◆第5話「すばる、恋とスカウトと艦隊解体」
――前編(部活、揺らぐ理由)
「でさー、マジ意味わかんないの! なんであたし、こんなマジメに艦隊の整備してんの?」
部室。
ガムを噛みながら軽口を飛ばす真白すばるの指は、今日も副砲ユニットのスロット設定をきっちり管理していた。
ぱっと見ギャル、でも副長ポジ。
「すばるちゃん、それ今日で三回目だよ」
後輩の森下光理が、苦笑しながら言った。
「うっそ、ほんと? じゃあ四回目も言っとこっか〜♪」
ワイワイとした空気の中、ただひとり静かだったのが、天野智陽だった。
いつものように端末をいじっていたが、視線の奥がどこか浮ついていた。
「てか、天野、最近マジで変じゃない?」
「……そうか?」
「『そうか?』じゃないっての。あんた、前はさー、誰とも話さない“戦術オタク”って感じだったのに、今はちょっと優しいっていうか……」
(優しい? 俺が?)
智陽は思わず内心でツッコむ。
でも、それは事実だった。
部室で誰かが困っていたら、今の自分はたぶん声をかけてしまう。
それは、1年前の“Silent Order”にはなかった動きだった。
「まあ……よくわかんないけど」
すばるは天井を見上げる。
「その“変わった理由”が、もし“誰かのため”だったら……マジで、かっこいいと思うよ?」
智陽は、言葉を返せなかった。
フレイアのことを話すつもりもないし、澪とのことも言えない。
ただ、“すばるのその一言”だけが、深く刺さった。
──その日の放課後。
部活終了後、すばるは帰り道で知らない男に呼び止められる。
「真白すばるさん、だよね。艦隊プレイ動画、見たよ。すごくいい指揮してた」
「……誰?」
「俺、スカウト担当。“私設艦隊リーグ”のね。今度、うちのチームでやらない?」
男はスマホを差し出し、すばるの過去の戦績を並べてくる。
そこには、副砲・支援型艦隊での補助記録や、1年前の“Silent Order”との共闘ログも含まれていた。
「……あたしがあんとき副長やってたの、なんで知ってんのよ」
「君の動きだけ浮いてたからね。Silent Orderを支えてたのは、あんただったって説もあるんだよ」
すばるは言葉を失った。
それは、嬉しくもあり、同時に恐ろしくもあった。
──あたしが認められるってことは、
──もしかして、“あいつ”がまた一人になっちゃうってこと……?
その夜、すばるは布団の中でスマホを見つめた。
「天野、なんで今さら戻ってきたのよ……」
「……あたし、またアンタを支えるのが怖いんだけど」
誰にも見せない弱さを、誰にも聞かれないように呟く。
すばるにとって“勝つこと”よりも、“一緒に戦えること”のほうが、ずっと怖くて、でもずっと大切だった。
次の日。
部室で、彼女は何気なく言う。
「ねえ、天野」
「ん?」
「次の演習、さ。……あたしが艦隊長やっていい?」
智陽は意外そうに眉を上げた。
「お前が?」
「うん。……あんたが変わったなら、あたしも“昔のまま”じゃいられないからさ」
笑ってるのに、どこか切実。
その一言で、智陽は気づいた。
彼女もまた――ずっと“背中で見ていた”ひとりだったのだ。
――後編(副長じゃなくて、艦隊長で)
【演習宙域・Z-32:全天候仕様 / 惑星リング軌道】
真白すばるは、スマホを握りしめていた。
艦隊長としての初出陣。
周囲には後輩プレイヤー、そして智陽の姿もある。
でも今日だけは、彼に「指示」は求めない。
「全艦、前進――ついてきな!」
彼女のAIが応答する。
「了解。副砲支援ライン展開。後方艦の出力調整完了。すばる隊長、準備は万全です」
(そう、これは“あたしの戦い”)
すばるはかつて、誰かの背中を守る役だった。
火線の外、全体を見て、タイミングを測って、副砲で支援して、最後は静かに撤収。
でも今、正面で火線を受けるのは自分。
相手艦隊は、澪の仕切る《冷圧型AI戦術艦隊》。
ロジカルに動く精密な射線、計算された足止めパターン。
一手先を読むのではなく、「読むことを前提に逆手を取る」手法だ。
「なら――読ませるだけ読ませてやるよ」
すばるは、あえて正面から突っ込ませる。
その動きは、無謀に見えるが……それすら“罠”だった。
「後衛、ここで加速。副砲、今! 空撃ちじゃなくて、逆ベクトルで!」
副砲弾が、味方艦の側面装甲を“押し飛ばす”。
そう――物理的に“斜めから強制的に機動修正”し、澪の射線から逸れるのだ。
「隊長、味方損耗率5%、敵損耗率40%超えました!」
「これで勝たなきゃ、艦隊長やる意味ないっしょ!」
仲間の歓声が上がる。
そして、最後の一撃を決めたとき、演習画面に勝利の文字が浮かんだ。
【Winner:隊長 真白すばる】
智陽は、後方からその戦いをずっと見ていた。
指示は出さなかった。ただ、彼女の動きと声を聞いていた。
そのとき、すばるがふと振り返って言う。
「……あんた、昔はさ」
「うん?」
「ぜーんぶ“自分ひとり”で勝とうとしてたじゃん」
「……そうだったな」
「でも、もうそうじゃない。――だから、あたしも変わる。ずっと副長でいるの、やめた」
智陽は目を細めて笑う。
「いい艦隊長だったよ」
「……ありがと。でも、それ言われるとちょっと泣きそうになるから、禁止」
そして彼女は、少しだけ寂しそうな顔で付け加える。
「……あたし、スカウトされた。私設リーグ。入ったら、あんたとは戦うことになる」
沈黙が流れた。
でも、智陽はすぐに言った。
「……お前が選んだ戦場なら、俺も出てやるよ」
「は? 何それ、バトル告白?(笑)」
「ちげーよ。ただ……お前の指揮、もう一回“正面から”見たいだけだ」
すばるは少しだけ頬を赤らめて、そして――笑った。
「なら、覚悟しときなよ。次は副砲じゃなくて、“本気で”あんた狙うからね?」
その日、部室には解体話もスカウト話もあったけど、
なぜか誰も暗い顔はしていなかった。
だって皆、戦っていた。
ちゃんと、自分の足で。
そしてすばるは、自分のAIにログを記録させながら、こう呟いた。
「好きになるってさ、別に“守られる”側だけの特権じゃないんだよね」
「こっちだって、守りたいとき、あるんだから」




