みなもとは
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「Love Train」
暖房買ったはいいけどさ。
電気代高いのよ。
ぼったくりよね。
だってさ。
客が増えるわけでもないのよ。
暖房あるからって。
さて。
今日の装いは。
膝裏まである。
白のロングポニーテール。
ちょっと。
いや。
かなり後ろに重いのよ。
白のキャミに。
白のショートパンツ。
そうよ。
夏気分。
白一色。
天使みたいでしょ?
いっそのこと。
羽根でも着けようかしら。
え?
三角が着いたハチマキをしろ?
なるほどね。
召される側。
って。
ことね。
あんたもどう?
一緒に。
呪ってあげるわよ。
旅は道連れよ。
道連れになる客。
いや。
違うわね。
大事なお客様。
数分前に来た女は。
3つある丸椅子の一番奥に腰かけて。
カルーアを注文してから。
片手で頬杖をつきながら。
スマホ相手に。
しきりに。
「もう」
だの。
「はぁ」
だの。
「分かってる」
とか。
何かと交信している。
ミディアムボブで包まれた顔立ちは。
しっかりした眉に。
目が大きくて。
印象的で。
かわいらしい。
化粧気はなくて。
ファンデーションとリップをあしらったくらい。
羨ましいわね。
その肌と若さ。
なんてね。
あどけなさが。
幼く見えるけど。
バーに来たからには。
お酒は飲める年齢のはず。
「はいはい」
ショルダーバッグに。
スマホをしまうと、
カルーアを口に含んだ女。
肩でため息を一つ。
グラスに着いた。
リップの跡を。
華奢な指先で拭う。
チラリと。
こっちを見る。
あたしは。
両手を広げた。
「私ね、高校生の弟がいるんだけどさ、めっちゃ心配症でさ、実家から東京出てきて、3年も経つのに、毎日のようにメッセージ入れてくるの」
今のも。
弟とのやり取りだったのかもね。
「あら、いい弟じゃない」
「まあね、かわいいんだけどさ。元気にしてる? ちゃんと寝れてる? ごはん食べれてる? とか」
質問部分は声色を変えたから。
おそらく。
弟の真似ね。
「お姉ちゃん大好きなのよ」
「分かってるよ。でもさ、そんなに心配しなくてもって、想うわけよ。私の方が年上だし」
「まあ、大切なのよ。あんたのことが」
そうね。
弟の気持ちも。
分からなくはない。
かわいいお姉ちゃんに。
何かあったらとか。
余計な詮索もしてしまうのは。
性かしら。
「でもさ、何て言うのかな、そんなに言われると、そんなに心配されるように見られてるのかなって」
カラン。
女はグラスの氷を鳴らして。
カルーアを一口含む。
「なるほどね。一種の呪いね」
「呪い?」
眉をしかめた女。
「弟はさ、純粋にあんたのことを心配して、元気にしてるかなって、祈りにも近い感覚で、日々あんたのことを想っているんでしょ。きっと」
「だと想うよ。でもママ、それと呪いの何が関係してるの?」
「心配が混ざってることよ」
「心配? それって普通じゃない?」
「まあね。でもさ、あんた現にちゃんとしなきゃって想ってる」
「そりゃ、心配かけたくないし」
「でしょ? そしたら弟のメッセージがなかったらどう? そんなこと考える?」
口を尖らせて。
女は首を捻る。
「呪いって、願いや祈りと同質なのよ。あんたの弟の、そうね、元気してる? には。元気でいてほしいって願いが込められている。それと同じくらい、元気にしてるかなって。心配や不安が混ざってる」
「私が気にし過ぎってこと?」
「それもあるかもね。あんたは素直に弟のメッセージを受け取っているからね」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「そうね……弟にこう言ってみて」
あたしは、ジャックで舌を湿らす。
「いつもメッセージありがとう。一つお願いがあるんだ。私のこと、心配してくれるのはありがとうだけど、心配はしなくていいから、私のこと信じて、元気でいるって」
「ん? それで、何か変わるの?」
腕を組んで。
小首を傾げた女。
その。
リズミカルな動きが。
妙に愛らしい。
「さあ、どうかしらね。変わるかもしれないし、そのままかもね」
あたしは。
グラスを回す。
「よく分かんないよ。ママせめて私に分かるように教えて」
身を乗り出して。
あたしを拝む女。
「そんなね、あんたに講釈垂れるほど偉くもなんともないのよ、あたしは。そうだ、今、弟にメッセージ送ってみなさいよ」
「え? 今?」
「ものは試しよ」
ウインクを飛ばすと。
身震いをした女は。
ショルダーバッグから。
スマホを取り出した。
あたしは。
手元を操作して。
音楽をつなぐ。
The Beatles「Hey Jude」。
「ふぅ……送った」
女はスマホをカウンターに置いて。
両手を前に伸びをして。
摘まんだ柿ピーを。
口に放り込んだ。
「それでさ、ママ教えてくんないの?」
「祈りにしろ呪いにしろ、それを想った人間の感情。念が乗るのよ」
「念? 感情?」
「その原点は、愛なのよね。祈りも呪いも、結局は誰かを強く想うところから始まるの。幸せでいて欲しいと想うのも、不幸になって欲しいと想うのもね、根っこを辿れば同じなのよ」
「うん。それは分かる」
「幸せでいてほしいも、幸せになってほしくないも。どっちも自分の願いなのよ。そこには、相手への敬意がない。当人が想い、願っているだけ」
「それで?」
「あたしが言ってるのは、ただ大切な相手を信じるって、それだけのこと」
「信じる……」
「ふと、大切な誰かを想い浮かべた時は、大丈夫、あの人は元気でいる。そう天に向かって祈ればいい」
「ああ、なんとなく分かった」
「あたしが、こんなこと言うのも似合わないけどさ、日本には言霊って概念があるのは知ってる?」
「あ、うん。口に出したことが現実になるって、あれでしょ?」
「まあ、そうね。それと同じ。文字や想いにも、気持ちは宿る。心配は人情だけど、その隠れ混ざった不安も相手には伝わるものよ」
「そっか……よく友達も親が心配してうるさいって言うのと同じだよ
ね」
「親が子供を気にかけるのは自然なこと、でも度が過ぎても、まあ、干渉が無さすぎるのも問題はありそうだけどね。だから、ただ信じるの。信じてあげるのでもなくね」
「信じるか……難しそうだな」
「そうね。でもそれは、大切な相手に気持ちを押し付けない、優しさでもあるわけ」
「心配してる時点で、気持ちは相手に影響を及ぼしているから、でも、信じることは、相手に……」
伏せていた。
女の顔が上がる。
照明の光を帯びた瞳が。
あたしを見つめる。
「分かった?」
「元気でいるって、そのままの想いだから、相手には元気という念しか届かない」
「やるじゃん」
投げっキスをお見舞いするあたし。
ひょいっと。
顔を逸らした女。
「あっ、そうしたら、それって本当の祈りかも」
「そんなあんたに、一杯奢るわ」
あたしは乳白色の液体が入ったグラスを差し出した。
「わーっ。嬉しい」
重ねた両手を頬に添えて。
微笑む女。
ピコン。
スマホが鳴る。
女は肩をすくめ。
あたしを一瞥して。
お尻を動かし。
座り直すようにして。
両手でスマホを取った。
画面に視線が落ちて。
左右に動く瞳。
一瞬。
見開かれた眼は。
ゆっくりと細められていく。
チラッと。
上目遣いに。
あたしを見やって。
唇を食みながら。
カウンターの上に置いたスマホを。
両手であたしの方へ滑らせた。
「なに?」
「読んでみて」
「いいの?」
大きくうなずいた女。
あたしは。
ニヤリと微笑んで。
スマホを手に取った。
人様のスマホを見るなんて。
滅多にない機会。
って。
余計なことはしないわよ。
ちゃんと読むだけだから。
『メッセージ。姉ちゃんらしくなくて驚いた。
で、信じるって、よく分からなくて、俺なりに考えてみた。
で、俺なりの答えは。
心配してたということは、姉ちゃんを信じてなかったのかもって。
おっちょこちょいで、人をすぐ信用しちゃう、姉ちゃんのことだからって。
俺が勝手に、起きてほしくないことを考えたりしてたのはあったし。
だから、これからは姉ちゃんを信じる。
元気にしてるって。
でもさ、たまには連絡してくれよな』
「ふーん。あんたさ、おっちょこちょいで、人をすぐ信用しちゃうって本当?」
「え? そこ?」
「どーなのよ」
「あ、え~と……」
両手を腿に挟んで。
もじもじする女。
「あんたさ、そりゃあ弟は心配するわよ」
「へへ。でも、信じるって」
「それは、それ。あんた、弟の信じる気持ち、裏切らないように、あんた自身、気をつけなさいよ」
「ふふ。ママも心配してる」
女は。
すまし顔をして。
つんつんと。
人差し指をあたしに向ける。
うっ……
あらやだ。
でもさ。
一期一会の場末のママが。
一言言うくらい。
今日は許して貰おうかしら。
「一つだけ」
「はい」
背筋を伸ばした女。
「あたしもあんたが、元気に生きていくって信じたから」
ジャックのグラスを掲げて。
喉を焼いた。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




