第15話
スーッとスグルと椿をつなげていた光が消えていった。
「終わりだ。ファルマー」
意識が再び、自分1人に戻ったのを少しだけ寂しく感じながら、スグルは剣を構えた。椿も横で油断なく剣を構えている。
「クク。クフフフフ。クフフフフアハハハハ」
俯き、脱力していたファルマーが突然、肩を震わせながら狂ったように笑い始めた。
「どうやら、奥の手を使う必要があるみたいですねぇ」
「ハッ。くだらないハッタリはやめろ」
スグルが揶揄するように言うが、聞こえてないようにファルマーは続ける。
「あなた達は知っていますか?ルシファーという名前は、ラテン語で『光り輝く者』を意味します。この言葉は元々、『明けの明星』を指していました。即ち、金星のことです」
「くだらん御託はいい。そろそろ終わりにしようっ」
静かな台詞を残して、椿がファルマー目がけて駆け出す。スグルも同時に飛び出していた。
「全く。ここから重要でしたのに……。急いてもいい事はありませんよ」
「ほざ……け……」
言葉を失ってしまった。隣で椿も同じように立ち尽くしている。
目の前にいたはずのファルマーの姿が何処にもないからだ。周りを見回しても見当たらない。高速で移動したりしているのではない。文字通り消えたのだ。
「ど、何処に行きやがっ――」
何かがスグルの右頬に、思いっきりぶつかった。
「スグル君っ。大丈夫か?」
「だから、人の話を最後まで聞けばよかったのに……」
何処からともなく、ファルマーの声がため息と共に聞こえてきた。
「姿を見せろっ、ファルマー」
椿が怒鳴ると、スグルの3Mほど前方に、まるでさっきからずっとそこに立っていたように、ファルマーの姿が再び現れた。
「明けの明星、つまり金星は全天で最も明るい星の1つです。しかし、太陽と共に昇り、共に沈むため、しばしばその姿は太陽の光の中に消えてしまいます」
「つまり、こういうことか?『明けの明星』であるルシファーの血を半分受け継ぐ貴様は、金星と同じように太陽の光の中で姿を消すことができると」
「ご明察の通りです。最も半分しか力を受け継いでいませんので、長時間、ずっと消えていたりするのは不可能ですけどね」
「……どうりで何度も討伐隊を送られてるのに貴様だけが捕まらないわけだ」
呻く様にスグルが言葉をこぼす。
「そうです。いつもならここで、撤退するんですが……」
そこで言葉を切ったかと思うと、再び忽然と姿を消す。
「信頼が武器などという愉快な幻想を抱いているあなた方に、世のつらさをもう少し教えて差し上げますよ」
ガツッ――。
スグルの頬を何かが直撃した。
「素手による徒手空拳でしか攻撃できないのがこの状態の欠点ですかね。コートは私の魔力の一部なので見えなくなりますが、残念ながら悪魔の肉包丁まで見えなくすることは出来ないんですよ」
顎を思いっきり叩かれ、よろけてしまったスグルの目の前に向けて椿が〝椿繚乱・雪演舞〟を放つ。だが――。その剣閃は周りの木々や崩れた石壁を凍てつかせるだけだった。
「こっちですよ」
ハッ、と椿が背後からの声に反応して振り返ろうとしたが、間に合わず背中を蹴られ、前に吹っ飛ばされる。次いで、ふらついているスグルを柔道の一本背負いのように、椿の飛ばされた方に向かって豪快に投げ飛ばす。
椿に助け起こされたスグルが自分のLPゲージを見ると、既に半分を割り、4割弱しか残っていない。
「――っ。見えないんじゃどうしようもない」
椿に礼を言いながら、スグルは苦々しく呟いた。周りを見回してみても、やっぱりファルマーの姿を捉えることが出来ない。
「何か……、何か方法はないのか」
椿もあたりをキョロキョロと見回すが、ふとある一点で目を留めた。
「先輩――」
「助かる方法を1つだけ与えましょう」
スグルが椿に何を見たのか聞こうとした時、嘲るような調子の声が響いてきた。
「どこだ。出てきやがれ」
スグルが滅茶苦茶に剣を振り回すが、当然、手応えはない。
「ほう。その方法とはなんだ?一応聞くだけ聞いてやろう」
スグルを諌めながら椿が油断なく答える。
スーッと、冷徹な笑みを浮かべたファルマーが2人の前に現れた。
「片方の命を差し出しなさい。そうすれば残りの1人は見逃して差し上げましょう」
「な……んだと」
「相棒の命を差し出せばもう1人は見逃す、と言っているんです」
「ふざけんじゃ――」
「何故怒るんです?あなた方のお仲間の時間稼ぎもそろそろ限界みたいですし、このままでは全滅するのは目に見えているじゃないですか。それなのに仲間の命を我々に捧げて、命乞いをすれば1人は見逃すんですよ。破格の取引ではありませんか」
ファルマーの台詞にスグルは激昂するが、不意に肩をつかまれ振り返る。そこには無表情の椿の顔があった。
「…………ならば……、こいつの命をやる。だから私は見逃してもらおう」
「……………………」
「………………クク。クフフフ。クフウフフフハハハハハハ。あれほど散々、信頼やら想う心などとほざいていたのに。所詮、信頼なんてそんなものなんですよ」
高らかに嘲笑うファルマー。
「クフフフフ。いいですねぇ。気に入りましたよ、椿とやら。あなた我々のギルドに入る気はありませんか?」
「お断りだ。貴様が気にくわない気持ちは変わらんからな。……ただ私はもうこの世界で命果てる訳にはいかないからな」
椿の返事を聞いてファルマーは両手を上げ、残念そうに首を振ったが、椿が去っていくのを見るとスグルへと向き直った。
「さてと。残念ながらあなたまで見逃す、というわけにはいきませんので……。そろそろ死んでもらいましょうか」
「…………………………」
「もはや話す気力も残っていませんか。哀れですねぇ。惨めですねぇ。クフフ。これまでのお礼にたっぷりと嬲り殺しにしてあげますよ」
再びファルマーが姿を消し去ったのを、スグルは認識していたが剣を構えようとすらしなかった。ただファルマーの拳が、蹴りが、頭突きによって倒され、吹っ飛ばされるがままになっていた。ファルマー自身は消えているので傍から見ると、スグルは1枚の紙切れが風に舞っているように見えるだろう。
ファルマーの額がスグルの顔面を叩き、追い討ちをかけるように肘うちが頬を穿つ。仰け反り、口の中に血の味が広がったところで、鳩尾に膝蹴りがめり込む。血や唾液、胃液などが混じった液体を吐き出しながら、膝をついたところで回し蹴りによって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。視界の隅に視えるLPゲージがガリガリと削られ、残り2割を切っていた。
「クフフフッフウフフフフフフフ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
狂気じみた笑い声をあげながら、ファルマーはスグルを殴り続ける。消えているので見えないがおそらく、ファルマーはスグルをぼろ雑巾のように殴ることしか考えていないだろう。椿は立ち去り、目の前には無抵抗のサンドバッグ。常に冷静だったファルマーでも興奮しているはずだ。
――それこそわき目もふらず。
「そろそろ死んでもらいましょうかぁっ」
ファルマーの拳が止めを刺さんと、スグルに向かってくる。
ガツッと鈍い音が響いた。




