第一章【RESTART】第一話『OMEN』
「よー!悠真ー!今日もいい天気だなっ!」
外に出ると家のそばで、元気よく声を張り上げている大輔がいた。生まれつきなのか、クルクルと巻かれた茶色っぽい髪。誰とでも打ち解けられるような、人懐っこい笑顔をしている。俺の大親友だ。
「おはよう大輔、今日も相変わらず元気だな。」
そんな他愛もない挨拶を交わしながら、俺たちは東磨高校に向けて足を運ぶ。
倉科悠真____それが俺の名前だ。
多国籍な生徒が集まる東磨私立高校に通っていて、今年で高校二年生になる。
ごく普通のありふれた高校生だ。
「昨日の深夜テレビみたか?まじ最高だったぞ。俺はリアタイでも見たし、録画だって何回も見返したぜ。」
「はあ、相変わらず大輔はそういうのが好きだな。そろそろ卒業したら?」
そう言ってため息をつく。
にしても暑い。まだ六月だと言うのに真夏が迫って来ているようだ。アスファルトを焦がすような日差しが、容赦なく俺たちを照りつけていた。
ドスッ
突然、鈍い音が後ろから聞こえた。
「なんだぁ?」
大輔が不思議そうにゆっくりと振り返る。その動きにつられるように、俺も視線を後ろに向けた。
「てめえっ!ちょっとツラ貸せよ」
「はあ...なんですか」
見ると、見慣れたブレザーの上から深くフードを被っている青年が、体格が倍ありそうな、目付きが鋭くいかつい顔の大男に絡まれていた。
どう見ても勝ち目がない。
「お?喧嘩か?ちょっとだけ見にいこうぜ」
「馬鹿言うなよ大輔。こっちに被害がないだけで十分だろ。巻き込まれたら溜まったもんじゃない。」
「おお…。そっか、じゃあゆっくり行こうぜ」
大輔はそう言って少しガッカリしている様子だった。でも、普通の高校生がなぜここまで喧嘩に興味を持つのか。
それは大輔が喧嘩っ早い性格だからというわけではない。
結果はとうに分かりきっていて、心配するまでもなく、この辺りでは定番の出来事だったからだ。
俺は大輔の要望を聞いて、ゆっくりと歩き始めたとき、背後から叩きつけられたような重い音が聞こえた。
ドスンッ___。
再び振り向くと、いつの間にか周囲には人だかりができていて、誰もが息を呑み、その様子を窺っていた。
その視線の先で、あの陰気なフードを被った青年が、まるで重さを感じさせない動きで、大男を豪快に投げ飛ばしていた。
「だからやめとけば良かったのに。」
思わず本音が漏れる。
その青年は、うちの学校で最も恐れられている存在。
ノートン・クレア。
「ノートンだ…」
誰かが小さく呟き、周囲の空気がさらに張り詰めた。
倒れた男を冷たい目でじっと見下ろすと、ノートンは制服に着いた埃を静かに払った。
フードの隙間から見える横顔は、場違いなくらい整った顔立ちをしていた。
次の瞬間、鋭い視線がこちらを射抜いた。
「やばっ」
つい言葉がこぼれる。
ただ見ていただけなのに、地面にころがっているやつみたいになるのは絶対に嫌だ。
その一心で、まだ見ていたそうに棒立ちしている大輔の手を引っ張り、俺たちは急いでその場を離れた。
──────────────────────────────────
_____ガラッ。
教室のドアを開けると、室内は賑やかで、いつも以上に騒がしく、あちこちから話し声が聞こえてきた。
「さすがに騒がしすぎないか?」
「あっ!」
急に大輔が何かを思い出したかのように声を上げた。
「忘れてた!そういや、今日転校生が来るんだったな!」
「あー、なるほどな。」
俺は納得がいった。転校生が来るというなら、これだけ教室が騒がしくても不自然ではない。だが、六月という中途半端な時期に転校生が来るなんて珍しいと思った。
「なあ、どんなやつが来るのか知ってんの?」
「おう!風の噂で聞いたんだけどさ、フランスから来るらしくて、すっげぇ美形なんだってよ!」
大輔は興奮気味に転校生について語ってくれた。
だが、その興奮は一瞬にして消えるかのように、声量を落として続きを話し始めた。
「でもさ……俺、ちょっと怪しいとも思ってるんだよな。」
「怪しいってなんだよ」
美形って話に嫉妬してるのか?とも思ったが、大輔の表情はやけに真剣だった。
「先週さ、哲史が転校しただろ。あれ、偶然だと思うか?」
哲史とは、先週までこのクラスにいた生徒のことだ。
普通ならもともと不登校であったり、親の事情で転校せざるを得なかったりと何か理由があるかもしれない。
しかし、哲史は不登校でもなければ親の事情で、という訳でも無さそうなのだ。
哲史はクラスの中心人物だ。
騒がしくて、お調子者で、いつも周りに人がいた。トラブルメーカーではあったが、不思議と嫌われないやつだった。
そんな奴が転校する理由なんて、思い当たらない。
でも、哲史が転校することと、転校生がやってくること、この二つの出来事が同時に起こることが怪しいことに繋がるとは考えられなかった。
「確かに、みんな転校する理由が分からなくて何かあったんじゃないかって話してたけど…、それほど気にすることでもないだろ?」
「そうじゃないんだ。昨日、哲史の取り巻きたちが言ってたんだけどよ。あいつ、転校したその日から、誰とも連絡が取れなくなって───」
____ガラッ!
「はいはーい。お前ら席につけー!」
突然、教室の扉が開き、担任の先生が朝のホームルームを始めるために教室に入ってきた。
「また、あとでな。」
大輔はそう言うと、自分の席にもどる。
ガタッ、ガタガタ。
ざわついていた教室が、次第に静まっていく。
数秒の静寂の後、先生が口を開いた。
「よし、全員席に着いたな。えー、もうみんな知ってると思うが、このクラスにフランス出身の転校生が来ます。何度か日本には来たことがあるので、言語については心配しないでくれ。ただ、久しぶりの日本ってことで慣れないことも多いと思うから、みんな助けてやれよ。」
先生が気だるそうにそう言うと、再び扉の開く音がした。
____ガラッ。
その瞬間、先程まで緊張と興奮に包まれていた教室が、水を打ったように静まり返った。
「じゃ、自己紹介して」
「フランスから来ました。バイパー・アル・バルアシスです。」
入ってきたのは、肩に届くほどの白い髪をした青年だった。




