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その銀河(うた)が、ぼくたちを結ぶ《Silent Order》ーゲームと現実とー  作者: 南蛇井


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◆第1話「あなた、《Silent Order》じゃないわよね?」

昼休みの教室は、いつもより少しだけ騒がしい。

弁当のフタが開く音、誰かがスマホで流すゲームのSE、窓際に差し込む光がスニーカーを照らしている。


天野智陽は、教室の隅でパンをかじっていた。コンビニで買った照り焼きチキンパン。別に大好物というわけじゃない。手に取った理由は「適当」だった。それが、彼という人間の選択基準だった。


クラスメイトたちの笑い声が遠く聞こえる中、彼のそばには誰もいない。

別に嫌われているわけではない。ただ、「目立たない」だけだ。


そんな空気を切り裂くように、パンの袋越しに白くて細い指が飛び出してきた。


 


「……あなた、《Silent Order》じゃないわよね?」


 


智陽が顔を上げると、そこにいたのはクラス委員長の八神澪だった。

端正な顔立ちに切れ長の瞳。黒髪は肩までまっすぐに揃えられ、何より“完璧”という言葉が似合うタイプの人間。

普段、彼女が自分に話しかけてくることはまずなかった。


 


「……は?」


 


智陽は咄嗟に言葉を詰まらせた。


 


「驚いた顔。……ってことは、図星だったかしら?」

澪の目は、獲物を射抜くように鋭い。だが、そこにわずかに揺れる興味の色もあった。


 


《Silent Order》。

その名は、一部の戦略スマホゲーム界隈では“伝説”と囁かれている。

艦隊バトルゲーム『ギンガ艦隊戦線』において、AI戦術と指令精度で何度も全国上位を獲得した司令官名。

ただし、そのプレイヤーは1年前に突然姿を消している。


そしてそれが、いま再び復活したと──一部の間で噂になっていた。


 


「な、なんの話だよ。知らないし、俺そんなゲームやらないし」

「へえ。じゃあ聞くけど、“重巡セラヴィア型の砲撃AI設定は第五ルーチンで、突撃後にフォーメーションDへ”って、知らない人は言える?」


 


パンを噛む手が止まった。


……言えないはずだ。

この会話、完全にゲーマーのそれだ。というか、かなりの上級者だ。

しかもそのAI設定は、つい昨夜──“あの時”自分が入力したばかりの戦術だった。


 


「……クラス委員って、ゲーマーだったんだな」


 


ごまかしのつもりで返した言葉に、澪は片眉を上げて見せた。


 


「言ったでしょ、私は“探してる”の。《Silent Order》を。……その命令で、私のAIが動いたことがあるから」


 


その声には、確かに“熱”があった。感情としての、憧れにも似た熱。

でも智陽は、その熱を怖れていた。


 


「人違いだよ」

「……そう。じゃあ、ごめんなさい」


澪はふっと視線を外すと、踵を返して去っていった。


 


再び教室が“日常”に戻るまで、智陽はその場から動けなかった。

胸の奥がざわついていた。


 


(……なんで、今なんだよ)


あの名前を、また誰かに呼ばれる日が来るなんて――。




教室の喧騒が静まり返った放課後。

チャイムが鳴った直後、智陽はさりげなく廊下へ出た。


昼間の澪の言葉が、まだ頭の奥で反響している。

《Silent Order》──もう二度と使うつもりのなかった、その名前。

それを、あの八神澪が知っていた。しかも、明らかに“知っていて、追っている”ような口ぶりで。


 


(やっぱ……戻るんじゃなかったか)


 


そう思いながら渡り廊下を歩いていたその時だった。

理科準備室の横、使われていない旧準備室のドアが少しだけ開いていた。

中から聞こえてくる、妙に元気な女の声──


 


「っしゃあ! このタイミングで突撃スキルかますっしょ!!」


 


(……すばる?)


 


思わずドアを開けると、そこには折り畳み机を囲んで、数人の生徒たちがスマホを操作していた。


 


「おや、ようやく来たわね。遅い」


 


澪が、肘をついてこっちを見ていた。

その隣では真白すばるがスナック菓子片手にテンション高く笑っている。


 


「おっそーい、天野くん! “フラグ立ててんのか?”ってくらい静かなんだけど!」


「いや、別に……なんで俺がここに来ること前提なの?」


「直感だよ直感! なんか来そうなオーラ出てた!」


 


そして、もう一人。

教卓の後ろで黙ってスマホをいじっていた綾瀬葵が、ちらりと視線を上げた。


 


「こっち、空いてる」


 


それだけ言うと、再びスマホに目を落とす。

その機種、カバーの角に貼られた「SO-404」ステッカーは──かつて智陽が一緒にプレイしていた、あのユーザーの名前によく似ていた。


 


(……まさかな)


 


そして最後に現れたのは、書庫の裏からひょっこり顔を出した眼鏡の少女。森下光理。

ロボット系のアニメとAI研究が好きな、ちょっと変わり者の後輩だ。


 


「このメンバー、なかなか面白い構成になってきましたね~。データ取れそうです」


 


智陽は、まるで囲まれるように中央の椅子へ座る。

天井からぶら下がった照明は少し暗く、放課後という時間にぴったりだった。


 


「……で、これは何部?」


 


問いかけに、澪が口を開いた。


 


「“非公式・戦術AI研究会”よ。ま、実質“ギンガ艦隊戦線・部”ね。……もちろん、学校には言ってない」


「君たち、全員やってんの?」


「当然。私とフレイアは、全国でもそこそこ上よ」


「アタシはPvPで3連勝中! あ、でもあたしの艦隊ぶっ壊した《Silent Order》マジで神……」


 


ドキリとする。


 


「でも、匿名プレイヤーなんでしょ? IDは伏せてあるって聞いたよ?」


 


「そう。今ここにいるメンバーの中にも、もしかしたら《Silent Order》がいるかもしれないけど──」


 


澪の視線が一瞬だけ、智陽をかすめた。だが次の瞬間には、なに食わぬ顔で続ける。


 


「名前じゃなくて、腕前で判断する。それがこの同好会のルールよ」


 


智陽は心の中で溜息をつく。

これは完全に、“ばれてる”か、“試されてる”やつだ。


 


「まあ、部活ってより“調査チーム”ですね」

光理が補足する。「現在、謎の復活プレイヤー《Silent Order》のID特定調査が並行ミッションとして動いてますし」


「それ調査っていうか、ストーキングでは……?」


「事実ですから」

即答だった。


 


(逃げられないな、これは)


 


それでも、どこか懐かしかった。

かつての戦場、《ギンガ艦隊戦線》。命令を出し、AIに従わせ、勝ちにこだわったあの頃。

そこにいた、戦友たち。


この部屋の誰かが、かつての“あの誰か”だとしたら。

自分が再び、その名を名乗る日は――遠くないのかもしれない。


 


「……じゃあ、俺もちょっとだけ、やってみるかな」


 


そんな言葉が、自分の口から出たのが不思議だった。

だが、それを聞いた澪の表情は、ほんの少しだけ──ほころんだ気がした。


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