7:来日
新世界歴元年 1月5日
日本帝国 新潟県 新潟市
新潟港
外交使節団などを乗せたガトレア王国軍の巡洋艦「ソレイスバーグ」は新潟港へ入港した。途中までは日本海軍の第4艦隊に所属している巡洋艦「鳥海」がエスコート兼監視役として前方にいたが、今はタグボートに役割を譲っている。
「ほう、これが日本か……」
眼前に広がる横浜の町並みを見ながら感嘆の声を漏らしているのは、今回の使節団の代表を務めている外務副大臣だ。
初めて見る異世界の都市ということで興味があったようだが、実際に見てみる横浜の町並みは彼にとっては感嘆の声を上げるだけのものだったようだ。
それでも、彼の側にいる外交官や護衛の兵士たちの表情は険しい。
この中で唯一自然体なのは副大臣くらいだろう。それ以外は、これから戦地へ挑むような覚悟がちらほらと見え隠れしていた。
「騙し討ちをしてくる国ではなかったようですね……」
「映画の見すぎだ。そんなことしてくる国が現実に存在すると思うか?」
「実際いましたよ。我が国の近くにね」
「……そういえばそうだったな」
物騒なことを口にした外交官にツッコミをいれるが、逆に突っ込み返されて「そういえばそうだ」と頷く副大臣。
「ガリアもこの世界にいるのだろうな」
「……おそらくは」
「我々とすればガリアから離れられたことは朗報だが、今後それに巻き込まれる異世界の国に同情してしまうよ」
特に今の「皇帝」になってからは領土的野心が異常に強くなっている。
今回の事態は彼らにとって「朗報」と考えていそうだ。他にも、好戦的な国は幾つか有り、それらの国が問題を引き起こすことを思うと頭を抱えてしまうが、今はトルネアのことよりも眼の前の国との交渉が一番だと、副大臣は表情を引き締めた。
新潟港の周囲は警察によって交通規制が敷かれる厳戒態勢となっていた。
相手は異世界の外交団ということで、なにかトラブルがおきればその国との関係が一気に悪化する可能性がある。そのため、警察や内務省はかなり神経質に移動ルートの警備を強化していた。
「いよいよですね」
「ああ……情報によれば殆どが『亜人』らしいが」
緊張した面持ちで秘書の言葉に頷くのは、日本側の代表者に任命された外務副大臣の副島。当選4回の中堅議員で、議員になる前は大手商社に勤務していた。海外での仕事が多かったことも有り、国会議員になってからは主に外交委員会などに所属していた「外交族」だ。
その仕事柄世界各国の要人などと接していたが、それでも「異世界」の要人と接するのは今回が初めてということで表情は緊張でこわばっていた。
岸壁に接岸した巡洋艦にタラップが接続されると、すぐに軍服に身にまとった男女の軍人が姿を現した。どちらも、非常に整った容姿をしており耳の部分が鋭く尖っていた。
それ以外にも、獣の耳をもった獣人など様々な種族が巡洋艦から下船する。中には純粋な人間種もいたがその数はかなり少なかった。事前に、亜人種の国だという情報を知っていたが、それでも直接見るエルフの容姿は整いすぎていたし、獣人の軍人たちも整った容姿をしているものもいれば、いかにも武闘家といった体つきをした者たちもいる。
そして、副島の前には一際整った容姿をした青年がやってきた。
どうやら、この青年がこの使節団の代表のようだ。外見からいえば20代にしか見えないが外見通りの年齢ではないのだろう。
『ガトレア王国外務副大臣を務めております。ロバート・レストと申します』
青年から発せられたのは流暢な英語のような言葉だった。
事前に、彼らは英語に似た言語を使うということは聞いていたが実際に聞いてみるとたしかにニュアンスなどは多少違うが、英語と認識出来る程度には言葉が似ていた。
そのことに副島は内心で安堵しながら挨拶を返す。
『日本帝国外務副大臣を務めている副島優と申します。ようこそ日本へ』
両者は固い握手をかわした。
ガトレア王国の使節団は、新潟港から車に乗り換えて新潟空港へ向かい、そこから日本政府が用意したチャーター機に乗り込んで東京・羽田空港へ向かった。更に、そこから霞が関の外務省へは車で移動していた。
代表であるレストは車中で東京の町並みを興味深そうに観察していた。
「この国は――かなり発展しているみたいだな」
「我々からすれば少し息苦しいですがね」
レストの呟きに同行している外交官は渋い顔を作る。
エルフ族は精霊や自然を尊ぶ種族だ。ガトレア王国もかなり発展している国であるが、都市開発の基本は「自然との共存」のため大規模な開発は法律によって制限されている。
そんな彼らからすれば、確かに高層建築物が密集している日本の首都圏は息苦しく感じるかもしれない。
「だが、この国は精霊の数がかなり多いみたいだぞ?」
エルフは精霊を見ることが出来る。
これは、彼らが元々精霊から派生した種族だからであると彼らの世界では信じられていた。エルフ以外の種族は精霊を直接見ることはできず、エルフだけなので一部のエルフは「自分たちは選ばれた種族」として、他の種族をかなり見下している。
まあ、ガトレア王国はそのような排他的な考えを持つエルフは少数派だ。
一部の大陸にはそのような排他的な思想をもったエルフが多く暮らす国もあるが、そういった国は基本的に鎖国していた。
「都市部にこれだけの精霊がいるのは確かに珍しいですね……」
「それだけ、この国は精霊にとって居心地がいいのだろうな」
精霊が多く居るということは、その国の環境が優れていることを現す。
環境破壊などを行っている国は精霊の数が少なく、それによって国土が荒廃している――というのはエルフの間ではよく知られた話だ。まあ、世界一般にはあまり浸透されていないことだが、これはエルフ以外の種族が精霊を見ることも感じることもできない故だ。
エルフたちもそのことを表立って言うことはしない。
ともかく、精霊にとっていい環境の国は安定した国なのでレストはこの時点で日本とは積極的に交流していくべき――だと決意するのだった。
新世界歴元年 1月6日
日本帝国 東京市 千代田区
外務省
翌日。外務省で、両国による最初の顔合わせが始まった。
異世界の国同士ということもあり、最初から国交に関する話ではなくまずはお互いの国を知ってもらうことから会談は始まった。ガトレアもこういう時のために資料は用意しており、現在はその資料などを使ってガトレア王国の紹介が行われていた。
「異世界というけれど、地球と変わらないな」
それが、外交官たちが感じたガトレア王国への感想だ。
エルフといういかにもファンタジー小説に出てきそうな存在ばかりに目が向いていたが、彼らの話をよくよく聞いてみれば普通の人間とさほど変わらない。宗教観などは違うかもしれないが、それは普通の人間同士でもあることなので気にはならない。
話は、そのままエルフを含む亜人種に関するものにまで発展していった。
ファンタジー小説でおなじみのエルフは、森の中で生活する「森の種族」であり、弓矢や魔法の扱いに秀でているというものだが。テラスで生活しているエルフたちは寿命とその容姿を除けばその生活スタイルは一般的な人間のものとさほど変わりはなかった。
ただ、大昔は確かに森などで生活していたのは事実で、今でも自然環境の保護活動に熱心に取り組んでいるらしく。彼らの生活するガトレア王国ではかなり厳しい開発制限が法律によって課せられているらしい。ただ、それはエルフたちの国では一般的なものだという。
獣人族に関しては、こちらは獣耳と尻尾を生やした人間形態の獣人族が一般的であり、二足歩行の獣人というのはテラスでは存在しないようだ。ただ、普通の人間に比べて高い身体能力を持っているのが特徴であるという。
ただ、その身体能力の高さに比例する戦闘力の高さ故に、かつては「戦闘用奴隷」という形で人間たちに無理やり徴用されていた過去があるため、獣人族の多くは人間に対して反発心が強いという。
ガトレア王国で生活している獣人たちも、大陸からの迫害から逃れるためにガトレア王国へ逃れてきた者たちの末裔であった。彼らはそこまで人間への敵意はないようだが、それでも獣人たちの中には「獣人至上主義」というべき思想をもって過激な活動を行っている者たちもいるようだ。
これは、エルフにもいえエルフ以外の種族を見下す「エルフ原理主義」と呼ばれる勢力がいるらしい。どちらも、規模としては少数だがそれでも各地でテロ紛いの活動をしているので政府にとっては頭の痛い存在のようだ。
エルフや、獣人以外にもテラスには「亜人種」と呼ばれる種族が多く暮らしているが、地球以上に民族間の間のトラブルというのは多いと、ガトレアの外交官は日本側に説明していた。
ガリア帝国との問題に関しての説明も、この場では行われた。
天然資源を巡る領土問題は、日本でも尖閣諸島や樺太の件があるので他人事ではなく同情的な視線がガトレア側に向けられたほどだ。
ガトレア王国に関する紹介が終わったあと、続いて日本側の紹介が行われた。主な歴史と、人口などだ。日本帝国が出来たのは今から2700年ほど前と言われている。最も、残されている資料などは一種の神話のようなものなのでそれを裏付ける証拠などはないが、それでも少なくとも2000年以上にわたって国が続いているのは確かで、世界的に見てもこれほど古くから存在し続けている国というのはやはり珍しく、ガトレア側も「建国から2700年ほど経っている」という言葉には驚いていた。
ガトレア王国も建国から1000年以上経っているらしいが、2000年を超える国はテラスでもかなり珍しかったようだ。
日本帝国という国号になったのは約250年前。
それまでは一般的に「日ノ本」などという呼称が一般的だった。
この250年前というのは日本でも産業革命が起きて、一気に国家を近代化させることへ舵をきった時だ。それまでの貴族主体の政治体制を改め、二院制の議会を設置したり本格的な憲法をつくりあげ、国の近代化を少しずつ行った。鉄道などの開通もちょうどこの頃で、当初は技術が発達しているイギリスやフランスなどの力を借りる形で国土開発が行われた。
日本が世界中から「列強」と認められたのは120年前。日華戦争・日露戦争という2つの戦争を経て、主にヨーロッパ列強が日本は強国であると認めた結果だ。そして、その直後に勃発した第一次世界大戦において日本は連合国側に参戦し、戦場となったヨーロッパ地域に陸軍5個師団と海軍2個艦隊を派遣している。これは、当時の日本帝国の全戦力の半分にあたる。
一次大戦は5年あまり続いたが、日本はヨーロッパへ100万を超える人員を派遣し、連合軍の勝利に貢献し、戦後に設立された「国際連盟」においても常任理事国の椅子に座るなど「列強」としての地位を確実に固めていた。
その後の歴史は、ソ連の政治工作からくる対立でアメリカと戦争したり、第一次世界大戦以上の大戦争となった第二次世界大戦に参戦し戦勝国になったり。戦後処理を巡る対立から発生した東西冷戦に今現在まで巻き込まれていたり――と、日本もまた中々波乱万丈な世界情勢に巻き込まれていた。
これらの説明を受けたガトレア側は「結構物騒だな」と思った。
実際、日本の周囲は現代になってから色々と物騒だ。中華大陸は2つに分裂しているし、ソ連は日本にとっては200年以上にわたる宿敵だ。まあ、ソ連の場合は西欧方面も警戒しなければいけないので、近年最も警戒すべき相手は北中国になっていたが。それでも油断を見せれば一気に攻め込んでくるのがソ連なのでやはり気を抜くことは出来なかった。
北中国とソ連が消えた今でさえ、転移前の警戒態勢は続いているほどなのだから。
お互いの国の紹介が終わったら、いよいよ本格的な交渉が始まる――といっても、すでにお互いで国交を結ぶことは決まっていた。好戦的な国ではないことはわかっているし、お互いに手を結び交流するのにメリットが大きいと判断したからだ。正式に国交を結ぶのはそれぞれ議会などを通す必要があるが、特に大きな問題もなく認められるだろう――と双方の外交官が感じるほどに国交を結ぶことへのメリットは大きかった。
日本帝国とガトレア王国の国交が成立したのはそれから1週間後のことだ。
その後、ガトレア王国は日本が仲介する形でアメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリアなどとも外交関係を結び、地球諸国との交流を本格的に始めていくことになった。




