◆第2話「放課後艦隊戦術会議」
前編(放課後・ゲーム中の“邂逅”)
──“艦隊、フォーメーションFへ移行。前衛は突撃。副砲ラインは射線維持”
スピーカーから聞こえる合成音声。AIの命令ログが、光のように高速で流れる。
ゲーム内艦隊が、宇宙の戦場を滑るように動いた。1ミリのズレもない連携。その指示の正確さと冷徹さに、すばるは鳥肌が立った。
「うっそ、マジか……! ここで切り返してくる!? えっ、まじ? こっちのスキル読んでたの?!」
スマホの画面越しに、すばるの愛艦《アグレッサーZ》が轟沈する。
最後に通信ウィンドウに表示された名前は──
《Silent Order》
「……ッッッしゃあああああああ!!!」
勝ったわけじゃない。
負けたのだ。
だが、心の奥の何かが点火した。
「やっばい! なにあの動き、マジ惚れるってば!!」
すばるは放課後の部屋、いつもの非公式“艦隊部”の机をドンッと叩いた。
「アタシの艦隊、あんな完璧に読まれたの初めてかも……! いやもう付き合ってほしいレベル!」
「すばる。司令官を恋愛対象にするの、そろそろやめなさい」
澪が冷静にツッコミを入れる。
「だってさー! あの回避行動、絶対事前に読んでたよ? ウチがスキル使う前にカウンター構えてるとかさ、エスパー? それとも、アタシの心読んでるとか?」
「それが《Silent Order》の特徴なのよ。心を読んでるように見えるけど、全部“計算”よ」
「冷たっ! でもそれがいい……ギャップがいい……!」
その横で、葵が無言でタブレットをいじっていた。
彼女の指は流れるように演算画面をなぞっていく。なにかを探しているようだ。
光理もまた、サブモニターを立ち上げて口を開く。
「ちなみに、《Silent Order》の過去バトルログを解析すると、命令精度は0.002秒以内。AIの最適解とほぼ一致してるんです。……もう人間じゃないですね、あれ」
「じゃあロボ彼氏!? 完璧かよ!!」
すばるが机に突っ伏す。
天野は、黙ってそれを聞いていた。
スナック菓子を差し出されて、受け取りもせずに。
「……でさ」
すばるは唐突に顔を上げる。
「正直、あたし疑ってんだけど」
「何を?」澪が眉をひそめる。
「この中に、《Silent Order》いるんじゃね?」
沈黙が流れた。
智陽の心臓がドクンと跳ねた。
「ふふっ」
澪が小さく笑う。「なら、見つけてごらんなさい。名乗る気がないなら、実力でバレても仕方ないでしょう」
「よーし、じゃあ今日の演習で勝った人が“疑わしき1名を指名”ってのは? そんで、本人は否定するか、笑って流す。……心理戦スタート!」
すばるの目がギラリと輝く。
「見てろよー《Silent Order》。絶対、あんたのこと、攻略してやっから!」
その言葉は、無邪気な挑戦。
だが、その視線は──誰よりも近くの《司令官》を、まっすぐに捉えていた。
そして、その司令官は、ただ黙って視線を外すことしかできなかった。
(バレたら、終わるかもしれない……)
(でも、バレないままってのも……なんか、ズルいよな)
“恋の戦場”は、まだ始まったばかりだった。
――後編(演習戦と心理の揺らぎ)
「演習戦、開始するわ」
八神澪の指が、静かにスマホ画面をタップした。
その瞬間、室内の空気が変わる。まるで本物の戦場に足を踏み入れたかのような、ぴんと張り詰めた緊張感。
旧準備室の真ん中に置かれた折り畳み机には、全員のスマホが並ぶ。
ゲーム内演習ルーム《エリアA-88:宙域模擬戦場》が開かれ、5人の端末が次々にログインしていく。
「じゃ、ルールおさらいねー」
すばるがあぐらをかきながら言う。
「バトルは1戦限り。勝者が“この中で一番《Silent Order》っぽい人”を1人指名。指名された人は……ふふ、好きに否定でもなんでもどうぞ?」
智陽(天野)は、黙って頷いた。
澪はあいかわらず涼しい顔。葵は無表情、光理はマルチモニターを起動して記録準備に入っている。
【演習戦 カウント開始】
3、2、1──START
――戦闘が始まった。
各自の艦隊が、模擬宙域に展開する。戦術設定・陣形・初手の読み合い。
互いに、ゲーム内では“匿名ID”として表示されており、名前は伏せられている。
だからこそ、技術だけがすべてを語る。
開始から1分。
「うっわ……澪の防衛AIガチじゃん」
「どーしたの、葵先輩!? バランス構成なのに防衛貫通してきたよ!?」
すばるが叫び、光理が笑い、そして──
【“Player 05”が勝利しました】
勝ったのは、天野だった。
何も言わず、ただ冷静に命令を積み上げた末の勝利だった。
「……あ、アタシやられた?」
「光理も落ちた。え、誰? Player 05って……」
皆がざわつく中、澪だけが、ふっと目を細めていた。
「さて、Player 05さん。指名、どうぞ」
空気が静まる。
智陽は、自分の端末からゆっくりと指を離した。
誰かを指名するか。それとも黙るか。
すばるが、じっと彼を見ていた。
葵はやはり無言だが、わずかに髪をかき上げる仕草を見せる。
「……」
「……」
智陽は、少し考えて──口を開いた。
「真白。君」
「へっ!? アタシ!?」
「スキルの切り方が、“読まれてる前提”だった。……ちょっと、俺と似てると思った」
場が沈黙に包まれる。
だがすばるは、不意に笑った。
「……わっはっは! なるほど、そう来たかー! でもね、ハズレだよん。アタシは《Silent Order》じゃない。あんなクールに命令出せないし。今だって心臓バクバク」
「そっか」
智陽は淡々と返す。
だが、澪はそれを見て確信した。
その口調も、指名の理由も、どこか“不自然なくらい自然”だったからだ。
(この人……ほんとに、正体隠す気だわ)
そして、隠しながらも「誰かを守ろうとした」ような言い方。
それは──昔の《Silent Order》がよくしていた、無言のフォローと同じだった。
「これ、全員のプレイスタイルログに残しておきますね」
光理がさらっと恐ろしいことを言う。
「1か月後には誰が誰だか大体わかるようになります、たぶん」
「やめろ、マジで怖い」
すばるが首を抱える。
(でも──)
(……なんか、楽しいな)
天野は、少しだけ微笑んだ。
そう、こういう騒がしい放課後。自分には、今までなかったものだ。
ゲーム内の“孤独な司令官”は、現実で初めて──チームという名の混沌に巻き込まれていく。
その中心にいることを、まだ誰も知らないまま。




