第一章【RESTART】第十二話『既視の影』
『美味そうな奴が来たな。』
転校生の自己紹介に被せるように、グラーキの不気味な声が脳裏に直接響いた。
いつの間に戻ってきたのだろうか。
突然、ノートンの脳裏にグラーキの不気味な声が響き渡った。その声は、先程の男を追っていた時よりもずっと弾んでいた。何かを企んでいるような、底意地の悪い歓喜が滲んでいる。
「じゃあ、バイパーの席は…窓側の空いてる席な。」
そう先生に言われると、バイパーは静かにノートンへと近づいていった。
「よろしくね。」
中低音で、少年っぽさの残るハスキーな声がノートンの頭上から降ってきた。
「………。」
しかし、ノートンは応えるどころか、ピタリとも動かなかった。腕を組んで机に突っ伏したまま、睡眠の姿勢を崩さない。
「あー、バイパー君。ノートンはいつもそんな感じだから……気にしなくていいよ。」
気まずい沈黙を察したのか、反対側の席に座っている男子生徒が慌てて助け舟を出した。
『おい、ノートン。今話しかけられてたぞ。なんで返答しなかったんだ?』
脳内に再び、グラーキの急かすような声が響く。
『どうでもいいよ。それに、僕なんかより別の人と仲良くした方がいいでしょ。』
ノートンは頭の中で淡々と返答した。
関わり合うだけ時間の無駄だ。
『ちっ、せっかく極上の美味そうな奴が来たってのによ。ノートン、仲良くしろよな。』
グラーキのその要求をノートンは華麗に無視した。
だが、無視しきれない何かが、彼の胸の奥に棘のように突き刺さる。ずっと前に、どこかで出会ったことがあるような、そんな奇妙な既視感が脳裏をかすめたのだ。
ノートンは重い瞼を上げ、ゆっくりと上体を起こした。
そうして、隣の席へと視線を向ける。
陽光を浴びて淡く輝く、綺麗な白髪。
女性と見間違えるほどの整った美形だった。自分だって、容姿で他人に劣ると思ったことはないが、思わず自信をなくしてしまいそうになるほどの、どこか浮世離れした美しさがそこにあった。
(どこかで…見たことあるような……。)
奥底に眠っている濁った記憶をかき混ぜるようにして探ってみるが、上手く合致する光景が思い当たらない。
いずれ思い出すだろう___。
そう結論づけると、ノートンは考えることを放棄して、再び机に頭を沈めて寝る体勢に戻った。
遮断された視界の向こう側から、微かな、だが肌を刺すような視線がそっと伸びてくる。
バイパーは表情を一切変えないまま、ただじっと、他者を寄せ付けようとしないノートンの横顔を深く見つめていた。
──────。
「私と…っ、付き合ってください!!」
「ごめん。僕、彼女いるから。」
昼休み、一人の女子生徒と一人の男子生徒___ノートンが体育館の倉庫裏で向かい合っていた。
女子生徒の目には固い意志が宿っている。
そう、まさに告白の真っ最中だった。
しかし、ノートンは全く目を合わせる気がなく、呆然と女子生徒の後ろにある風景を眺めていた。
『おいノートン。お前、またこんな漫才やってるのかよ。俺は腹が減った。』
グラーキの声が脳裏に響く。
『僕もしたくてしてる訳じゃないよ。それより、あの白髪、何か企んでる。』
『白髪?』
グラーキは返答すると、ノートンが見つめる先に意識を向ける。
そこには、バイパーと倉科悠真の姿があった。
学校の渡り廊下で何やら話し込んでいるようだ。
「それでもいいです…!!ちょっと付き合ってもらうだけでいいので、お願いします!」
目の前にいる女子生徒の声で、ノートンの意識が彼女に戻される。
「……分かった。じゃあ、言い方を変えるね。僕、君に興味ないから。」
そう言うとノートンはその場を後にした。
『今日も凄まじい言い方だな。あいつ、ズタボロになってんじゃねーのか?』
グラーキが煽るようにノートンの脳裏で喋りかける。
『しょうがないじゃん。こう言わないといつまで経っても諦めてくれないし…。』
ノートンはグラーキの挑発に乗ることもなく、淡々と答える。
ふらっ。
突然、ノートンの言葉を聞いて立ち尽くしていた女子生徒がふらふらと動き始めた。
その足取りは、振られて教室へ戻るようなものではなかった。まるで何かに引き寄せられるように、一歩、また一歩と歩いていく。
『またか…。』
グラーキが面倒くさそうに呟く。
女子生徒はそのまま校舎の中に入って消えていった。
『ねえ、本当にグラーキは何もしてないんだよね。』
ノートンは疑いを持つようにグラーキに問いかけた。
『俺を疑うなよ。お前に言われた通り、許可なく他人の魂を食ったりなんかしてねぇ。これは、紛れもない、俺以外の邪神の仕業だ。』
『邪神…。』
その言葉を聞いてノートンは考え込む。
『あいつも邪神関連でここに来たのかもな。なあ、お前も予想はついてるんだろ?』
『分かってる。』
ノートンはそう言うと渡り廊下を睨みつけた。
──────。
「もし、これから何かあったら、また俺に話してくれないか、お前の力になりたい。」
「俺のこと……心配してくれてるのか?」
バイパーと悠真の会話を、ノートンは壁にもたれかかったまま、二人に気づかれないよう静かに聞き続けていた。
「何言ってんだよ。お前は俺の友達だろ?助け合うのも、相談に乗るのも当たり前だ。それに、何かあったら俺の名前呼んでくれ。必ず駆けつけるからさ。」
バイパーの言葉には、一見すれば感情が込められているように聞こえた。声色も、言葉の選び方も、相手に寄り添うように作られている。
だが、ノートンにはそれがすべて、ただ並べられた言葉のようにしか聞こえなかった。まるで、悠真を自分の思い通りに動かすために語りかけているようだった。
『あいつ、悠真に邪力使ってる。』
『確かに、微量だが邪力の気配がする。あの白髪、俺たちが思っているよりも上手だぞ。』
グラーキは警戒しながらそう言うと、言葉を続ける。
『どうやら、触れた相手を操る能力のようだな。なかなか稀に見る邪力だ。』
グラーキにそう言われて見ると、バイパーは悠真から見えないように、その身体に触れていた。
『ほんとだ。グラーキ、あの操り解いてよ。』
『操りを解く?そんなこと俺にはできねぇな。』
グラーキは苦笑したように言った。
『操りの解除条件は相手の感情や思いを変えることだ。そうだな、あの人間の「バイパーは悪いやつじゃない」ていう考えを変えられたら解けるかもな。まあ、あの白髪がどう操ってるか知らないから、絶対とは言えねえが。』
『分かった。やってみる。』
ノートンがそう決断した時だった。
先程まで聞こえていた二人の話し声が、いつの間にか聞こえなくなっていた。
コツ。コツ。コツ。
足音がこちらに近づいてきている。
『おいっ!白髪がこっちに近づいてきてるぞ!』
グラーキは焦ったように言った。
『分かってる。早くここから離れよう。』
そう言って、ノートンが動き始めた。
その瞬間___。
パシッ。
「……っ!?」
まだ足音は、少し先から聞こえていた。
それなのに、ノートンの腕は強く掴まれていた。
「人の会話に聞き耳を立てるなんて、いい趣味してるね。
___ノートン。」
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