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気が重いまま一晩が過ぎ、お母さんには何とか、学校をサボったことがバレずにすんだんだけど・・・・・・。
「あれ? まだ、東條君来てないの?」
色んな憂鬱が重なって、今日は本当に寝坊して遅刻しかかった時間。
いつもなら窓の外見てボーとしてるか寝てる東條君がいるはずなのに、今日に限ってなぜか、その席は空っぽだった。
昨日確かに、藤堂君が「明日を楽しみにしてて。身の安全は保障するから」と笑顔で言ってたのに。
どうしたんだろう?
そう思っていたら前の扉が開き、担任の室井先生ではなく、副担任の各務先生が入ってきた。
「橘、何をやってる。席に着け」
その怒ったようなピリピリした空気に、訳がわからないまま自分の席に着く。
各務先生の最初の話は、室井先生が体調不良で学校には来たがそのまま帰ったこと。
それを告げると、いつものように簡単な連絡をしただけで出て行く。
室井先生が帰ったから、1時間目の数学は自習だとか、5時間目の現国は視聴覚室で映画を見るからとか、そんな話。
いつもの注意事項だ。
ただ、1時間目の自習に、皆が浮かれてるだけで。
どうなってるんだろう?
昨日の今日で、いきなり室井先生が体調不良なんて、タイミングが良すぎる。
多分、東條君達がさっそく何かやってくれたんだろうけど。
だって、室井先生は昨日も全開で、元気に変だったから。
こっちをジロジロ見ていたと思ったら急に怒り出して、その前の授業でも当てたのに、また私を当てて問題を解かせた。
言ってしまえば、それだけなんだけど。
本当はその授業の最後に、授業態度が悪いから放課後残るようにとか言われてたんだけど、お昼でサボって帰ったから有耶無耶。
そのことで今日は本格的に怒って呼び出されるかもと思っていただけに、拍子抜けだ。
流石に自分の授業中に呼び出すことは出来ないだろうけど、他の授業中に呼び出す可能性はある・・・・・・って、藤堂君も言ってたし。
大丈夫とは言ってくれたけど、授業中に呼び出しとなると、逃げられない。
間違いなく2人きりだ。
それだけは嫌で、不安だったけど、その心配はなくなった。
じゃあ、今日はもう、何もないのかな?
明日持ち越し?
でも、何で今日、東條君はいないんだろう?
カラオケボックスでの話の後、マンション前まで送ってくれて、連絡先まで教えてくれた。
何かあったら直ぐ連絡するようにって事と、今日のところは携帯にその連絡を登録しないようにって事を。
今日休むようなことは、一言も言ってなかったのに・・・・・・・・。
くれぐれも、学校行くのは仕方がないけど、それ以外でマンションから出ないようにって何度も何度も注意されたけど。
あの後きっちりマンションまで送ってくれて、見回りをするような事も言っていた。
申し訳ない気持ちと、そこまでしてくれることが嬉しくて・・・・・・・・考えてなかった。
梅雨が来て、最近気温落ち込んでたから、もしかして風邪でも引いたんだろうか?
「楓。数学のプリントなんだけど」
前の席の優子ちゃんの言葉に現実に引き戻され、頭の中にあるもやもやを、一旦追い出す。
後で、藤堂君に聞きに行けばいいかなって。
だけど、だ。
なぜか、藤堂君まで休みだった。
理由はお家の都合。
念の為、各務先生に東條君の事も確認したら、同じくお家の都合で欠席。
もしかして、急にお家で何か・・・・・・・・・不幸事じゃなければイイけどとぼんやりしてたら、優子ちゃんに肩を叩かれる。
「もう、どうしたの? なんかあった?」
「あ、ううん。何でも・・・・・・・」
「ないわけないよね?」
ニヤリとしか言いようのない笑みを浮かべた麻美ちゃんに、コレでもかと肩でぐいぐい押される。
「え?」
もしかして、室井先生とかその・・・・・・・・・・・そんな感じの話でもバレたんだろうかとドキドキしてたら、優花ちゃんにまで変な笑いを向けられた。
なんか、物凄く意地悪な感じの笑い。
「昨日、東條君達とサボってどこ行ってたの?」
「え!? な、なんで、東條君?? ち、がうからっ。あれは、お母さんが病院に行くとか聞いて、慌てて」
昨日のサボリは、お母さんが病院から電話してきたんで、慌てて帰る事にしたんだと言い訳していた。
本当の事なんてとても言えないし、優子ちゃんも麻美ちゃんも、私とお母さんが仲がイイことは知ってるので、びっくりして慌ててたんだと無理矢理誤魔化して。
「じゃあ、なんで、東條君の荷物抱えてったの?」
麻美ちゃん、目聡いっ!
隣のクラスの藤堂君の場合は、人に頼むしか方法はなかったんだけど、東條君は私の斜め後ろだし、バレないようにって、慌ててこっそり動いたつもりだったのにっ。
「それはっ、だからっ、電話がかかってきた時、2人も一緒にいたの。パニくる私に帰る様に藤堂君が勧めてくれて、それならって東條君達の荷物も頼まれただけで」
そういう事にしておけばイイって、藤堂君に笑顔で言われたんだけど、これ、苦しいよ・・・・・・・。
「えぇぇ~っ? それ、東條君のキャラじゃないっ」
東條君のキャラって何?
「そうそう。確かに、女子の中では楓が二人と一番仲がイイけど、あの2人が自分の荷物を預けるとはとても思えない。東條君なんて、女は皆敵だって感じだし、藤堂君にいたっては物凄い潔癖症って感じだし」
どんな感じ?
「別に、東條君は女の子が嫌いとかじゃないよ」
現に、物凄く優しい。
東條君をよく知らないで怖がってる女の子をそれ以上怯えさせないようにって、なるべく近づかないようにしてるっていう、間違った方向性で動いているだけで。
東條君、背は高いし、体つきもガッシリしてる。
男子とサッカーしたりバスケしたりする時に、ちょっと笑うぐらいで、普段は表情がほとんど変わらない。
先生も、授業中に東條君に当てるのを躊躇うぐらいには、強面だ。
落ち着いて大人びて、迫力がある。
顔立ちは物凄く綺麗で、割と女の子には人気があるんだけど。
なのに、本人はそれに全く気付いておらず、女の子に嫌われてると思ってる。
確かに怖がってる子も沢山いるけど、アイドルみたいな扱いになっちゃってることを全くわかってないらしい。
自分の見た目が怖いから、女の子を怯えさせちゃいけないって間違った、根深い勘違いがある所為か、女の子に用があっても自分から話しかけない。
女の子に用があるときは、大抵困った顔で私に頼んでくる。
私が怖がってないのはちゃんとわかってくれているから。
図々しいと思われてるだけ、みたいな感じもするんだけど・・・・・・・・・・・。
「藤堂君だって、潔癖症とかじゃないよ」
潔癖症の人が、人の食べかけ食べるとかは言わないだろうから。
昨日学食で、定食完食するのは無理かもって話してた時、そんな事言ってたもん。
まあ、確かに、東條君以上に綺麗な・・・・・・所謂女顔の藤堂君は、雰囲気もあいまって、笑ってないとちょっと怖いイメージになる。
東條君とは別の意味の迫力って言うのか・・・・・・・怜悧な感じ?
見た目のままに、物凄く頭が良くて、東條君と話してない時は大抵薄い笑みを浮かべてるのだとか。
でも、東條君とは男の子達がじゃれるみたいに楽しそうに笑って話してるし、東條君と一緒になってお昼休みにバスケとかして遊んでる時は楽しそうだ。
ただし、藤堂君はサッカーの時は別行動。
埃っぽい中走り回るのは嫌らしい。
そう云う部分が潔癖症といわれれば、大きく分類すればそうなるのかなと言える程度の話だ。
優子ちゃんの言ってるのとはなにか違う気がする。
「いっそのこと、2人でくっついちゃえばイイのに」
「麻美ちゃん、それもないから」
うん、麻美ちゃんは特殊な方向性の話にのめりこみすぎだと思うの。
2人はそんなんじゃないよ。
とっても仲がイイのは確かだけど。
前、藤堂君が東條君に持ってきたDVDを見ていたら、にっこり笑って『お勧めAV。興味ある?』って・・・・・・・・・。
その後、東條君が真っ赤になって怒って騒がしかったね。
周りには藤堂君の最初の言葉が聞こえてなかったので、なんか、東條君が1人怒って暴れてたみたいになってたんだけど。
「それで、本当に、昨日は何もなかったわけ? 私、変な噂聞いたんだけど」
そこで顔を顰めた優子ちゃんの真面目なトーンの言葉に、そっちが本題だったのかと悟る。
さっきまでのふざけた聞き方は、コレを聞くのが目的。
2人とも、心配してくれてるのだ。
だから、大丈夫だと笑う。
だって、本当に大丈夫だから。
東條君が少し笑って、私の頭をポンポン撫でて、大丈夫って約束してくれたし。
「噂、聞いちゃった? 東條君や藤堂君と兄妹かもって・・・・・・・」
「「マジなの!?」」
「声が大きい!!」
慌てて二人を睨めば、2人の顔がまた嫌そうに歪む。
「なに、なんかあった?」
「何で、そんなデマ流れんの? また、どこぞの馬鹿女の嫌がらせ?」
「違うって」
2人の勢いに笑ってから、周りを見回す。
視線は感じるが、近くに人はいない。
聞き耳を立てている人は沢山いるんだろうけど、口覆って耳元で離せば完全に聞こえない距離だ。
「2人とも耳貸して」
2人を招きよせ、近付いた所で二人の耳の間に口を寄せる。
「あれ、私が流したの」
「は? 何でって・・・・・・・」
また怒鳴りそうな麻美ちゃんの腕を引っ張れば、優子ちゃんが大きく頷く。
「室井?」
その言葉に私も頷き、2人は意外そうに私を見た。
優子ちゃんと麻美ちゃんには、室井先生が変だってことは話してあった。
気味悪いというか生理的に、どうしても受け付けない・・・・・・・・・勘違いして暴走しまくってる室井先生と二人きりにならないように、放課後とかのどうしても逃げられない呼び出しでも一緒について来てもらっていた。
5分以上話して出てこれなかったら、助けるように頼んで。
なので、大体の事は話している。
まあ、東條君達が本当に姉弟かもしれないけどって話は、一切してないけど。
「うん。東條君達にはそのことをサボった直後に謝って、別れただけ。何もないよ」
2人に嘘をつくのは心苦しいけど、妙に2人を巻き込んで、おかしな話にしたくない。
何よりも、東條君達の家庭の事情の話もあるので、簡単に全てを話すわけにもいかなかった。
「どうしてそんな事になってるかはよくわからないけど・・・・・・よく、怒られなかったね?」
優子ちゃんの言う通りだと思う。
殴られて、軽蔑されても仕方ない話なのに、2人は協力してくれて、私を助けるとまで約束してくれた。
2人は許してくれたけど、藤堂君が最初に怒ってたみたいに、自分勝手な思い込みで相手の迷惑も顧みない、最低な思い付きだった。
なのに、二人は簡単に許してくれた。
「物凄く心配してくれて、怒ってくれたんだ」
自分達にはまったく関係なく、一方的に巻き込まれたのに。
凄く、色んなことを心配してくれた。
「嫌、普通、誰でも怒るって。あの変態教師」
案外、麻美ちゃんと東條君の気は合うのかもしれない。
「東條君も似たようなこと言ってたよ」
なんか、単語が多かった気もするけど。
「いや、あんたがのんびりしすぎてるんだって」
心底呆れたように言う麻美ちゃんは、やっぱり考え方が東條君に似ているみたい。
「あの後、部活の先輩にそれとなく聞いて、やっと聞き出せたんだけど・・・・・・」
そこで一端言葉を区切り、言いにくそうに口ごもって視線を逸らし、溜息を吐かれた。
どんだけ、言い難いんだろうと待っていたら、優子ちゃんは諦めたようにもう一度口を開く。
「室井、マジ、ヤバいかも」
優子ちゃんの言葉に顔を見ると、泣きそうな顔をしていた。
「先輩の先輩の友達の彼氏の友達の彼女? それぐらい遠い話だから、信憑性はかなり怪しい。だけど、資料室連れ込まれて、その人・・・・・・無理矢理? それで、なんとか逃げ出したって話あるんだって」
「それ、普通に問題になるんじゃない?」
麻美ちゃんが嫌そうに顔を歪める。
「それが、その人、あんまり素行が良くないって云うか・・・・・・・援交っぽいの、してたらしくて、学校も親さえも信じてくれなかったとかで、そのまま学校来なくなって有耶無耶って感じらしい」
「それ、っぽい話ではあるけど、嘘臭いね」
「だからそう言ったじゃないっ」
「えっと、2人とも落ち着いて」
確か、東條君も、過去に、室井先生に・・・・・・・その、男の人が・・・・・・・・・その、する店で実名出してたとか・・・・・・・・・うん。
「本当かも・・・・・・・」
つい、蘇ってきた恥ずかしいと言うかどんな顔していいかわからない会話の記憶に、口が滑る。
「楓、なんか知ってんの?」
その、麻美ちゃんの勢いには首を振る。
とてもじゃないが、昨日の話はできなかったから。
話したくても説明できない・・・・・・その思いが伝わったのか、2人は困ったように笑う。
「とにかく、楓は気を付けなね。絶対に一人では行動しない事」
「う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う?」
頷きかけ、肩を揺さぶられる衝撃で落ちそうになる現国の教科書ノートセットを持ち直そうとして、溜息が出た。
「うわっ」
また、やってしまった・・・・・・・。
「今度は何?」
私のドジにも慣れたらしい、優子ちゃんが笑う。
「ノート、間違って世界史の持ってきちゃった」
「うわぁ、間抜け」
うん、麻美ちゃんの言う通り。
「ゴメン。取りにいってくる」
人間失格の映画を見るのだそうだが、なぜに教科書とノートが必要なのか?
わからない。
視聴覚室で見るそれは、はるか昔の著作権だの放映権だのの権利がまだ残ってるかも怪しい映画の一種。
なので、全て見終わるのに授業1回で終わるはずもなく、先生が重要だと思われるところを編集したのだとか言う力作?
本日の現国はそれを見て終わりだ。
ノートの必要性が全くわからないけど、教科書ノートに筆記用具は忘れるなという事だったので、間違いましたと言えば怒られるだろう。
戻るのは面倒だけど、走って戻れば間に合う時間。
戻る選択肢以外は考えられない。
「一緒に戻ろうか?」
「ううん。それより、席取ってて」
早いもの順の自由席だけに、ギリギリで入るとどんな席になるかわからない。
悲しいけど、小さいので、後ろの席に回されると、その力作編集映画が一切見えないことになってしまう。
別に、人間失格をどうしても見たいわけじゃないけど、見ないと感想文を言われた時に困る。
ノートの必要性なんて、それ以外考えられないし。
「慌ててコケないでね」
「怖いお姉様見たら叫ぶんだよっ」
優子ちゃん、そんなに私、何度もコケないから。
麻美ちゃん、東條君と藤堂君に言い寄りたいのは、お姉さんだけじゃないよ?
この前、1年の子にまで、馴れ馴れしいって怒られたし。
そんな事を考えながら、私は教室へと走る。
完全に、藤堂君の忠告を忘れて。
『身の安全は保障するけど、橘さん自身でも注意しないと、怖い目にあうかもよ?』
そんな意地の悪い藤堂君の笑みは、完全に抜け落ちていた。
今日は、室井先生はもういないんだから、と。