9.お茶会に誘われました
お読みいただいている方、不定期投稿なのにありがとうございます。
教室には授業変更のお知らせが貼られていて、皆がその紙を綺麗に男女別で二列に並んで順序良く見ていた。わたしも並んで―――
「なんでわたしの隣にいらっしゃるんでしょ? メラーク様」
「ほぼ同時に入ったからね。順序的に並ぶだろ」
三メートル離れての会話がここにも影響するんかっ!
わたしたちから三十メートル離れていたリリア様はわたしの三人ほど後ろにいて。いや恐くて後ろ見れないからよくわからない。で、周囲は肩に鳥を乗せているわたしを不審がって距離をとっている。
わたしは前向きな人間だから、前だけ見ようそうしよう。
掲示の順番が来て内容を確認する。午前中の授業は予定通り地理と国法と古語。午後からは男女別れての授業、だったはずが変更でマナー……ってどういうことっ! しかも二枠続けてだとぅっ!
あわわとしていたら、フィーちゃんが大丈夫? と首を傾けて聞いてくれた。
うん、大丈夫じゃないよ。
半泣きで答えた。前向きにも限界はある。
メラーク様はといえば、わたしを見て忍び笑いをしていた。確かに昨日のマナーの授業のわたしを見てればそうなりますよね。他人事ですしね。
午前の授業はまあ、問題ないので穏やかに終わった。
けど、気になることが二つ。
一つ目が今日もまたリリア様がわたしを睨んでいること。なんとも視線の痛いこと痛いこと。メラーク様の件は不可抗力なのにぃ。二つ目は同じようにヴィーセル様がアイリス様を睨んでいること。リリア様がわたしを睨む理由は明白すぎるけど、なんでヴィーセル様がアイリス様を睨んでいるのかはさっぱりわからんです。
お昼休み、ヴィーセル様のことを不思議に思いながら午後の気力を蓄えるために、魔力測定室でのお食事に向かった。
「小竜のメシの件だが」
ダニエル先生お手製のバスケット、中にはサンドウィッチと揚げ物とサラダが可愛く盛り付けてある。くそう、ここも女子力高いわっ! に手を伸ばしていたら唐突に切り出された。
ドラコちゃんのご飯とは……ウマウマの話かな?
「ドラコちゃんが寝ながら食べてる魔力の件ですか?」
「ああ。知り合いに聞いてみたんだが、小竜が食ってる魔力は『光』か『闇』の高位魔法じゃねぇかって」
「え? それって大陸外の魔法ってことですか?」
魔法を使わないわたしでも知っている。この大陸の高位魔法は『火』『風』『土』『水』に由来すること。光と闇に関わる魔法もあるけれど、あくまでその4つの魔法よりも下位となるのだ。
光や闇に直接所属する魔法。大陸外には『光の神』と『闇の神』を信仰する有翼人がいて、その彼らは高度な光や闇の魔法が使える、らしい。神皇様による結界が張られていて大陸外の人間の出入りがないのでどこまで本当なのかは誰も知らないのだけど。
光や闇の魔法使いってことは、大陸外の人が水の国、それもわたしの傍にいるってこと? 大陸外の人がこの大陸に入ったという話は聞かないけど。
「気を付けろ。もし高位の光か闇の魔法が使える奴だとしたら、俺の力が及ばねぇかもしれねぇ」
いや、そんなに深刻な顔して気を付けろって言われても、元王宮魔道師のダニエル先生の力が及ばないんじゃ、魔力なしのわたしではどう頑張っても太刀打ちできないでしょう。魔法の専門知識どころか構成知識もないのよ。
―――よし、いざってときはドラコちゃんに助けてもらおう。決まり決まり。
「でもなんでわたしなんでしょう? わたしに大陸外の人が関わる理由がわかりません」
「だよなぁ。俺にもわからん。で、渡しておくモンがある。『魔法具』、『身代わりの珠』だ」
これ見よがしに取り出されたブレスレット。五ミリ大の空色の石……ターコイズが連なったブレスレットだった。
「その珠一つ一つに魔法をかけてある。お前に危険が及んだとき、石が反応して『身代わり』になるんだが、身代わりになった石は濃い緑に変色する。それが緑で埋まる前に……まあ、頑張れ」
「どう頑張ればいいんですかぃっ!」
左手首にブレスレットを嵌めつつダニエル先生に文句をぶつけていたら
「失礼致します」
ひょこりとアイリス様がお顔をお出しになりました。
アイリス様の麗しいお顔を目にしたら、モヤモヤが晴れましたよ! ありがとう、美少女!
「あの、お邪魔します。ロザリンド様。その子と……」
「アイリス様、いらっしゃい! フィーちゃん」
わたしが言うが早いか飛ぶが早いかフィーちゃんはアイリス様の所に飛んでいく。本当、そんなフィーちゃんって珍しい。そしてアイリス様はフィーちゃんと楽しそうに笑っている。細い首元に飾られた紅い石のネックレスがアイリス様の動きに合わせてキラキラと反射していていた。余計な装飾はなく、チェーンに石だけ。公爵家のアクセサリーにしては石は小粒で、なんか質素って感じがするネックレスだ。
しばらくアイリス様とフィーちゃんが楽しく遊んでいたのだけど。
「アイリス様」
新たな訪問者の声にアイリス様の表情が曇った。魔力測定室に入ってきたのは浅黒い肌の黒衣の学生。
あー、二学生の魔道科の首席さんだ。名前は、なんだっけ?
「……ローレン」
そうそう、ローレン!
そのローレンさんはヴィーセル様に負けずと劣らずな睨み顔をアイリス様に向けていた。
「困ります。勝手に動かれては」
「ごめんなさい」
しゅん、とアイリス様が肩を落とす。従者にしてはかなり強い口調。護衛対象が姿を消したから相当焦ったのかな。
「学園内ですし魔力測定室ならローレンに行先を告げずとも良いかと思いましたの」
「アイリス様、例外はありません。教室を出るときには行先を教えて貰わなければ。再三公爵様から言われているでしょう!」
再度、ごめんなさいとアイリス様が呟くようにローレンに向かって謝った。瞳を曇らせて俯き、唇を結んでいる。フィーちゃんと遊んでいたときの明るさは微塵もなく、明らかに気落ちしていた。
そしてローレンさんの方はアイリス様を心配して、というよりも心底面倒なことをしてという顔をしていた。
そんなにアイリス様の護衛が面倒なら、学園ではわたしとその仲間が守るよ。わたしはアイリス様が気に入っているんだからね。って言いたいっ! でも言えない。
助け舟になるかどうかわからないけど言ってみようかな。
「アイリス様はわたしとの約束を守ってくださっただけです。そんな風に怒鳴らないで下さい」
「部外者は口出しするな!」
「部外者かもしれませんけど、わたしアイリス様が好きになったので言わせていただきますっ! アイリス様を心配しての発言なら口出ししませんが、あなたはどうみてもただ怒ってるだけですから」
睨み合うわたしとローレンさん。
「邪魔立てするなら、お前を排除する……」
「ローレン。魔力測定室ではお前の魔法は無効化される。となれば、勝算はロザリーの方がいろいろと高い」
フィーちゃんを見ながらダニエル先生が仲裁に入り視線をわたしに移した。
「ロザリー、ローレンにはローレンの事情がある。あんまり噛みつくなって」
ダニエル先生の言っていること、わかってます。ローレンさんは公爵に仕えていてアイリス様の護衛を担っていること。それはわかってますけど、アイリス様があまりに可哀想に思いました。俯く姿が『孤独』って感じたんだもの。少なくても今のローレンさんはアイリス様に好意を持っていない。
「ローレンさんはアイリス様のこと、嫌いなんですか?」
「……お嬢様のことは嫌いじゃない」
絞り出したようなローレンさんの言葉は意外すぎた。嫌いじゃないのになんで射るような視線を向けて傷つけるような言い方するの? どうしてアイリス様の心を閉ざさせちゃうの?
俯いていたアイリス様が笑顔を繕いながら顔を上げた。でもアイリス様を取り巻く空気は暗い。
「あの、ロザリンド様。わたくしのことを気にかけてくださってありがとう。お礼に、今度のお休みの日にお茶会を開くのですけれど、いらっしゃいませんか」
「え、お茶会?」
「ええ。わたくしとヴィーセル殿下のお茶会ですから、気楽にいらっしゃって?」
いらっしゃってといわれても、目の前にいたら十分緊張するお二人なんですけど。
「それから、父がぜひ貴女に会いたいと言っておりましたの」
「サプスフォード公爵が? わたしに?」
「ええ。父があなたの話を耳にして、年若い未来ある薬術師に貢献したいと寄付のお話をしたいと言っていましたわ」
「そ、ですか」
どうしよっかな。サプスフォード公爵の名が後ろ盾であれば、信用度が増して診療所の患者さんも増えるのでありがたいお話だと思う。でもそういうの決定権はお師匠様なんだよね。話を聞くだけでも大丈夫かな。
わたしの肩ではフィーちゃんが行こう行こうって言ってる。
うーん。アイリス様がお家でも孤独なようなら可哀想だし……
「わかりました、行きます」
わたしの返事にアイリス様は嬉しそうに微笑んで、公爵邸に伺う日時を教えてくださったあと、ローレンさんと共に魔力測定室から出ていった。フィーちゃんを名残惜しそうに見ていたから、うん。お茶会にはちゃんと連れていきますよ、安心してください。
「一緒に行こうね、フィーちゃん」
わたしの言葉にチチチ、と高らかにフィーちゃんは鳴いた。
そういえば、団長様が『向こうから接触してくる』って言ってたっけ。本当だったわ。
なんて珍しく団長様を褒めてみたり。
そんな騒動で忘れてたの。午後がマナーの授業二枠だったこと。案の定午後の授業は肩に乗っているフィーちゃんをものともせず、あの先生に再びマンツーマンでみっちり仕込まれた。
くそう。帰ったら今日もアルに倍返しだっ!
お読みいただきありがとうございました。