カレは熱血ワイルド?
「か、神崎くん……ずっと好きでした! 私と付き合ってください!」
――体育倉庫の裏、顔を真っ赤にした女子生徒と、薄茶髪で長身の男子生徒が向かい合っていた。男子生徒の神崎律は、氷のような瞳を端正な顔に光らせて女子生徒を見つめる。
「ごめん、無理」
「……え?」
「てか、友達を使って僕を騙したよね? 先生が呼んでるからここへ来てって。フツーに迷惑だから、やめてくれない? そういうの」
「そ、そんなつもりじゃ……!」
女子生徒の弁明を制するかのように、律は左手を掲げて腕時計を見た。
「要件はそれだけ? じゃあ、僕、行くから」
感情ゼロでそう言うと、膝をついて泣き崩れた女子生徒を一瞥もしないで、踵を返して去っていった。
二時限目の数学が終わった休憩中、賑やかな教室の片隅で、三人の女子生徒が噂話に花を咲かせていた。
「D組の朱美も振られたんだって、神崎に」
「クール・ビューティー神崎かあ。これで何人玉砕したのかねえ、ここみん……って、また弁当食べてるし!」
「ふえ?」
きんぴらごぼうを咥えながら、小鳥遊ここみは気の抜けた返事をした。
「数学の授業聞いてたら、なんかお腹空いちゃって。で、なんの話? 結衣ちん?」
相沢結衣は、呆れた顔でここみを見て、溜息を吐いた。
「授業聴いて眠くなるんじゃなくてお腹空くって、どんな体質よ? まったく、ご飯を頬一杯に詰め込んで……この、ハムスター娘が!」
結衣が、ここみの頬をペチペチする。
「やめてー! さえっち、助けてー!」
「ここみん、食べながら喋らない」
氷室冴子がここみを嗜めたタイミングで、その渦中の人である神崎律が教室に入ってきた。彼は、スマートな体型に似合った所作で、自分の座席に静かに座った。取り出した本を読む姿さえ、優美に映る。
「……確かに超美形よねえ。成績も学年トップクラスだし。告りたくなる気持ちも、分からんではない」
結衣は、律の横顔を遠目に見ながら腕を組んだ。冴子が頬杖をついて、気だるそうに言う。
「うーん……でも、性格がね。いつも塩対応だし、無愛想だし。誰かと付き合ってる姿が、想像できんわ」
「さえっちも、似たような塩対応じゃない。ねえ、ここみんは、神崎に言い寄られたらどうする?」
ここみは、ゴクンと頬の中のものを飲み込むと、胸をドンドンと叩いた。
「んぐっ……神崎君に? ないない! こんなちんちくりんな私なんか、神崎君が相手にするはずないよ!」
むせながら否定するここみの背中を、結衣がさすった。
「そうかなあ。ここみん、小動物的な可愛さがあるから、ワンチャンいけると思うんだけど?」
「駄目! ここみんは、誰にも渡さん」
冴子が、ここみをギュッと抱きしめた。
「あはは、だからないってば、さえっち。それに、おこがましいかもだけど、神崎くんは私の好みとは正反対というか……」
結衣と冴子は顔を見合わせて、同時にここみを見返した。
「えっ! ここみんの好みってどんな人よ? 聞かせて聞かせて!」
「もしかして、私のような頼れるお姉さんタイプが好みだったりするのかな?」
ふたりは、ぐいぐいとここみに詰め寄った。
「ち、近いよ! わ、私の好みは、熱血でワイルドで、守ってくれるタイプというか……」
ふたりとも左上の宙を見て、しばし思考した。
「えっ、それって……」
結衣が言い終える前に、三時限目の開始チャイムが鳴った。教師が入ってきたタイミングで、三人の会話は打ち切られたのだった。
四時限目、体育。本日の科目は、バレーボールだ。
体育館に、張りのある大きな声が響く。
「おーす、お前ら並べー! 順番にトスの練習だ!」
その体育教師は、身長百八十を超える、引き締まった筋肉質の男性だった。赤いジャージ姿で、短く刈り上げた頭髪、太い眉毛。暑苦しい野生味のある風貌だが、まあまあイケメンの部類だろう。
「いいかあ、トスのコツはな、ボールをよく見て前に出ることだ! あとはとにかく、根性! 行くぞ!」
バシーン! 体育教師のレシーブが、対面のコートに炸裂する。
「ひいいっ!」
「おらー! 腰が引けてるぞ! 根性見せろー!」
結衣と冴子は、順番待ちの列の後ろの方で、ヒソヒソと内緒話をしていた。
「ねえ、さえっち。ここみんの好みの、ワイルドな熱血タイプって……」
「うん……どう考えてもあれだよな。あ、ここみの順番だ」
「ええー、熱血なんて今どき流行らない……って、そこじゃないか問題は。あ、顔面ボール」
トスに失敗して、おでこにボールが直撃したここみに、教師が大慌てで駆け寄ってきた。彼はここみの顔を、心配そうに覗き込む。
「ここみ……じゃない、小鳥遊! だ、大丈夫か? 怪我は……!?」
「パパ……じゃなくて、小鳥遊先生。へ、平気です。えへへ……」
ここみの高校の体育教師であり、実の父親でもある小鳥遊大吾は、ここみのおでこを確認した。外傷が無いことにホッとし、後ろ頭をポリポリ掻きながら顔をしかめた。
「……まったく、気合いが足りんぞ! すぐに保健室に行って、おでこを冷やしてもらえ!」
「はあい、パ……先生!」
のほほんと返事をするここみを見て、結衣と冴子は腕組みしながら語り合う。
「ここみんは意識してないだろうけど、小鳥遊先生みたいなのがタイプなんだ。にしても、お父さんかあ……」
苦笑いする結衣に、冴子が無表情に応える。
「いわゆる、ファザコンってやつだな」
「……まあ、ここみんが小さい頃にお母さんが亡くなって、男手ひとつで育ててきたそうだからねえ。ファザコンにもなるか」
「どっちかと言うと、小鳥遊先生の方が、ここみんを溺愛してそうだけどな」
冴子がそう言ったところで、大吾が生徒たちに指示を出した。誰かここみに付き添って、保健室まで連れて行くようにと。
結衣と冴子が挙手しようとするも、件のクール・ビューティー神崎律が先に手を挙げた。
「ああ、僕が連れて行きますよ。ほら小鳥遊、立てる?」
「え……? う、うん」
周りにいた生徒がどよめくも、律はまったく気にしないで、立ち上がったここみを出口に促した。
大吾は、少し片眉をぴくりとさせる。
「いや、神崎。申し出はありがたいが、ここは同じ女子にだな……あれ?」
大吾がゴニョゴニョ言いかけている間に、ふたりは体育館から出てしまっていた。
「えっ……ふたりきりで行くの?」
女子生徒たちがザワザワする中、結衣がボソッと呟いた。
「もしかして、ワンチャン……あるのかも?」
無言のまま保険室前に着くと、律は足早に引き返そうとした。ここみが、慌てて律の背中に声をかけた。
「あっ神崎君、付き添いありがとう! 授業中なのにごめんね?」
律は首だけ振り向いて、端正な顔に、ほんの少しの微笑を浮かべた。彼のファンなら卒倒してしまうような、妖艶さがそこにあった。
「礼も謝罪も要らないよ。体育サボりたかっただけだから」
「……えっ?」
「留年したくないから出席だけはしてるけど、運動なんて大学受験に一ミリも役立たないからね。じゃあ、お大事に」
律は一方的に喋ると、廊下を歩いて行ってしまう。残されたここみは、ぽかんとした表情で彼の背中を見送った。
体育の授業が終わった後、大吾はバレーボールの支柱とネットを入れたカゴを抱え、体育倉庫に向かう。倉庫の裏側にあるベンチに、チラッと人影が見えた。
大吾が荷物ごしにベンチを伺うと、神崎律が座って物理の参考書を読んでいる。すでに律は、体操着から制服に着替えていた。
「こら神崎! なんで授業に戻って来なかった? ここみ……小鳥遊を、ちゃんと保険室に送っていったんだろうな?」
「戻らなかったのは、非効率だったからです。授業の残り時間がそれほど無かったので。あと、小鳥遊さんは、問題なく保健室に連れていきましたよ。ご心配なく」
「相変わらず、理屈っぽい奴だな。この際だから言っておくが、体育の授業、いつも手を抜いているだろう? 運動神経が悪いわけじゃないだろうに、根性がまったく感じられんぞ! せっかくの高校生活なんだ。もっと情熱的になっても良いんじゃないのか?」
熱っぽく語る体育教師に視線を送り、クール・ビューティーは極めて冷静な口調で応えた。
「僕は運動よりも、数学や物理の勉強に労力を割きたいんです。高校生活は有限ですからね。ああ、そろそろ図書室に行く時間だ」
不毛な議論を打ち切るかのように、律は腕時計を見ながら立ち上がった。
それがいけなかった。ベンチの下に倒れていたモップに、律の足が引っかかってしまったのだ。律は、大吾がいる方向へよろめいた。大吾の抱えていた用具が床に打ち付けられると同時に、ふたりはもつれながら、ベンチの手前側に倒れ込んでしまう。
その時であった。
大吾の胸の辺りと律の腰周りが、同時に輝き出した。光は限りなく照度を増し、臨界に達したかのようにベンチの周囲を漂白した。
閃光は数瞬で収束したが、ふたりの視界はぼやけており、ハッキリと景色が見えない。
「痛たた……!」
「なんだ……今の光は? か、神崎! 大丈夫か!? 怪我は?」
「だ、大丈夫、どこも打ってないです……!」
「そ、そうか」
目が慣れてきた彼が律の方を向こうとすると、ひとりの女子生徒がその場へ駆け付けてきた。
「先生、大変です! 他校の男子が乗り込んできて、小鳥遊さんが、そいつに連れてかれそうに……!」
「な、なんだってえ!? すまん神崎、とりあえず保健室に行って、怪我がないか診てもらえ! 俺も後で行くから! で、場所はどこなんだ!?」
女子生徒の肩に手を乗せて、激しく揺らしながら彼は問いかけた。
「え、えええ? えと、そっちの、渡り廊下……だよ?」
女子生徒はなぜか顔を赤くしながら、第二校舎の方を指差した。彼は、ダッシュでその方向へ駆けて行った。
――遡ること十分前。授業後、冴子は購買にパンを買いに、結衣は保健室にここみを迎えに行った。特に怪我なし、とのことだ。
ここみと結衣が教室に戻るため、渡り廊下を歩いていると、ふたりの前に金髪で耳と鼻にピアスをした少年が立ちはだかった。
「よう、小鳥遊!」
金髪ピアスは、片手を上げてここみに挨拶した。ここみは金髪ピアスの顔を五秒ほど凝視して、得心したように手を打った。
「ああっ! えっと、確か同中の佐々木君だよね? 久しぶり〜! どうしてここに?」
「どうしてって……。そ、そういや、裏門の鍵が空いてたぜ? 今時セキュリティの甘い高校だな。塀を乗り越える手間が省けたけどね」
ここで、結衣がふたりの会話に割って入った。
「えっ? ここみんの知り合い? も、もしかして元カレとか!?」
趣味わるっ! とは、流石に口には出さなかった。
「ち、違うよ〜、ただのクラスメイトだってば。あんまり話したこともないし。ねえ、佐々木君? かなりイメチェンしてるから、一瞬誰だか分かんなかったよ」
屈託なく笑うここみに、佐々木はショックを受けているようだった。
「お、おまっ! 卒業式に俺が告ったこと、忘れたっての? 『ごめんね。私、ワイルドな人が好きなの』なんて言うから、努力して、こんなにワイルドになったてのに……!」
佐々木は、泣きそうな顔をして言った。
「……あ、あほや。努力の方向間違っとる! むしろ、めっちゃ女々しいわ……!」
結衣は思わず、関西弁でツッコんだ。
佐々木は、なんとか自分を奮い立たせ、ここみの手を取って裏門の方へ引っ張っていく。
「まあいい小鳥遊! 俺ってワイルドだろお? これから、俺とデートしてくれよ!」
結衣が慌てて佐々木を止めようとする。
「ちょっと! 無理やりは良くないって!」
「うるさいっ!」
佐々木は、結衣を突き飛ばした。
「きゃっ!」
「結衣ちん!」
ここみは、佐々木の手を振り解き、結衣に駆け寄る。普段のほんわかとした雰囲気とは打って変わって、毅然とした表情で佐々木を見据えた。
「佐々木君、今のは違うよ? それはワイルドなんかじゃなくて、ただの暴力だよ。あらためて言うね。ごめんね。私、ワイルドな人が好きなの。あなたとは付き合えない。それと……告白されたこと、忘れちゃって本当にごめんなさい」
深々と頭を下げるここみに、佐々木は声を張り上げた。
「いやだ! ワイルドな俺は、小鳥遊とデートするんだあ! いいから、一緒に来いよっ! 海で、キャッキャウフフするんだあ!」
佐々木は、ここみの右手を強引に引っ張った。
「ちょっ……! 痛いっ!」
――その時。
「ごらあっ! てめーっ! ここみになにしやがるんだああっ!」
大声が、ここみの後方から聞こえてきた。声の主はふたりの間に割り込み、素早く佐々木の腕を掴む。同時に、流れるように相手の懐に飛び込んだ。
次の瞬間、佐々木の体は中を舞っていた。ドォンと重い音とともに、見事な一本背負いが決まったのだ。
「うげえっ! な、なんだ、てめえは……?」
悶絶する佐々木の胸ぐらを掴み、無理やり引っ張り上げる。彼は、視線で殺すかと思えるくらいの眼力で、佐々木を睨みつけた。
「何人たりとも、俺のここみを傷つける奴は許さねえ! 俺はな、ここみを一生護るって誓ったんだ! ここみは、俺の全てなんだ、分かったか!」
「ひいい……!」
相手の凄まじい殺気に当てられて、佐々木はすっかり戦意を喪失してしまった。ほうほうの体で逃げていった佐々木には目もくれず、彼はここみの肩を抱いて、心配そうに顔を覗き込んだ。
「ここみ、大丈夫か?」
ここみはなぜか、顔を真っ赤にしている。
「あ、あの……神崎君……?」
「あん? 神崎がどうしたって?」
いつのまにか、ここみたちの周りには、騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まっていた。生徒たちは、ことの顛末に大盛り上がりしている。
「か、神崎が、あのクール・ビューティー神崎が、小鳥遊に告白した!」
「いやいや! あれはもはや、プロポーズだろ?」
状況を理解できていない彼が校舎の窓に映る自分を見ると、そこには薄茶髪の美少年が立っていた。こいつは、神崎律じゃないか。
つまり大吾は、いつの間にか律の姿になっていたのだ。
「な、なんだこりゃ?」
窓に映る律に、ここみがおずおすと近づいてきた。手をもじもじさせながら、ここみは彼に言った。
「あ、ありがとう、助けてくれて。私、神崎君を誤解してたみたい……キミって、とてもワイルドで情熱的な男性だったんだね。あ、あの告白は急すぎてちょっと驚いちゃった。いきなりお付き合いは無理だけど、お、お友達としてなら、なんて。えへへ……」
うおおおおっ……! 外野の生徒たちの熱狂は、最高潮に達した。佐々木に突き飛ばされて尻餅をついていた結衣だけが、予想外の事態にただただ唖然としていたが。
「難攻不落のクール・ビューティーを、小鳥遊が落としたあ!」
「く、くやしいい……! 神崎君が、小鳥遊さんに取られちゃったよう!」
――な、なにを言ってるんだ、こいつらは? 俺は小鳥遊大吾だぞ? なんで俺が、娘のここみに告白したような流れになっているんだ?
混乱する律の腕を、大きな手が掴んだ。手の主を見ると、自分の、つまり大吾の顔が目に入った。その男に、ここみが呼びかけた。
「あっ、パパ!」
「パ、パパあ!?」
パパは俺だろ! と抗議しようとするが、律は大吾の顔をした男に引きずられていく。なんつー馬鹿力だ、こいつは? あ、俺か?
「あっ! パパ、神崎君、どこに行くのー?」
――体育倉庫の裏、顔を真っ青にした体育教師と、薄茶髪で長身の男子生徒が向かい合っていた。
「もしかして」
「俺たち?」「僕たち?」
ふたりが同時に発した声が、体育倉庫裏に響き渡る。
「心が入れ替わってるうう!?」




