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集落での騒動

 住民達の敵意が無くなった理由を聞いて、カインは胸のつかえが取れた気がした。

 そんなカインを見てガヌートが勢いよく立ち上がる。


「まあそういう事でお前に対していちゃもん付ける奴はいねえから、安心しな。そういやチットの奴はどうしてるんだ?  ポルタ、オルカス。お前等何か知ってるか?」

「ガキンチョ共が大きなレクトブルの事を話してたけど、そいつの事? それなら門近くの厩舎にいるって聞いたけど」

「そうか、カインちょうど良い。チットが元気か見に行くぞ。何かあったらウァーナムの爺、血管切れて死んじまいそうだからな」

「は、はい! 分かりました」


 ポルタとオルカスが先頭に立ち、ガヌートとカインを厩舎まで案内する。

 朝食をとってから少し時間が経ったので、先ほど外に出ていなかった亜人達も朝食が終わったのだろう。

 ボーガーの家を出た時に比べ、外で活動している亜人達の数はかなり増えていた。

 子供と思われる亜人達の姿もちらほら見受けられる。

 敵意を感じる視線は無くなったものの、中には少しばかり警戒の色を含んだものがあるのにカインは気付く。

 その大半が年配の亜人のモノであり、逆に若い年代の視線からは友好的なモノを感じた。

 それに気付きガヌートが口を開く。


「悪く思わないでくれよ。俺を含め、若い奴は人間にも多少なりとも良い奴がいるって教えられて育ってきたが、年寄りは長年の人間嫌いで考えが凝り固まってるんだ。ガーラさんの孫とはいえ、そこん所が引っかかってるんだろう」


 長年の考えを変えるのはそうそう出来るものでは無い。

 ガヌートの話を聞いて、カインは人間と亜人の関係性についてより一層深い溝を感じながら歩いて行った。


 少し歩くと、木で出来た簡単な小屋が視界に入ってきた。

 位置的にもその小屋がチットがいる厩舎に間違いないだろう。

 ただ何故か大勢の亜人の子供達が興味深そうに、そして興奮気味にその前に群がっている。


「お前等何してんだ!? 厩舎には近寄るなって親に言われてんだろ」


 エンテの森は木々が生い茂り馬が走るのには不向きだ。

 それため馬はいないが、狩り等のために育てられた魔獣がどの集落にも一体は存在する。

 この集落にも同様に中型の犬科の魔獣が2匹飼われており、集落の持ち物と言う事で厩舎で暮らしている。

 普段は集落の子供達にも懐いており、襲われる心配は無いが今は状況が違う。

 根っこの化け物に襲われて、自分達の集落から逃げてきた他の亜人達が飼っている魔獣がいるのだ。

 厩舎の面積は余り大きくなく、小型の魔獣はその部族と簡易の家で暮らしているが、大きめの魔獣は仕方が無く一緒に入れられている。

 その為どれもこれも機嫌が悪く、監視はいるものの万が一の事を考えて子供を近づかせない様にしている。


 大柄な者が多いオーガ族の中でもポルタはそう背が高くなく、カインと同じくらいの背丈だ。

 だが同族や他の種族の子供に比べれば、遥かに大きい。

 そんな大人に大声で叱られて子供達がビクッと身体を硬直させた。


「ポルタ、そう怒らないでやってくれ。それにもう魔獣が喧嘩する事は無いから安心しろ」


 監視員だと思われる中年のオーガが、叱るポルタを宥めた。


「どういうことだよ、オッちゃん。それに何で監視員が1人なんだ? 話だと2人一組で動いてるはずだろ」


 オルカスが本来なら2人いるはずの監視員が1人になっている事に気付き、抗議の声をあげた。


「まあそう言うなよ。百聞は一見にしかずってやつだ。まあ見てみろ」


 そう言って中年のオーガがカイン達を手招きする。

 一同が厩舎に近づくとカインとガヌートの肩を大きな手で掴んだ。


「いやぁ、お前等がこいつを連れてきてくれたお陰で楽になったぜ。それにしてもガヌート、大きくなったな。あのガキンチョが暫く見ないうちに、俺より大きくなってるじゃねえか」


 カイン達の視線の先、数体の魔獣がいる厩舎の中に殊更大きな魔獣が1匹。

 腹を天に向けていびきを掻いているチットがいた。

 そして、その周りで他の魔獣達は大人しく座っていた。


「こいつが来てから、どいつもこいつも一斉に大人しくなってな。まあ魔力からしてこのレクトブル、特異個体の子供だろ? この辺りじゃ敵がいないレクトブルの特異個体だからな、ホント助かったぜ。しかしこいつ、異常な迄に人に慣れてるな。普通知らない所に連れて来られて直ぐに寝るって、有り得ねえだろ」

「ああー……。慣れてるってより馬鹿なんじゃねえかな?」


 呆れる中年のオーガ族に、ガヌートが答える。

 とはいえいがみ合っていた魔獣が、大人しくなったのだからお手柄と言って良いだろう。


「それでガヌート。何でブラドさんと、ガーラさんのお孫さんと一緒にいるんだ? というか何があったんだ?」

「悪いなオッちゃん。それはブラドさんの許可が無きゃ言えねえ。それじゃあチットも元気そうだし、カインに集落見せたいから行くわ。チットの世話頼んだぜ」


 質問を半ば遮る様に、ガヌートが口を開く。


「そうか、なら仕方がねえか。あんたカインって言うのかい。あんたのお爺さんには色々世話になった。昨日は知らずに雰囲気がアレで悪かったな。元から何も無い集落の上、今ごちゃごちゃしてるけどまあ楽しんでくれ」


 そう言って手を振るオーガにカインは頭を下げ、ガヌートと共に厩舎を離れた。

 ポルタとオルカスも監視員のオーガと仕事の事で話がある様で、2人とも別れる事となる。


「まあオッちゃんの言う通り、別段歩き回って楽しい所じゃねえな。特にこれと言って面白いもんも無いし、多少時間も起ったからライラ達に合流するか」


 少し歩いた所でガヌートがそう提案した。


「そんな事無いですよ。僕亜人の人達の集落を歩くのって、初めてなんで新鮮で楽しいです」


 カインは本心からそう答えた。


「お前は良いかもしれねえけど、正直言うと俺が退屈なんだ。それにブラドさんと爺の話もそこそこ進んだだろし、一度戻ろうや」


 ガヌートの率直な意見に、カインは苦笑いで答えた。

 その直後、少し離れた所から大きな声が聞こえた。罵声の様な、叫び声の様な大声が。

 そしてその叫び声はライラのものにカインは感じた。


「何かあったみたいだ、カイン行くぞ!」


 ライラの声に聞こえたのはガヌートも同じの様で、少し焦った顔をしながら勢いよく声がした方向へと走り出す。

 カインもその後に続いた。


 大声が聞こえた方に走っていると、人集りが出来ている。

 それを押しのけ、事が起こった中心に辿り着いた時、カインとガヌートの身体が恐怖の余り硬直した。

 長い癖のある髪が逆立ち、まるで浮き立つ様に揺らめかせながら仁王立ちするイリオーネ。

 それをライラとネイがどうにか宥めようとしていた。


「あんた等、ふざけんじゃ無いわよ! 助けて貰って初めの一声がが化け物なんて、同じ亜人として情けないわ。助けて貰って文句を言うくらいなら、その腕引き千切ってあげるわ!」

「ちょっとイリオーネさん。私は気にしてないから、落ち着いて! それに腕引き千切るなんて怖い事言わないでよ」


 ライラが涙目にながらイリオーネに縋り付いている。ネイは何時もの無表情だが、どこか緊張している面持ちだ。

 それでも尚、イリオーネの怒りは収まらないらしい。

 多分殴られたのであろうオークの、視線の定まらない目が怯えに染まっている。顎が歪み、口の中が切れたのだろうか。かなりの血がこぼれ落ちている。

 オーガほどでは無いが、屈強なオークだからその程度で済んだのだろう。もし殴られたのがゴブリン等の小柄な亜人であれば、頭が吹き飛んでいてもおかしくは無い。


「あ、あんた等ちょっとイリオーネさんを抑えといて」


 カインとガヌートに気付いたライラが2人に命令し、今にも気絶しそうなオークに向かって小走りで近づいていく。

 慌ててガヌートがイリオーネを羽交い締めにするも、暴れて今にも飛びかかって行きそうだ。


「カイン、お前も手伝え! ぶち切れてて、正直やべえ!」


 ガヌートがカインに助けを求める。

 だが女性に触れた事が皆無と言って良いカイン。

 モタモタしている内に、イリオーネが地面にめり込むほどの力でガヌートの脚を踏み抜いた。


「あ痛ぁ!」


 ガヌートの悲痛な叫び。そして両腕の力が緩くなる。

 それを見て服を掴んでいたネイが、無理と言わんばかりにパッと手を離す。

 途端に駆け出すイリオーネ。その眼前にはライラがオークを庇う様に立ちふさがっていた。

 慌てて止まろうとするイリオーネだったが、勢いのため止まる事が出来ない。


 辺りで見ていた野次馬がライラの死を直感したが、そうは為らなかった。

 突っ込んできたイリオーネをカインが取り押さえたのだ。

 勢いを殺さないとイリオーネが怪我をすると悟ったカインは、肩を掴んだままその勢いを殺さず持ち上げる。

 そしてそのまま数度その場で回転し、ゆっくりとイリオーネを地面に降ろした。

 勢いよく回った2人は目を回し、よろめくがどうにか倒れずに済んだ様だ。


「カイン、出来るんなら初めからやりなさい! 後ガヌート、また暴れられたら面倒くさいからイリオーネさんを組み伏せておいて」


 痛みに涙目になりながらも、イリオーネを抑えるガヌート。とはいえ目が回ってる事もあり、暴れ出す様子は無かった。

 カインはライラに怒られてしょんぼりしている。

 それを見届けてからライラが重傷のオークに近づいていく。


「ち、ちがづぐな! わげのわがらだいぢがらづがっでだにずるぎだ!」


 口から血をまき散らしながら、オークが喚く。


「うっさいわね、何言ってんのか分かんないのよ。そんな事より静かにしてなさい、治せないじゃ無い。幾らオークが丈夫って言っても、その口じゃご飯食べられないでしょ」


 そう言ってライラがオークの砕けた顎に両手を近づけていく。

 オークの顔は恐怖で歪むが、抵抗する気は無い様だ。

 ライラの両手に魔力が集まり、周りからは驚嘆と恐れの入り交じった声が漏れ出す。


 治療を司る精霊はこの場にはいない。

 だが、みるみる内に砕けた顎が治っていくのを、カインはハッキリと確認した。


「はい、お仕舞い。あんたがどうこう言う気持ちは分かるけど、それはイリオーネさんがいない所で言ってね。この短時間で同じ人を三回も治すなんて馬鹿みたいな事、私したくないから」


 そう言ってライラは振り返る。その顔は笑ってはいるが、少し悲しみの混ざったものである様にカインには思えた。

 顎の治ったオークは力なく肩を下げ、ライラに言われた通りに何も話す事は無かった。


 

 

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