第10話
「――きろ。起きろ、スグル君」
誰かに肩をゆすられ、スグルは穏やかな安眠から現実へ戻される。……いや、ここは現実じゃない、エバーランドか……。
寝ぼけ眼をこすりながらさっきまで見ていた夢を思い出す。
――天使とバトルするなんて……。相手が飛行してると戦いにくいなぁ。でもこれからはそういう敵と戦うこともあるかもしれないよな。それにしても龍司がオレより早く起きるなんて珍し……。
フワー、と大きなあくびをしながら目を開けると目の前には白銀の髪をなびかせた少女の顔があった。
「…………天使?」
「……まだ夢を見てるのかい?」
血の巡りが半分ほどの脳みそを可能な限りフル回転させると、そこには――。
「せ、先輩?」
驚いて飛び起きる。
「うおっ、琴葉?」
隣のベッドでは琴葉に起こされた龍司が同じように飛び起きている。
「な、何でオレらの部屋に?ていうかどうやって入ったんです?」
「何でって……、一体何時だと思ってるんだい?」
寝癖のついた頭を掻きながら時計を見ると……。
「「すいません申し訳ございません」」
龍司と同時に全力で謝る。時間は12時を過ぎていた。
「もう、二人ともしっかりしてください。10時に先輩の部屋に集合っていったじゃないですか」
「まったく、いくら待っても現れないし、部屋をノックしても全然返事もない。鍵が開いてたから良かったものの……。いや、良くはないか。無用心だぞ」
朝(というか昼間)から説教を受け、少しへこんだままスグルたちは大陸横断列車に搭乗すべく、駅のプラットホームのベンチで列車の到着を待っていた。列車の発車時刻は午後1時半。
サントラフォードからカルチャクスまで約10時間かかるので、カルチャクスに到着してすぐに現実世界に戻ることになる。
「もう。二人が寝坊するからですよ。この電車じゃ、カルチャクスに着いてから街を散策できないじゃないですか」
「悪かったって、琴葉。それから椿先輩も。お詫びに今度学食でもおごりますよ。…………スグが」
「オレだけかよ?お前もちゃんと金出せよ」
「スグル君のおごりかい?なら学食名物のギャラクティカストロベリーパフェを――」
「あーっと、鉄道来ましたよ。さぁ、乗り込みましょう」
タイミングよく列車が駅に着いたのでスグルは強引に会話を切る。
ギャラクティカストロベリーパフェって、2500円とかするアホみたいなパフェおごるなんて勘弁してくれ。
真っ赤に塗られた5両編成の列車が到着する。客室は全部で3両。他にレストランのある車両と雑貨などが売られているショップのある車両によって編成されている。先頭で指定された4人用の客室に入った龍司が感嘆の声をあげる。
「すっげー。昨日の先輩の部屋みたいだ」
龍司の言うとおり、そこはホテルと見紛うほどの豪華な部屋だった。広々とした部屋の中央には円卓が置かれ、上にはお菓子やお茶が用意されている。入って左側の壁際に置かれた棚には、10時間もの移動を退屈させないよう様々な本やカードといった類の遊具が並べられ、その反対側にはゆったりとしたリクライニングソファが置かれていた。
「うわー、すごいですね。列車の中とは思えないです」
「これは……。思ってた以上だな」
龍司の後に続いて部屋に入った琴葉と椿も驚いている。
「ホントにすごいな。ん?ていうか、先輩はこの列車乗ったことなかったんですか」
そんな話を部屋の入り口でしていると、後ろから別の乗客であろう、4人組の話し声がしてきた。
「これが大陸横断鉄道っすか。俺、初めて乗りますよ」
「あ、俺も、俺も。それにしても昨日の戦闘でのタカさん、凄かった、ていうかさすがだったっすね。〝紅狼〟の名は伊達じゃないって感じっすね」
「なんだよ、シュウもユウもタカばっかりで」
「いいから早く客室に行――。うん?椿か?」
最後の穏やかな声の主がどうやら客室の扉のところに居たスグルたち、正確には椿に気づいたらしい。
名前を呼ばれた椿が振り向き、スグルたちもつられて、視線を後ろに向けると、そこに居たのは――
「「「「あ~っ」」」」
スグル、龍司、それから話しかけてきた4人のグループの内の2人、4重の声が響いた。琴葉が怯えるように龍司の後ろに姿を隠そうとする。
そこにいたのは半年前、琴葉を無理やり勧誘していた〝牙狼の騎士団〟のメンバーである2人の先輩だった。
「――っ。うるさい、だまれ。珍しいな椿。かなり難易度の高いクエストでもパーティを組みたがらないお前がだれかとパーティを組むなんて。誰なんだそいつら?シュウ、ユウ、お前ら知ってんのか?」
椿の知り合いらしい、最初にこちらに気がついた先輩が4人の叫びに顔をしかめながら聞く。
「いや、その……。知ってるわけじゃないんすけど……」
「その1年たちと前にちょっとありまして……」
言いにくそうにもごもごと口ごもる、シュウ、ユウと呼ばれた2人。
「そうか。この2人はあの時の……。そういえば〝牙狼の騎士団〟とか言っていたな」
唯1人その場の人物を全員把握している椿が納得したようにうなずいているのをみてこっそりとスグルは尋ねてみた。
「先輩、この人たち知ってるんですか?」
「ん?ああ。その2人はスグル君たち同様あのとき見ただけだが――」
そういって椿は視線でシュウとユウと呼ばれた2人の先輩を示した。
「だが、残り2人は知っているよ。彼らは3年生の〝牙狼の騎士団〟の団長と副団長だ」
椿がスグルたちに紹介をしてくれた。
タカと呼ばれた、背の高い切れ目の先輩がどうやら団長らしい。移動時なので地味な色のレザーコートにズボンといった服装だが腰に帯びた剣はかなりの業物のようだ。冷静な声と落ち着いた雰囲気をしているが、それが逆に言い知れないオーラを醸し出している。
そしてツンツンしたショートヘアの先輩が副団長らしい。マサ、と呼ばれたその先輩は背の高さはそれほど高くはないが格闘技でもやっているのか、鍛えられた体つきをしているが顔はヤンチャ坊主のようなあどけなさを残していた。ベルトに幾何学的な魔方陣のような模様が描かれたナックルをかけているのでどうやら見た目通り肉弾戦を得意とするロールについているらしい。
「こっちはシュウとユウ。どうやら顔見知り程度ではあるようだな。俺らのクランはさ、定期的にパーティメンバー入れ替えてるの。それで今はこの4人でパーティ組んでるけど、ほかに何組か俺らのクラン所属のパーティはいるよ」
4人のなかで比較的フレンドリーなマサが因縁の先輩2人を紹介してくれる。
エバーランドでのパーティは基本6人以下で組まれることが多い。あまりに多くのメンバーでパーティを組むと、連携が取りづらくなったり、回復役の負担が大きくなりやすくなるなどのデメリットがあるからだ。なので、スグルたちの〝天空を護る者〟などと違い、7人以上の人数の多いクランでは複数のパーティを組むのが普通である。
「んで、椿よぅ。俺らの紹介がすんだところで、そいつらの紹介もしてくれよ。さっきからタカが嫉妬の炎をメラメラとぶぐっ――」
「バカヤロ。黙ってろ、マサ。あ~、それで椿、そいつらは何者だ?俺らがあれだけ声かけても一時的なパーティさえ組まなかったお前が、どういう風の吹き回しだ?」
常に冷静沈着という雰囲気のタカ先輩が慌ててマサ先輩のみぞおち目がけて拳をねじ込み、顔を真っ赤にして、椿の方をチラチラと見ている。
「ス~グ、こりゃ強力なライバルがいたもんだな」
龍司がニヤニヤと不可解な笑みを浮かべている。
「ライバルって……。そりゃ、一応はライバルだろうけど、オレだけの問題じゃねーだろ。ていうかオレらのクランじゃ〝牙狼の騎士団〟のライバルなんて言えないだろ」
スグルが何を言ってるんだ、という顔を向けると、龍司と琴葉は顔を見合わせ同時に盛大なため息をついてから、気の毒そうな、憐れむような視線を向けてきた。
「いや、スグ。そうじゃなく――」
「「何だって?」」
再び口を開いた龍司の言葉を遮ったのは、椿と話していた〝牙狼の騎士団〟のメンバーの驚きの叫びだった。
「クランに……入った……?どうして?」
タカ先輩の切れ目がこれでもか、というほど見開かれている。
「あれほど、ソロにこだわってたお前が……。…………何でだ?こいつら1年だろ。俺らのクランとは一時的なパーティも組まないのに……。それなのに……、なのに、なんでこんな1年だけの弱小クランに入ったんだよ?」
「タカ先輩たちには目をかけていてもらっていて、申し訳ないが決めたことなんです。彼らの力になりたい、彼らと共にこの世界で冒険したいと……」
「~~~っ。そうかよ」
後悔することになるだろうがな、と言い捨て、〝牙狼の騎士団〟は自分たちの客室に引き上げていった。
ハァ~、と後ろで大きなため息が聞こえた。
「琴葉、大丈夫か?」
龍司が琴葉を気遣い、いすに座らせる。
「しかし、あの様子じゃ〝牙狼の騎士団〟を完全に敵に回してしまったな。厄介なことにならなければいいが」
椿が苦笑しながら琴葉の隣に腰を下ろす。
「しかもこの列車に乗るってことは……目的地が同じってことですよね」
スグルはテーブルにあったポットから、4人分の紅茶を淹れながらため息をつく。
「くよくよするのはやめようぜ。10時間もあるんだ。カードでもやろうぜ」
暗くなった雰囲気を振り払うかのように、龍司が明るく振舞う。




