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森の襲来

 違和感によって眠りから引きずり出されるのは、不快極まりない事だ。

 そしてそれは、まさにカインの心境そのものであった。

 重たく自然に落ちてくる瞼をどうにか開いて、側に置いておいたシンユ・ムグラムの柄を握る。

 途端に柄の冷たさと重さが寝ぼけたカインの頭を叩き起こした。


「おっ! 起きたか」


 ブラドがカインに声をかけた。

 ガヌートも既に起きて辺りを慎重に見渡している。

 ライラとネイは寝ていたものの、先に起きたチットがその大きなお腹を上下に揺らしたために起こされた様だ。

 不機嫌そうなライラであったが辺りの雰囲気を感じ取ったのか、ネイを抱え慌ててチットのお腹から飛び降りた。

 それを確認してからチットがゴロンと転がって立ち上がる。

 静かな森の中、チットの鼻息が何時もより大きくカインには聞こえた。


「皆こっち来い」


 静かな森の中、ブラドの声は良く響いた。

 焚き火代わりにブラドが出した炎を背に集合した後、カインがブラドの仕掛けたと言っていた小さな火に目を向けると風も無いのに不気味に揺れ動いていた。

 僅かではあるが記憶にある魔力が地から漂ってくるのをカインは感じた。


「ブラドさん、この魔力って……」


 ブラドが頷いて口を開く。


「ああ、根っこの化け物だな……」

「何が任せとけよ、思いっきり近づかれてるじゃ無い!」


 ライラの当然ともいえる文句を無視しながらブラドは考えていた。

 ブラドが仕掛けた探知用の小さな火。勿論、根っこの事も考えて地中の魔力や気配にも敏感に反応するようにと仕掛けていた。

 それにも関わらず側に近づかれるまで気付かなかったのだ。

 考えられるのは魔力を限りなく押さえて、非常に地中の深いところを少しずつ掘り進んできたといったところか。

 同時にもう一つの仮定を思いついたが、あり得ないとその考えを振り払った。


 辺りを囲んだ事で魔力を隠す気も無くしたのだろう。

 一面が根っこの化け物の魔力によって充満してゆく。

 それにも関わらず、不思議と一定の距離から近づく事無く周りの木々の周りで停滞していた。


「何がしたいんですかね?」


 ガヌートが一向に襲ってこない事に疑問を感じてそう口にした。

 ただ警戒は解いていない。辺りを先ほど同様慎重に見渡している。

 不気味な雰囲気だ。

 獲物の動きを止め何時でも襲いかかれるのにも関わらず動こうとしない。

 

 誰も動かない。ただ魔力が先ほどに比べて木々の周りを強く覆い尽くし始めた。

 すると今度は風も無いのに木々がざわめき始める。

 それを聞いてブラドの顔が少し引きつったのをカインは見た。


「お前等、頭下げてろ!」


 ブラドが声を張り上げ、両の手から魔力が溢れんばかりに吹き上がると同時に炎へと変化する。

 途端に薄暗かった森が炎によって照らし出された。

 カインは見た、その異常な光景を。

 ブラドが作り出す炎によって辺りに鬱蒼と生える木々、その枝々に茂った葉が一瞬にして燃え上がり一層辺りを照らし出した。

 そして燃える葉の下、枝が蠢いている。

 腕だ。

 太い木々の幹から伸びる枝々。

 そのどれもこれも一つの例外なく腕に置き換わり、焼かれる熱さにまるで身悶えするかの様にのたくっている。

 そこに枝の持つ固さは微塵も感じる事は出来なかった。


「ぎゃー! 気持ち悪い!」


 その異様な光景に固まっていたカインとガヌートであったが、ライラの悲鳴で我に返る。

 確かに気持ち悪い。

 まるで森一面が軟体動物と化したかの様な光景。

 ただ我に返ったは良いが、燃えさかる木々に近づく事は出来ずただ見守るばかりであった。


「固いな……。本腰入れてきやがったか?」


 ブラドの呟きが聞こえる。

 確かに昼間に戦った時はブラドの魔法によって一瞬に焼き切れたはずが、今目の前で燃える木々はなかなか燃え尽きる事が無かった。


「だが残念だったな」


 ブラドが再度呟いた瞬間、一際魔力が籠もった小さな炎が現れた。

 そしてそれが弾けるかの様にして辺りにまき散らかされた。

 四方に飛んだ火の欠片が見る見るうちに細く尖り、木々に向かって飛翔する。

 それを阻止するかの様に燃える数多の腕が壁を作るが、火の槍は何の抵抗も感じさせず小さな穴を開けて木の幹へと吸い込まれた。

 少しの静寂。

 そして地を揺らす轟音と共に巨大な火柱が立ち上がった。


 火柱は暫く燃えさかり勢いが収まった後には、黒く焦げて動くのを止めた腕を大量に生やした木々が数本残るのみであった。


「ちっ、逃がしちまったか」


 ブラドが悔しそうに吐き捨てた。


「え! 倒したんじゃ無いんですか?」


 ブラドの一言にカインが驚きの声を上げる。


「いや、この変質化した木々はあくまであの根っこの影響だ。魔力が木に纏わり付くのを感じただろ?」


 その問いにカイン達が頷いた。


「あの根っこが木の根から魔力を送り込んで、気持ち悪く変えたんだ。本当なら木の幹から進入させた火をそのまま根っこを通じて本体に送り込んでやりたかったんだが、逃げられちまった。苦し紛れに爆破させたが、余り有効だとは言えねえな」


 そこまで言ってブラドは黙り込み、何やら考え出した。

 少ししてカイン達に話し始めた。


「悪いがカインにガヌート。明かりは俺がどうにかするから今から休み無しでオーガ族の集落まで行けるか?」


 急にそんな事を言われてカインとガヌートは何が何だか分からずに口籠もってしまった。

 だがブラドの真剣な面持ちを見て二人とも、


『大丈夫です』


と、気付けばそう返していた。


「ライラとネイも悪いが今すぐ出発する、直ぐに用意をしてくれ。ガヌート、チットに荷物を括り付けてくれ」


 そう言い終わるとブラドが火を作りだし辺りを明るく照らし出す。

 元々直ぐに出発できるようにと準備万端の状態で寝ていたため、あっという間に出発の準備は整った。

 それを見てブラドはライラとネイと共にチットの上に飛び乗る。

 チットは先ほどの光景を見て未だ興奮状態のままだ。

 カインもコートを纏って巨剣を背負うだけなので誰も待たせる事無く、準備を整える事が出来た。


「悪いがなるべく早く着きたい。ガヌートとカインは何かあったら言ってくれ。ともかく急ぐぞ」


 普段は冷静なブラドの慌てように、ライラは当然として何時も感情が無い様に見えるネイの表情にすら少し驚きが表れていた。

 そして異常な雰囲気の中、一行はブラドが照らし出す道を走り出すのであった。

 

 


 

 

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