子見たら、オレよりお前をバカというやつの方が間違いなく多いわ」

「いや、なんていうかさ……。そりゃ、普段の行動はそうでもないけどさぁ――」


 クスクスと色々なことを思い出すように笑いながら、龍司が言葉を続ける。


「琴葉のときにしろ、椿先輩を助けたときにしろ……、他にもいままでスグとつるんでいろんなことあったけどさ……。

 とんでもなく無茶なバカやるのはスグの方じゃない?」

「そんな……、ことは……」


 無いとも言えないのがちょっと悔しい。

 ボソボソと言い訳をするスグルをみて龍司がまた笑う。


「ホント素直じゃないよな、スグは。いつもはクールぶってるくせに……。スグがバカやるのは決まって誰かを助けるときなんだよ」


 龍司の言葉に顔が熱くなってくる。


「うるせっ。早く寝ろっての」


 赤くなった顔を見られたくないので、慌てて背中を向けて寝転がる。


「はいはい、勇者様。あ~あ、俺も早く上級ロールになりてーなぁ。……やっぱ無理なのかな。選ばれたやつしかなれねーのかな……」


 龍司がぼやきながら眠りに落ちる気配が伝わってくる。

 規則正しい寝息が聞こえてきてからスグルはボソッと呟いた。


「オレがなれたんだ。リュウだって上級ロールになれるさ、絶対」


 相手が眠ってるのはわかってるのに恥ずかしくなってくる。そんな気恥ずかしさを胸にしまいこみながらスグルも眠りに落ちていった。薄れていく意識の中でさっきの龍司の言葉を思い出す。

 ――オレが無茶をするのは誰かを助けるときか……。そうかもしれない。

 ――だけど。無茶をする理由はそうかもしれないが、無茶をできる理由は別なはずだ。


「オレが無茶できるのはお前が隣で助けてくれるからなんだよ」

 


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