進展
ゆっくりとライラがカインに近づいてくる。
先ほどの悲しみが混ざった笑みが、段々と怒りになっていくのが見て取れた。
そしてカインの目の前に来た所で、ライラが口を開く。
「カイン! あんた出来るんなら、さっさとイリオーネさん止めなさいよ! オロオロしてるからガヌートが泣いてんじゃない」
「泣いてねえよ! 痛くて勝手に涙が出るだけだ」
「それが泣いてるっつってんのよ! ったく、こんな雰囲気じゃ治療なんか出来たもんじゃ無いわ。さっさと帰るわよ」
ライラの言う事が全うなのでカインは下を向き、とばっちりを受ける格好のガヌートは反論したが、そんな事意に介せずにライラはボーガーの家へと足どり荒く歩き出した。ネイがその後ろに着いていく。
カインとガヌートがどうしたものかと顔を見合わせていると、ガヌートを払いのけてイリオーネが立ち上がった。
「ガヌート、あなた何時までくっついてるの。さっさとライラちゃんを追いなさい。私はここで話があるから」
「い、いや、それは別に良いけど……。大丈夫? 冷静になってる?」
ガヌートが恐る恐るイリオーネに尋ねた。
「大丈夫よ、落ち着いたわ。しっかしまたやっちゃったわね……。ライラちゃんに謝っといて」
「わ、分かった。でも頼むから殴らないでくれよ。折角ライラが治したんだから……」
「分かってるって言ってるでしょ。ほら、さっさと行った行った」
言いたい事が無いわけでは無いが、また怒り出しそうなので素直にライラとネイを追う事にしたカインとガヌート。
「イリオーネさん怖いですね……」
「全くだ。頭に血が上ると、後先考えないで行動する所は変わってねえや……」
イリオーネに聞かせられない話をしていると、直ぐにライラとネイに追いついた。
「おい、ちょっと待てって」
ガヌートがライラに声をかける。
不機嫌そうに振り向くライラ。だがそこにイリオーネがいない事に気付き、顔が引きつった。
「えぇ、ちょっとあんた等イリオーネさんは? もしかしてあのまま置いてきたの!?」
「心配すんなよ。冷静になったって言ってたし……」
「はー、信じらんない。まあ、良いわ。あっちにはあっちの考えがあるだろうし、あんまり部外者が入らない方が良いか……」
ライラが諦めたかの様に呟いた。
すると先ほどから何があったのか気になっていたカインが、ライラに質問をした。
「それでライラさん、何があったんですか? 正直イリオーネさんの怒り具合、尋常じゃ無かったですけど」
ガヌートが「馬鹿野郎」と呟やき、顔を手で覆って上を向いた。
「歩いてる途中、怪我してる人が沢山いたから治療したのよ。前にも言ったけど私、精霊の力を借りなくても何でか魔法が使えるの。軽い治療の魔法でもね。それでまあ、あのオークの人が気持ち悪いって言った瞬間、イリオーネさんがパンチを見舞ったって訳。……さっきはごめんね。正直カインとガヌートがいなきゃ、もっと怪我人が出てたかも」
「ちょっと待って下さいよ。あの殴られてた人、助けて貰ったのにそんな酷い事言ったんですか?」
カインが怒りに身を震わせながら、唸る様に吐き出す。
それを見てライラが先程の、悲しそうな笑みを見せた。
「仕方ないんじゃ無い? だっておかしい事は間違いないんだし。というか、私の力を見て凄いなんて言ったのカインくらいよ。知ってる? 実はね、私以外にも精霊の力を借りなくても魔法を使える存在っているのよ。何だと思う?」
ライラの雰囲気に飲まれ、カインは口を開く事が出来ない。
「答えは魔王と魔神。それと龍皇。どいつもこいつも怪物ばかりよね。それに加えて使い道も無いのに魔力の波長を弄れたり、周りの精霊がおかしくなったり……。気持ちが悪いとか、怖いとか言われて避けられるのも当然なのよ。ガヌートだって初めて見た時は、異質なものを見る目で見てたし」
そこまで言って意地悪そうにガヌートを見た。
「勘弁してくれよ。何度も謝ったじゃねえか……」
「別に気にしてないわよ。もし自分が逆の立場なら、ガヌートと同じ態度を取ったと思うし。まあ流石に大人数に変なものや、恐ろしいものを見る目で見られるのは、いつまで経っても慣れないけどね。ホントなら残って治療してあげなきゃ行けないんだろうけど……。情けないったらありゃしない」
軽い口調では言っているものの、カインにはライラが泣くのを我慢している様に見えた。
何も出来ない無力さに、カインの顔が鋭い頭痛で歪んだ事に誰も気付く事は無かった。
重い空気を払拭するかの様に、ライラは元気良く声を出す。
「ま、うじうじしててもしょうがないじゃ無い。愚痴を言ったところで、変な力が無くなる訳でも無いんだし。それより大きな身体した男2人が落ち込んでるのは、視覚に良く無いからシャキッとしてよ」
カインとガヌートの背中を叩いてから、ライラはネイの手を掴んで歩き出す。
そう言われてもカインとガヌートは口を開く事が出来ず、沈黙の中、直ぐにボーガーの家まで辿り着いた。
ライラが扉を開こうと、取っ手に手をかけた瞬間動きが止まる。
「ライラ、どうした?」
不審に思ったガヌートが声をかけるが、ライラは動こうともしない。
先ほどの話もあったので声をかけられないカインとガヌート。
暫く誰もが動く事が出来ないでいると、何か不思議な感覚をカインは感じた。
以前感じた魔力が、辺りの魔力に巧妙に隠されている感覚。
ふと横を見るとガヌートも気付いた様で難しい顔をしている。
「……ガヌートさん」
「……おう」
言葉短く察し合う。
殆ど辺りの魔力に紛れ込んで今まで気付かなかったが、間違いなくそれは根っこの化け物から感じた魔力であった。
ガヌートがライラの肩を無言で掴み、後ろに行けと指示する。
ライラも気付いていた様で、掴んでいたネイの手をぎゅっと掴み、黙って後ろに下がった。
ガヌートが目でカインに合図を送り、勢いよく扉を開け中に入る。
カインもそれに続いた。
「ブラドさん、爺! だいじょ、う、ぶ……」
勢いよく先に入っていったガヌートが急に足を止めたので、カインはぶつかりそうになるが、どうにかそれは避けられた。
ライラはネイの手を掴んで、外で見守るしか出来なかった。
急に止まったガヌートの大きな身体が邪魔をして前が見えない。
ただ以前感じた魔力は、先ほどよりも強く感じていた。
「おう、ガヌート。それにカインもいるのか。安心しろ、どうやら敵じゃ無いらしい」
ブラドの声がガヌート越しに聞こえ、カインはホッとする。
とはいえ何が何だか分からずにその場で立ち尽くしたままだ。
「ライラとネイもいるんだろ。ちょっとややこしいから、さっさと入ってドアを閉めてくれ」
※※※※※※
居間には椅子が9脚。
イリオーネがいないから、昨日に比べ2つ増えた事になる。
大きな机を中心にして、元からいた老人2人とネイを除いたカイン達は新たに増えた3人を凝視していた。
姿形は人間と遜色ない1人の少女と、2人の青年が椅子に座っている。
3人とも新緑色の髪で、それと同じ色のロープを纏っていた。
ただ不思議な事に3人の魔力は殆ど違いが分からず、少女の魔力だけが少しばかり違っていた。
詳しく言えば、根っこの化け物のそれと同一と言って良いだろうか。
カイン達が何が起こっているのか分からず、ブラドとボーガーを交互に見やる。
ブラドがため息をつき口を開こうとした所で、唐突に緑色の髪をした少女が静かに話し始めた。
「初めまして、私ユスリハと申します。皆さんに迷惑をかけている兄の事で、話に参りました」
と。




