第1話:これはやらかしたな!
勇者――シロのパーティーに加入してから、今日でちょうど一年。仲間たちと乗り越えてきた数々の冒険は、今でも鮮明に覚えている。過程には笑いもあれば涙もあったし、なかなかに刺激的で、充実した旅だった。
現在、タイガの町に二日間滞在して足を止め、食糧と水を補充した俺たちは、荷物をまとめ、いよいよ魔王幹部――“暴虐”のトゥコの領地へ向かい、討伐戦に出発しようとしていた。
「おはよ。って、みんな早くない? 待った?」
トランクを手に宿のロビーに降りると、仲間たちがテーブルを囲んで座っていた。その表情はどこか重く、今日の晴れやかな空模様とは鮮やかな対照をなしていた。
「おはよう、ソウル。そろそろ出発なんだけど……その前に、ちょっと話があって」
シロは頬をかきながら、言いにくそうに視線を隣の魔導師――メイスへ泳がせた。
「えっと……その……私はソウルの作る野いちごパイがずっと好きで、だからこんなことにはしたくないんだけど……ね?」
メイスは杖をぎゅっと握りしめ、顔を上げ、向かいに座るジェシーへ話を振る。
「お、おい……」
ジェシーは抗議するみたいに両手をバタバタさせていたが、俺が席に着くまでは何も言えなかった。
「で、結局、何の話?」
「はぁ! もう正直に言うぞ。二日間話し合った結果、お前をパーティーから外すことに決めた。理由は、お前があまりにも弱すぎるからだ」
腕を組んだ大柄なハンクが、少し苛立ったように言う。俺の驚いた表情を見て、彼はさらに付け加えた。
「この前ゴーレムの群れと戦った時、すでに問題は露呈していた。戦いながらお前を守る余力は俺たちにはない。危なすぎるんだ」
「お前を嫌っているわけじゃないんだ。ただ俺たちの能力にも限界がある。万が一お前を庇って……俺の言いたいことはわかるだろ? パーティーを離れるという決定は、みんなにとって少しはいいはずだ。」
「ジェシー! そんな言い方……」
「間違ってないだろ。事実だし……俺だって本当は嫌だよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前ら、マジで言ってるのか?」
呼吸が荒くなる。俺はシロを必死に見つめた。彼がうまく取り繕って、冗談だと言ってくれることを願いながら。
「……ごめん」
しかし、彼は申し訳なさそうな顔で、顔をそむけた。
「なんだよそれ……俺たち、一緒に魔王を倒すって約束しただろ!」
俺はすぐに立ち上がって抗議し、最後の藁にも縋る思いで弁明した。
「本当に申し訳ない。ここの住民たちにもう聞いてあるんだ。お前さえ良ければ、みんな喜んでここで雇ってくれるってさ。だから――」
「メイスまで、そんなことを言うのか?」
「ソウル、そんな顔しないで。みんな友達なのは変わらないよ。そんなにこじれないでよ」
「これは俺にとって大事なことなんだ!」
俺はハンクに向かって叫んだ。彼らはこの任務が俺にとってどれほど重要か分かっていないからこそ、そんなに軽く言えるんだ。
次の瞬間、俺のうなじを一度叩かれた。耳元でシロの謝罪の言葉が聞こえる。もうこれ以上抗議することも許されず、俺は倒れるしかなかった。
「シロ、このままソウルを気絶させてよかったのか?」
「こいつの良いところは、簡単に諦めないことだからな。こうするしかなかったんだ」
「全部、みんなのためだ。魔王を倒したら、またソウルと一杯飲もうぜ」
「ジェシーの言う通りだ。行こう」
テーブルに突っ伏したままの俺には、彼らがまだ葛藤しているのが聞こえた。みんな善意で、苦渋の決斷をしたんだと感じる。……本当に、あいつらの性格の良さには感心させられる。
だというのに、現在の窮地のせいで俺は冷や汗をかきながらも。それでも気絶したふりを続け、ひっくり返りそうな胃を必死に耐えるしかなかった。
◎
十分ほどして、シロたちが完全に遠ざかったのを確認してから、俺は薄く目を開けてテーブルから起き上がった。腹水を吐き出しそうになる衝動を必死でこらえ、両手で頭を抱えた。膨れ上がり続ける不安を、どうにか抑え込もうと必死だった。
「これはやらかしたな!」
落ち着きを取り戻すと、俺は急いで町の外へ抜け、人目のない茂みに身を隠した。もう一度きょろきょろと周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、ポケットから通信端末を取り出す。わざと髪や服を乱し、ボロボロで無様な姿を装ってから、通話を開始した。
「どうした? 少し急いでいるんだ、早く言え」
コールして二秒もしないうちに、投影スクリーンに上司――四天王のガス様の姿が映し出された。
「情報課課長のソウル、ガス様にご報告申し上げます……」
俺は青ざめた顔で頬を引きつらせ、敬礼でさえぎこちなく、先ほどの一件を包み隠さず報告した。
「……つまり、弱いふりをやりすぎて無能扱いされ、勇者パーティーをクビになった、ということか?」
ガス様は軽く咳払いし、報告內容を一文に凝縮して再確認してきた。
「は……はい、その通りです」
「バカ者がぁ!」
ガス様が怒りのあまり両目から炎を噴き出した。牙をむき出しにして暴れ回るその迫力は、俺が本気で胃袋ごと吐き出しそうになるほどだった。
「貴様の仕事はスパイ、スパイなんだぞ! 勇者のそばに潜伏し、第一手の情報を持ち帰ることだろうが! 追い出されて何の役に立つというんだ!」
「おっしゃる通りです……挽回の時間をいただけますでしょうか」
俺の正体は魔王軍に所属する、営業部門・情報課の課長だ。勇者シロのパーティーにスパイとして派遣され、敵情をこっそり会社に持ち帰るのが任務である。
今や、俺の出世のチャンスも、駐在手当も、そして何より重要な年末ボーナスまでもが全部ふいになるかもしれない! これじゃどうやって幹部に昇進して、気持ちよくボーナスを受け取るんだよ!
「……まあいい、むしろその方が都合がいいかもしれんな」
少し落ち着きを取り戻したガス様は、片手でこめかみを押さえながら苦悩げに言った。
「……はい?」
「よく聞け。今日からお前の下にインターンが一人、スパイ修行のために派遣される。勇者パーティーをクビになったのなら、正体が露見するリスクも減る。先に警告しておくが、そのインターンの両親は社内の重役だ。絶対にヘマをするなよ、わかったな? はぁ……退隊の件はこちらで伏せておいてやる。今は新人の面倒を優先しろ。スパイ活動はしばらく休止して構わん。では会議だ。魔王株式会社万歳」
「魔王株式会社万歳……」
幸いにも、ガス様は処罰を下さなかった。相変わらず部下には寛容な方だ。しかし、それで安心できるはずもない。このタイミングでの新人入職は、間違いなく泣きっ面に蜂だ。
両親が重役なら、スパイなんかよりもっと楽な幹部職に就けばいいだろうに、どうしてわざわざ自分を下げて現場に実習に来るんだ?
俺は腕組みをしながら、ガス様の硬い表情を思い出し、その新人の背景に不安を覚えた。
青空と白い雲を見上げるのは、俺なりのリラックス法だ。もしこの大量の仕事のストレスを放り出して、空を自由に飛び回れたら、どんなに素晴らしいだろう。だが、あの情けないほど少ない貯金額を思い出し、ため息をつく。……ああ、今日も必死に働くしかない。
「ん? 何だあれ?」
ゆったりと流れる雲の中に、動く黒い点が一つ。その点はどんどん速度を上げ、巨大化し、一直線に俺に向かって突っ込んできた。
「うわあああ!」
目の前に猛スピードで落下し、大地を震わせて砕いた物体が土煙を巻き上げ、俺を飛び上がらせた。
砂塵が晴れると、クレーターの中に立っていたのは、制服に身を包み、鮮やかなピンクの長髪をなびかせ、琥珀色の瞳で俺をじっと見つめる若い女だった。
「先輩、おはようございます! 今日から先輩の隣で実習させていただく新人間諜、キムです! よろしくお願いしますっ!」
とんでもなく大げさな登場を決めたキムは、活力に溢れ、腰の翼をぽんぽんと叩き、満面の笑みで俺に敬礼した。
「え? ああ……どうも。ソウルだ。何か質問があれば遠慮なく、いくらでも聞いてくれ」
泥だらけになり、頭の中には数え切れないほどの疑問が渦巻いていたが、なんとか上司らしく体裁の整った様子を装って。
「では先輩、質問があります!」
キムはきらきらと輝く目を大きく見開き、俺にぐっと顔を近づけると、明るく純真な笑顔を浮かべた。
「先輩、私と結婚してくれますか?」
こんにちは、莧子です。
お読みいただき、ありがとうございます。
本作は職場ラブコメですので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
作品はすべて書き上げてありますので、これから毎日17時10分に更新していく予定です。
最終話を迎える日に、またお会いできることを楽しみにしています。
もし私のほかの作品にもご興味がありましたら、下のリンクからカクヨムのページもぜひご覧ください。普段は主にそちらで活動しています。
https://kakuyomu.jp/users/Hiyuko
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