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新世界歴元年 1月3日
ガトレア王国 キーファ
キーファ城
キーファの中央部にある「キーファ城」はかつて政治の中心であった。
200年前に立憲君主制に移行してからも引き続き王族たちが居住しており、城の周辺は公園として一般開放されている。
立憲君主化されてから政治の中心ではなくなった「キーファ城」
しかし、年に何度か首相や閣僚たちがキーファ城に集まり国王に報告を行う場が設けられているなど、国王の政治的な影響力が完全になくなっているわけでもなかった。
今年に入って「御前会議」と呼ばれる国王出席の会議が連日にわたって開かれている。その理由はもちろん、他国との通信が一切通じないことや国周辺の地形が大きく変わったことだ。
そして、今日に入って二日前から消息不明となっていたフリゲート艦からある報告が届いた。その報告は国の今後を大きく左右するようなものだったことから、首相は3日連続となる御前会議の招集を国王に提案するのだった。
「異界の国との接触……たしかに、これは大きなニュースだな」
手に持っていた資料を机に置きながら神妙な表情で呟く若い男――彼こそガトレア王国の現国王であるギルメット12世だ。容姿こそ30代ほどにしか見えないが実年齢はゆうに300歳を超えており、在位も30年に達している。
他の出席者たちも総じて容姿は若いが、それぞれ長年国の要職についている者たちばかりだが、そんな彼らも今回の報告には度肝を抜かれたようで俄に信じられないといった微妙な表情をしていた。
その中で、ギルメットはすんなりと状況を受け入れようとしていた。
「異界の国……『ニホン』だったか。資料を見る限りでは我が国に似た部分が多い国だな」
「陛下は信じられるのですか?こんな突拍子のないことを」
一人の閣僚が探るような視線をギルメットへ向ける。
不敬罪こそ、とうの昔に消えているがそれでも国王――王族に向けてそのような視線を向けるのは本来ならばあり得ないことだが、ギルメットは特に気にした様子はない。
「たしかに突拍子のないことだな。だが、大陸が一つ消えているのだろう?それを考えれば異界の国が現れても不思議ではない――私はそう判断した」
「――失礼しました。あまりに突拍子のないものだったので」
「まあ、仕方がないさ。私も気にしていないからな。君たちもそうだろう?」
慌てて頭を下げる閣僚に気にしないといいながら、他の閣僚に視線を向けると彼らは一様に気まずげな表情をしながら頷く。唯一頷かなかったのは首相のスヴェンソンくらいだ。
「スヴェンソン首相。それで、対応策はもう決まっているんだろう?」
面白そうに笑みを作りながらスヴェンソンに話をふるギルメット。
話をふられたスヴェンソンは頷きながら口を開く。
「すでに外交使節団を派遣しました。翌日には『ニホン』に接触できるでしょう。『アレス』からの報告によれば友好的に付き合える可能性が高いようですので、交渉が順調にいけば今月中には国交を開設することはできそうです。その後は、海軍艦艇を周辺調査に向かわせる予定です。異界が我々の世界に迷い込んだのか――それとも我々が別の異界に迷い込んだのかがわかるのは当分時間がかかりそうですが」
「まあ、その部分は今気にしても仕方がないだろう。今は、接触できた『ニホン』とのことを第一に考えるべきだ」
「仰るとおりです」
そう言って恭しく頭を下げるスヴェンソン。
これで実質的に国王の承認を得ることになった。後から色々と文句をいいそうな野党相手には「陛下の承認もある」といえば大人しくなるだろう。
まあ、一部の過激派はそれでも黙らないがこの国は少数派なので相手にしなければいい。
立憲制に移行してかなりたっているが、それでも「国王」の影響力は計り知れないものがある。ギルメットも当然ながらそれを理解しており、よほど重要な局面ではない限りは首を突っ込むことはしない。
「まあ、私はそこまで『ニホン』のことは心配しなくてもいいと思うがね」
「報告を見る限り私も同意見ですが。念には念を入れなければいけません。なにせ、まったく未知の国が相手ですので」
スヴェンソンの言葉にギルメットは「相変わらず慎重なヤツだな」といって苦笑するのだった。
新世界歴元年 1月3日
日本帝国 樺太道 千島列島 占守島北方沖
日本海軍 海防艦「国後」
日本で最も北に位置する島――占守島から北に100kmほどの地点。
かつてはソ連のカムチャツカ半島があった場所には広大な海が広がっており、数日前まで日本とソ連が対峙していた面影は一切残っていないが、日本海軍は引き続き千島列島周辺海域での哨戒活動をほぼ毎日していた。
海防艦「国後」は択捉型海防艦の2番艦として1997年2月に就役した。
「海防艦」とは日本海軍が独自に設定している艦種であり、他国の海軍でいえば「コルベット」であるとか「哨戒艦」などにあたる、排水量2000トン以下の軍艦であり、主に防備隊などの地方で沿岸哨戒活動を行っている艦隊に配備されていた。
海防艦は「島」の名前がつけられており「国後」も南千島の国後島からつけられていた。最初に配備されたのは南洋諸島のグアム。ついで、石垣島と配備先を二度変えながら占守島に隣接する幌筵島の基地へやってきたのは10年ほど前だ。
海防艦「国後」の基本兵装は70口径57mm速射砲1門。対艦ミサイル連装発射機2基。RAM対空ミサイル21連装発射機1基。4連装短魚雷発射管2門などだ。艦尾にはヘリコプターが着艦出来るスペースはあるが格納庫はないため平時は艦載することはない。
このように、戦闘艦としての武装は必要最低限のものは装備しているものの、護衛艦などに比べるとかなり軽武装になっている。それでも、対潜水艦の切り札といえるソナーなどの電子装備は通常の戦闘艦艇とほぼ同じかそれよりも高性能なものを搭載していた。
「3日経ったが未だに慣れないな。カムチャッカがここから見えないのは」
双眼鏡片手にボヤくのは「国後」艦長の迫田健一郎少佐。
海軍に入って25年という叩き上げの士官である迫田艦長は、北方に約10年間いて、常にソ連の挑発行為と対峙していた。そんな彼にとってカムチャツカ半島の姿が見えないというのは強い違和感を感じてしまった。
「でも、ソ連の連中がうろつかなくなったのは国としてはいいことですよ」
「だが油断は出来ない。どうやら、ここは『異世界』らしいからな」
「未だに信じられませんよ。国が丸ごと『異世界』にいくなんて」
「俺だってそうさ。今でも信じられない」
毎日あった大陸が突如として消える。今でも、迫田は自分は夢を見ているのではないか――と内心では思っていたほどだ。しかし、さすがに3日経って眼の前で起きていることは現実なのだと頭の中で理解できるようにはなった。
昨日はそれまで存在していなかった島が占守島の東方沖で発見されており幌筵島に駐屯している海兵隊が調査のために派遣された。「国後」もその護衛のために数時間ほど近海に待機していた。
同様の報告はあちこちから上がっており、どこの基地も対応におわれており正月休みを返上して調査にあたっているような状況だ。これまですでに百を超える島が発見されており、いずれも文明の痕跡は見つかっていない。
特に領海内などに出現した島がすべて無人島なのは朗報だ。もし、人が住んでいたらその帰属などを巡って島民たちと協議をしなければならず、内務省や外務省などが頭を抱えていたことだろう。
まあ、外務省は「ガトラス王国」の存在で今現在頭を抱えているのだが。
一方、艦橋から一段下がったところにあるCIC(戦闘指揮所)ではちょっとした問題が起きていた。
「ん?これは……」
真っ先に問題に気づいたのはソナーを担当していた乗員だった。
ベテランのソナー員である乗員は海中で微かな機関音らしき音を聞いた。
「どうかしたのか?」
「潜水艦の機関音らしき音が聞こえた。微かにだけどな」
「艦長には?」
「伝えるべきだろうな」
僅かな異変でも感じたら上官に伝える――日本海軍で徹底されていることだ。勘違いを恐れて報告せず、結果的に最悪の事態がおきた――というのを避けるためにだ。
「潜水艦の機関音が聞こえたというの本当か?」
報告を受けた迫田はすぐにCICへおりて乗員に問うた。
「はい。微かではありますが、自然では出ない音が海中でしました」
「データベースには?」
「音のサンプルがあまりとれていないので確実とはいえませんが……合致するものはありません」
「ということは、未確認国家の可能性があるわけか……」
乗員の報告に迫田は難しい顔をしながら腕を組む。
ここは、占守島の近くではあるが一応は公海である。公海で潜水艦がいても国際法的には問題はないのだが、日本近海に未確認の潜水艦がいるというのはやはり問題ではある。
日本海軍は各国の潜水艦を記録した膨大なデータベースを持つ。
対立している北中国やソ連はもちろんのこと。同盟国であるアメリカや、友好国である西欧諸国の潜水艦も記録されているもので、地球上に存在している未確認以外の潜水艦のデータはほぼ揃っていた。
そのデータベースに合致するものがないということは、それは即ち未確認の最新鋭艦かあるいはそもそも地球上に存在しない国家が保有している潜水艦の可能性が極めて高いということだ。
この場合、最新鋭艦ならばまだ対処のしようがあった。
単にデータを集めてデータベースに載せればいいだけだ。
では、未確認国家(異世界国家に対する政府名)に関してはどうなのかといえば、そもそも一切の情報がない中からのスタートなので対応策が決まるのも時間がかかる。これが、領海に侵入したならば「領海侵犯」を理由に「武装勢力の潜水艦」として拿捕することもできるわけだが、今回は公海上なので日本としてはできることが殆どない。
現場としてもこの「できることがほとんど無い」というのが厄介なのだ。
追いかけ回すのも問題だし、かといってなにか起きればその対応に出なければならないわけである。
とりあえず、迫田が下したものは。
「ともかく、上に報告だな。近くに未確認国家があるかもしれないからな」
上層部の判断まちという至極普通のものであった。