警察署四階 署員食堂
「今日も仲良くお二人で、遅めのお昼ごはんでーす」
ラーメンをすする誠と百目鬼を、花織がスマホで撮影する。
「このちゃんに送信」
花織がスマホを操作する。カツ丼を運んできた食堂の職員に、ペコリと会釈した。
「……毎回毎回、それ撮りに来てるんじゃないだろうね」
誠は顔をしかめた。
「もちろん、お二人のお役に立ってあげようと思って来てるんですよ?」
花織が答える。
「肖像権とかあるんだからね」
ラーメンをすすりつつ誠は言った。
「少年法」
「まったく関係ないから」
百目鬼がラーメンを箸で上げ下げしながらタブレット画面を眺める。
「百目鬼さん……」
誠は咎めた。花織がいるのにと思う。見られたら困る資料なんかは入ってないんだろうか。
「彩お姉さまの伯父さんの動画、あるんですか?」
案の定、花織が興味津々という感じで身を乗りだす。
「伯父さんの方は、今のところ遺体で見つかった人って扱いになってる。遺体の画像しかないよ。お嬢ちゃん、見るか」
「百目鬼さん……」
誠は顔をしかめた。
「でも遺体は別人で、本人は高跳びしたんでしょ?」
「先ほどの姪御さんがそう言ってるだけ。正直、それだけで捜査方針は変わんないと思う」
誠は答えた。
「さっき課長に通話でそれとなく言ってみたが、今の時点では、やっぱ唸ってただけだった」
百目鬼が醤油ラーメンをすする。
「わたしのときと同じパターンじゃないですか。となりの人が別人って言ってるのに、中々信じてもらえなくて」
「あのときも言ったでしょ。一人の人間が言ってるだけじゃ普通はそうなの。少なくとも裏づけが必要なの」
「じゃ、裏づけしましょ、そうしましょ」
花いちもんめの唄ようなノリで言いながら、花織が百目鬼のタブレットを覗きこむ。
「なんですかこれ」
花織が目を丸くする。
百目鬼のタブレットには、彩の動画が表示されていた。
事情聴取室で話す様子と、警察署のホールを通り玄関口から出ていくときの姿。
「……撮ってたんですか?」
誠は問うた。
「念のためだ。身内が遺体で見つかったってのに、即座に別人だとか判断してるとこといい、“海外” って言葉ですぐ高跳び発想したところといい、何か知ってんだろ」
「サスペンスドラマ大好きな人だとか」
花織がカツ丼を食みながら言う。
「それで警察まで来る? 息切らして」
「とりあえずお嬢ちゃん、極秘でこれ覚えとけ」
百目鬼がタブレットを立てて花織に見せた。
「どっ……百目鬼さん!」
誠は声を上げた。百目鬼が、シッと人差し指を立てる。
「あくまで極秘だ」
「らじゃ」
花織が答えてタブレット画面をじっと見る。
「って、あの未成年というか」
「あの遺体が別人で、本人が高跳び準備中となったら大事だ。だがお前が言う通り、あの姪っ子一人の証言じゃすぐに捜査方針なんてひっくり返らん」
百目鬼は頬杖をついてラーメンの麺を箸でつまみ上げた。
「とりあえず同時進行で捜査する。ある程度の裏づけが取れてからの方が早いだろ」
誠は、複雑な気分でラーメンをすすった。
花織がカツ丼を食みながら横目で画面を見つめる。
「いちおう言っておくが、謝礼は期待すんなよ、お嬢ちゃん。警察はワンコインくらいしかよこさん所だからな」
「了解」
タブレット画面を見つめながら、花織が敬礼した。
「はー警察署で食べるカツ丼の味は格別ぅー」
花織が警察署の玄関前で伸びをする。
いろいろカオスな要素のある光景だが、本人は楽しそうだ。
「今度は友達も連れてきますね」
花織がこちらをくるりと振り向く。
「……来てもいいけど、僕らには話しかけないで」
誠は眉をよせた。
「友達もみんな、それで来ないんです。お二人の時間を邪魔しちゃダメって」
誠はげんなりとして顔を歪めた。
百目鬼が向こうを向き、疲れたように屈んでいるのが横目に見える。
「やっぱりそういうもんですかね」
「何がやっぱりなの?」
誠は顔をしかめた。
「仕事の邪魔になるからって意味。来るのは勝手だよ。一般人が利用していいところなら何人でも連れてきて」
手元で車のキーをチャリと鳴らして、誠は捜査用のワゴン車に向かった。
「あと、今日は送って行かないからね。まだ明るいんだし、バスで帰りなさい」
後方の少し離れた位置にいる花織に向けて声をかける。
花織は、数メートル離れた自転車置き場に続く通路を見ていた。
免許書き換えの講習を受けに来た人たちだろうか。十数人ほどが銘々に玄関口の方へと歩いている。
一人二人が花織とすれ違う。とたんに花織が声を上げた。
「人見さん! このひと違……!」
言うが早いか、若い男が花織につかみかかる。
手元で刃物のようなものが光った。
「花織さん!」
誠は開けかけていたワゴン車のドアをそのままにして駆けよった。
「きゃっ!」
花織が逃げようと顔を横に逸らす。長い黒髪の一部がパサリと落ちた。
「痛っ!」
「何してる!」
何人かの警察官が玄関口から駆け足で出てきて、状況をつかもうとこちらを見据える。
誠は、スーツの上着を脱いで手に巻いた。
男の手の甲を叩き刃物を落とさせる。落ちた刃物を百目鬼が離れた位置に蹴り出した。
男の腕をつかんで通路に引き倒す。
男を取り押さえながら横を見ると、花織の制服に血がにじんでいた。




