表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その銀河(うた)が、ぼくたちを結ぶ《Silent Order》ーゲームと現実とー  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/35

第18話「名前のない少女」

前編

1.“ログエラー”という罠

──深夜0時すぎ。

八神澪は、ひとり自室でスマホを操作していた。

ログインしているのは、あの宇宙戦略ゲーム《銀河戦線セレスティア》。

だが、今日は様子が違った。


「……何、これ?」


自分のプレイヤー情報を開いたとき。

画面の上部に、一瞬だけ──バグのようなメッセージが走った。


《ユーザーデータ照合中:ID“Mio_Yagami”》

【照合エラー:登録日不明/記録初期化履歴あり】


「えっ……?」


表示はすぐに消えた。まるで見なかったことにされるように。


けれど──確かに、そこにあった。


澪の心に、妙な冷たさが広がっていく。


(登録日不明……?)


(“私”って、本当に“八神澪”なの……?)


 


2.テスト人格、EMO/澪

澪は自分のプロフィール画面を開いたまま、画面を何度もスクロールした。

そして、ある一行に目が釘付けになる。


【開発用サンプル:タイプM-I-0《テスト人格:EMO/澪》】


「…………うそ」


息が止まった。

視界の端がじわじわと白く霞んでいく。


──テスト人格。

──サンプル。

──EMO。


自分は、誰かが“試しに作った”だけの存在だった──?


「やだ、やだよ……そんなの」


澪は無意識にスマホを閉じていた。

そして、息が詰まるほどの静けさの中で、布団を被る。

けれど、眠れるはずもなかった。


(私、誰なの……?)


 


3.放課後の教室で

次の日の放課後。

澪は、教室に一人残っていた。誰もいないその場所で、バッグから一冊の小さな手帳を取り出す。


「“好きなものリスト”……」


それは、彼女が作った“自分を保つための記録”だった。

好きな色、好きな音楽、好きな食べ物──

……そして、「好きな人」の欄には、何も書かれていなかった。


「……この“好き”って、本当に私が選んだのかな」


誰かが、私の人格を組み立てたとしたら?

好きなものも、嫌いなものも、行動パターンも……最初から全部“決まってた”のなら。


「私って、どこからが“私”?」


彼女の手が震えた。


 


4.つながりを断ち切りそうになる夜

夜。LINEのチャット画面に、智陽の名前が浮かんでいた。

でも──送信ボタンに指をかけたまま、動けない。


(……送っていいのかな)


(私なんかが、あの人に頼ってもいいの?)


(だって──私、正体がないんだよ)


スマホの画面が暗転する。


彼女の顔も、部屋の中の色も、すべてが薄いグレーに染まっていく。


「……誰か、教えてよ。

私は、“八神澪”なんだよね……?」


誰もいない部屋で、小さな声がこぼれた。


 


5.光理は気づいていた

そのころ、森下光理はひとり、仮想艦橋の中で澪のログを見返していた。


「澪ちゃん……やっぱり、何か変わってる」


普段は無口な彼女が、そっと自分の胸に手を当てる。


「でも、心は……ちゃんと“今ここ”にある」


 


6.智陽、違和感を覚える

そして智陽もまた──

学校の帰り道、澪のLINEが来なかったことに違和感を抱いていた。


(……あいつ、なんか変だな)


(まるで“自分を隠してる”みたいな……)


智陽の中に、ざらつくような予感が生まれていた。


後編

「本当の名前で、呼んで」

1.夕暮れ、屋上にて

学校の屋上。

茜色に染まる空の下、澪はひとり立っていた。


ポケットの中のスマホには、たった一行のメッセージ。


「放課後、屋上で待ってる」


──天野智陽からのLINEだった。


「……来ちゃった」


呟いた声が風に溶けていく。

どうせ誰も来ない。そんな予感もあった。


けれど──足音は、した。


「やっぱ、いたか」


その声に、澪は肩をびくりと震わせた。

振り向くと、智陽が息を切らして立っていた。いつもより、ほんの少し不器用な笑顔。


「心配なんだよ、澪。お前、なんか変だった」


 


2.澪の告白

しばらく沈黙が流れたあと、澪がぽつりと話し出す。


「……私、“八神澪”って名前、ほんとはなかったかもしれない」


「は?」


「プレイヤーIDの照合ができなかったの。“初期設定不明”って出た。

あと、開発用サンプル、テスト人格──EMO/澪って、そう表示されたの」


「……テスト人格?」


智陽の顔から、色が少しだけ消える。


「つまり、私って……誰かが試しに作った“だけ”の存在かもしれない。

記憶も、感情も、全部“初期データ”かもしれないってこと」


その言葉を絞り出すように言ったあと、澪は顔を伏せた。


「──それでも、私、今ここにいることが嬉しいって思うの」

「あなたや光理ちゃんと話して、笑って、バカやって……。

でも、それって……“本物の私”なのかな?」


 


3.智陽の“命名”

風が吹いた。

茜の空に、雲がゆっくりと流れていく。


智陽はしばらく黙っていたが──やがて、ぽつりと呟くように言った。


「それでいいじゃん」


「……え?」


「“誰が作ったか”とか“記録があるか”とか、知らねぇよ。

でも、お前がここで、笑って、悩んで、泣いてるのは──本物だろ?」


智陽は、屋上の柵にもたれかかり、空を見上げながら続けた。


「澪。……名前に迷ったならさ。俺がつけたことにすりゃいいじゃん」


「……っ!?」


「“澪”って名前。意味あるから」


振り返った智陽の顔は、いつも通り少しだけ不器用で、でもまっすぐだった。


「“澪”ってのはな、水の流れがつくった“浅い道”って意味がある。

一度は流されても、そこに戻れる場所。

迷っても、自分の居場所に還ってこれるってことだよ」


 


4.涙と微笑み

澪はもう、声も出せなかった。

気づけば、頬を涙が伝っていた。


「……なによ、それ。ばか……」


「ばかでいいよ。お前が、少しでも泣かないで済むならな」


「……ばか。ほんとに、ばか」


ぽろぽろ涙をこぼしながら、それでも澪は笑っていた。

世界がぐらぐら揺れるほど、不安だったのに。

でも今、自分の名前がここにあるって思えた。


「ありがとう、智陽くん」


「おう」


小さな風が二人のあいだを通り抜けた。

“本当の名前”を見つけた少女と、名前を与えた少年。


空はもう、藍に変わり始めていた。


 


5.その頃、どこか遠くで

──そして、どこか別の空間。


開かれたままの管理端末の画面に、ひとつのログが表示されていた。


【人格エンティティ EMO/澪:自我構築率 89%】

【外部影響により自己命名反応を確認】

【次フェーズ:記憶同期領域“Archive-04”へ】


管理者ID:不明。

だが、その画面を見下ろす“何者か”は、静かに笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ