余目総合病院 第二駐車場 2
誠と百目鬼は、無言で後部座席を見た。
「変わってるって……」
「どの時点でだ、お嬢ちゃん」
百目鬼が問う。
ここから見えるのは病院の建物の裏手だが、百目鬼は三階の入院室の方を見上げた。
「分かりません。きのうの夕方、廊下で見たときの人とは違います。だからたぶん、それ以降」
花織は胸元に手を当てて息を整えた。
よほど必死で走ってきたのか、サラサラの黒髪が乱れている。
「昨日の時点では、普段は着物を着てそうな別の人だった……?」
誠は呟いた。
いったんかけたエンジンを切る。
「お嬢ちゃん、どこで別人って分かった」
「包帯からはみ出た髪の質が違います。前の人は固そうな髪質でした。髪の長さは同じくらいだと思いますけど、今の人は少し細くて柔らかそうな。前の人よりも少し茶色みがかってますし」
花織は一気に話した。
「茶色? 茶髪じゃなかったけど」
「日本人の髪の色って、大きく分けると二種類なんです。同じ黒髪に見えても、光に透かしたときに茶色みがかって見えるのは、実は濃い茶色。紫色に見えるのが本当の真っ黒髪です」
はあ、と息をつき、花織が前席シートに身を乗り出す。
「肌も違います。前の人は少し肌理が粗めでした。今の人は毛穴が小さい感じ。あとまばたきの頻度が違います」
「環境が変わって急にドライアイ気味になったとかは?」
百目鬼が問う。
揶揄しているとも取れる内容だが、顔は真剣だ。
「眼科の先生に頼んでみますか? ドライアイの診断はすぐ済みますし」
「どういう理由で本人に切り出すの……」
誠は眉をよせた。
「健康診断」
花織が言う。
「目だけ?」
「なんなら全身やって、さりげなく目も」
「治療費が取れないかもしれない心配してるなら、そこまではいいよ」
誠は言った。
「警察に請求できません?」
「警察はドケチだぞ、お嬢ちゃん」
百目鬼がそう返す。
「それに、警察はまだこれをはっきり事件として扱ってないよ」
後ろの方を向き、誠は花織にそう告げた。
花織が不可解そうな顔をする。
「……人見さんたちが来たのに?」
「僕も百目鬼さんも、いま詳細を聞いてげんなりしてたとこ。たらい回しにされた相談の宥め役をやらされたというか」
花織がますます不可解そうな表情になった。
「そんなこと言ってる間に、大事件に発展したらどうするんです?」
「そのときは捜査しろって言われるだろうね」
誠は答えた。
「入院患者の中の人が入れ替わってるなんて、ぜったいまともなことじゃないですよ。常識で分かるでしょ?」
花織が誠の座席の方に身を乗り出す。
「個人的には分かるんだけど……」
「警察って誰かが死んでから動くって本当なんですね。未然に防ぐとかないんだ」
花織が唇を尖らせる。
「いやまあ……」
誠は口籠った。行く先々で割と言われるセリフだ。
「……いちおう花織さんの話は、参考として聞いておくよ」
花織は身体を後ろに引くと、バフッと音を立てて後部座席に座った。
「うちの治療費はどうなるんです? 保護された人でもない人に、踏み倒されて逃げられるかもしれないじゃない」
「……そのときには相談して。詐欺罪として扱われるから」
花織は黙りこんだ。
後部座席から、ジトッと睨むような気配を何となくだが感じる。
「分かりました」
ややしてから花織がそう告げる。
「お二人がけっこう役立たずだと分かりました」
語気が強い。本当に怒ってるなと誠は思った。
「このちゃんにも、役立たずのお二人だって伝えます」
「いやそれは好きにしてくれていいけど……」
誠は顔を歪めた。
「しょうがないから、今日は送ってもらうだけにします。出してください」
花織が前方を指す。
「そこは送ってもらうんだ……」
怒って車を降りるんだと思った。
誠は無言でエンジンをかけた。
車を発進させる。
「……んで、何でお前、当たり前みたいにお嬢ちゃん送ってんの?」
道路に出てから、おもむろに百目鬼が尋ねた。
「おかしいと思ったなら止めてください……」
ハンドルを握りながら、誠はそう返した。




