警察車両ワゴン車 車内 1
「同じ人か……」
捜査用のワゴン車の中。ゆっくりとシートベルトを締めつつ誠は呟いた。
「つまり、奥重 彩さんはわざわざデタラメな話をしに来たことに……?」
「同一人物だよな。やっぱ」
百目鬼がタブレット画面を見てそう言う。
「何でわざわざ」
「まあ、勘違いってこともあるし」
百目鬼が言う。
「勘違いならいいんですけど」
「妄想癖、統合失調症、薬物中毒」
タブレット画面を眺めながら百目鬼が次々と可能性のありそうな要素を並べる。
「薬物中毒の特徴はなかったように思いますけど」
「お前、下手に薬物担当の方に聞きに行くなよ。またあそこの仕事手伝わされるからな」
百目鬼が顔をしかめた。
以前、余目家の一室を借りて行っていた張り込みは、別の課の仕事を振られたものだ。
あれで花織という何とも扱いにくい子と出逢ってしまった。
二重の災難だ。
「ほんまもんの統合失調症ってのは、存在もしてない家族が家の中にいる認識でふつうに生活してたりするらしいな」
百目鬼が言う。
「ええ」と誠は曖昧に返事をした。
聞いたことはあるが、個人的にはとても信じられない。
「どうします? 統合失調症かデタラメで揶揄いに来たと結論づけることはできると思いますけど」
誠はシートに背をあずけた。
「とはいえまともにあの遺体の周辺調べても、犯人の手がかりが何も出て来なかったしなあ」
「むしろ、あれが別人の遺体なのではと思ってみる方が違う局面があるかもしれない……」
誠は呟いた。
「なんだよな」
百目鬼がそう返す。
「それと、花織さんが奥重 彩さんに間違われて刺されたんだとしたら、奥重さんは少なくとも命を狙われてるということに」
「妄想が命を狙いには来ないわな……」
百目鬼が答える。
「ですよね」と誠は返事をした。
「やはり何か突破口があるとしたら、奥重 彩さんの周辺ですかね……」
「奥重 彩調べるか」
百目鬼がタブレットを操作する。奥重 彩から聞いた連絡先のメモを表示した。
「この住所ももしかしたらデタラメかもしれんが」
百目鬼がナビを設定する。
誠は車のエンジンをかけた。
県道をかなり進む。
ナビの指示に従って右折し別の県道に入った。建物の極めてまばらな地域にさしかかる。
両脇が見わたす限り鬱蒼とした木々という道だ。誠は運転しながら眉をよせた。
「……百目鬼さん、このあたりの土地勘あります?」
「あんまりない」
助手席のダッシュボードに両腕をつき枕にしているような体勢で百目鬼が答える。
いちおう管轄内には入っているのだが。
「やっぱり住所もデタラメかな……」
ハンドルを握りながら誠は顔をしかめた。
「住所に関しては、聞いたときにこっちの方だとは把握してたからな。もちっと行けば、となりの市の一番大きな町に出る。そこで飯でも食ってから考えようや」
百目鬼が前方を指差す。
県道とはいえ、通る車は一台もない。前もうしろも灰色のまっすぐな一本道だ。
「……何か不安になる光景ですね」
誠は呟いた。
「なるかぁ? 下手くそなドライバーがいなくてせいせいしないか?」
百目鬼が自身の両腕を枕にしながら返す。
「ここの一本道が終わるまで、ひたすらまっすぐですか?」
「だな」
百目鬼が身体をかたむけナビの地図を見た。
スマホの着信音が鳴る。
百目鬼のものらしい。スーツのポケットに手を入れ、スマホを取り出した。
「──はい」
百目鬼が応じる。
「ああ、分かった? 何て言ってる?」
誠はハンドルを握りながら漏れ聞こえる声を聞いていた。声の調子と話の内容からして、刑事課の誰かだろうか。
「えっ? ──ぅえ」
百目鬼がおかしな呻き声を出す。
「どっちだよ……まったく気味わりい」
そうぼやいたあと、百目鬼は「あんがとね」と礼をいい通話を切った。
「何ですか?」
「嬢ちゃんを刺した男が、まあいろいろ話し始めたってよ」
言いながらスマホをスーツのポケットにしまった。
「動機ですか」
「奥重 彩を狙ったのは間違いないだろ。女の画像見せられて、この女を狙えって指示されたんだってさ」
「やっぱり」と誠は呟いた。これで一つは答えが出た。
「 “この女がさっき警察署に向かった、出てきたところを刺せ” と言われたんだと」
「金を積まれたんですか? それとも反社?」
「一般の大学生。高額のバイトに申し込んだら犯罪指示されて、断ったら脅されたっていう、いま流行りのあれ」
百目鬼がそう話す。
「指示した人間は? 分かりましたか?」
百目鬼がしばらく沈黙する。
ややして気味悪そうに口を開いた。
「五反田 太平。たまたまチラッと見た免許証にそう書いてあったんだと」




