警察署一階 被害者用の事情聴取室 2
「奥重 さん」
いつもはここの部屋に来る人間にはほとんど話しかけない百目鬼が、珍しく切り出す。
「高跳びなんて、そこらの人はすぐには発想しない。伯父さんは、何やってた?」
奥重 彩は、黙りこんだ。何かを隠していそうだが、言うか言うまいか迷っているように目を泳がせる。
「……伯父の身代わりで殺された人がいるはずだと思ったんです。そちらの捜査に必要ですか?」
「必要かどうかは、聞いてから決めるとしか言えないんだけど……」
誠はそう答えた。
百目鬼がじっと彩の顔を見る。
「まあ……今日はそちらから来ていただいた形だから、無理なことまで話せとは言わんけど」
そう言い、百目鬼はタブレットをコトンとテーブルに置いた。
もうメモすることも出てこないだろうと察したのか。
「あの……検討します。情報を提供していただいてありがとうございました」
取り繕うように誠は言った。
彩が膝に置いたバッグを持ち直す。そそくさと立ち上がった。
「お時間を取ってくださってありがとうございました」
ていねいにお辞儀をする。
「失礼します」
「検討された結果について、あとでご連絡しますか?」
誠は問うた。
「えと……」
彩が戸惑った顔をする。
「もちろん、お教えできる範囲になるんですが」
「じゃあ……いちおう」
「連絡先いいかい?」
百目鬼がふたたびタブレットを手に取る。
「あ……はい」
彩がバッグに手を入れ、スマホを取り出す。
「080……」
「話は聞かせてもらいました」
彩が帰ったあと、事情聴取室から出た誠と百目鬼の前に腕組みした花織が立ちふさがった。
「なに聞いてんの」
誠は顔をしかめた。
「紅茶飲んでたら聞こえてきたんです」
百目鬼が事情聴取室の方を振り向く。
ドアを開け放していたとはいえ、自販機の付近にいて会話が聞こえたとは思えない。
さりげなく近づいたのだろう。
受付の人間は誰も咎めなかったのか、それとも近づき方がよほど巧みだったのか。
「スパイできるぞお嬢ちゃん。内調か自衛隊の情報科にでも就職しろ」
百目鬼が言う。
「公安じゃダメですかぁ?」
花織が、うしろ手に手を組み受付の方を眺める。
誠と百目鬼は、そろってイヤな顔をした。
警察の中ですら情報の少ない部署だ。ただでさえ苦手な花織に来られたらとつい想像する。
「それより、あのお姉さまの伯父さんの動画とか手に入りません? そうしたらわたし協力できると思いますよ?」
「お姉さまってなに……」
誠は口元を歪めた。
「お姉さま……」
百目鬼が眉をよせて復唱する。
「うちの学園では、歳上の女性はお姉さまとお呼びすると決まってるんですが、知りませんでしたっけ?」
「いや前に聞いた気はするけど」
誠は顔をしかめ答えた。
忘れもしない。
花織の通う聖マリア女学園にこっそり事情を聞きに行ったときのあの緊迫感。
花織に見つかってキャピキャピ声で介入されるのではないかという張り詰めた感覚と、女性の園独特の胃もたれしそうな甘ったるい匂い。
「前に聞いたよ」
「どうしたんですか? 人見さん。すっごいイヤそう」
花織が顔を覗きこむ。
「……こいつ男子校出身だから、女の園に隠れアレルギー反応でもあんだろ」
百目鬼が横で言う。
「へえ、意外。共学かと思ってた」
「いや僕の出身校はどうでもいいから」
誠は眉をよせた。
「捜査に絡まないで。こっちは仕事、そっちは学生でしょ」
言ってから、なにげに入口近くの壁時計を見る。
午後一時半。
「えっ、ていうか学校どうしたの? サボり?」
「失礼ですね。今日は教員会議で午前中で授業終わりだったんです」
花織が言う。
「たとえ授業が早く終わろうとも、次世代をになう淑女として学園の外でも清く正しくお過ごしなさいと学園長のお話を受け帰る途中です」
「警察に立ち寄って紅茶を飲みつつ捜査に首を突っこむのが清く正しいの……?」
誠は目を眇めた。
「でもわたし役に立ちそうだと思いません?」
花織がピースする。
「未成年はいいの」
誠は語気を強めた。
「人見、さっさと飯食って聞きこみ行くぞ。ともかくあのあたりで何か聞きゃ、別のものが見えてくるかもしれん」
百目鬼がさっさと階段を昇り始める。四階の署員食堂に行くと思われた。
「あ……はい」
誠は、あわてて後を追った。
「お昼ごはんですか? わたしも一緒していい?」
「カツ丼、カツ丼」と歌うように呟きながら花織が誠のあとを付いてきた。
食事については、同席を断る理由はない。
階段の上段で、百目鬼が「とりあえず諦めろ」という表情をこちらに向けた。




