警察署二階 刑事課 1
「人見」
誠が刑事課に戻ると、百目鬼が個別の衝立の向こうからキャスターつき椅子ごと顔を出した。
「昼飯は」
「外で食べて来ましたが」
「んじゃ」
そう言い手招きする。
百目鬼のデスクに向かうと、タブレットを差し出された。
遺体の画像が表示されている。
三十代ほどとみられる男性。
全身ずぶ濡れで河辺の草地と思われる場所に横たわっている。
水死だろうか。とくに変質していないのは、あまり日数が経たないうちに引き上げられたのか。
「水死ですか?」
誠は問うた。
「司法解剖まちだが、嘔吐したようなものがシャツの襟の内側に付着してたそうだ。河に入る前に毒物死してた可能性ありだとよ」
「嘔吐……」
誠は呟いた。
「流されてる間に洗い流されなくて良かったですね」
「あるいは、その辺ごまかすために河にぶちこんだのかもな」
百目鬼がそう応じる。
「管轄区域の境界にある河だ」
百目鬼がタブレット画面を指差した。
ああ……と小さく呟いて誠はスクロールする。
「ったく初動捜査班も使えねえ。管轄境界の河なら、どうにかしてあっちの区域に流れつくようにできんかったかなあ」
百目鬼がチッと舌打ちする。
誠は無言で苦笑いした。
「これの捜査担当しろとよ。当分お嬢ちゃんと関わらないで済むな」
「そうですね……」
誠は曖昧に返事をして、遺体の画像をスクロールした。
花織にプンプンと怒られながら家まで送らされたのは、二日前だ。
大事件に発展したらと言われると個人的には引っかからないでもないが、事件性があるのか無いのかはっきりとしないものを勝手に探るわけにもいかない。
とりあえずおかしな疑惑のある人間には近づかないよう言い含めたが、聞いてくれるかどうか。
「しかし顔の擦り傷がすごいですね。河底で擦ったんですかね」
「だと思うんだが……」
百目鬼が不可解そうな表情をする。
「殺された際によほど抵抗したのか」
「毒物を飲んで嘔吐しながらですか?」
誠が問うと、百目鬼が顔をしかめて頬杖をつく。
「毒物を飲まされまいと抵抗した」
空中を指差ししながらそう言い、自身でううん……と否定する。
「そもそもどこで抵抗したんですか? 河のそばなら争った形跡か嘔吐の跡が」
「周辺にはまったく無いんだと」
誠が画像を拡大して見る前に、百目鬼がそう答えた。
「とりあえず俺は飯食ってから聞きこみ出るわ。お前どうする」
言いつつ百目鬼が席を立つ。
「一緒にコーヒーいいですか」
誠はそう応じた。
刑事課の部屋を出る。
すぐ横にある階段を昇ろうとしたとき、署の玄関口の方からバタバタと駆けてくる靴音が聞こえた。
「あのっ、人見刑事と、相方の百目鬼刑事をお願いします!」
ソプラノのよく通る声だ。
相方って。
漫才師じゃないんだからと思いながら、身体をかがめドアのない階段入口から受付の方を覗く。
「あっ、人見さん!」
受付窓口の前で長いサラサラ黒髪の美少女がこちらを指差した。
「なに顔出してんだ、お前。ふつう隠れるだろ」
「すっ、すみません」
逃げるぞ、という感じで階段を駆け足で昇る百目鬼にしたがい、誠も急ぎ足で昇る。
「善良な一般市民の犯罪相談ですよ! こっち来て!」
受付の人間が止める声も聞かず、花織が階段の下に駆けてくる。
「いやまず受付の人に言って」
誠は苦笑した。受付の女性警察官がカウンターに身を乗りだし、おろおろとこちらを見ている。
「顔見知りの方が話しやすいです!」
「顔なんて分かんないくせに……」
誠は呟いて眉をよせた。
「河で男の人の死体見つかったんでしょ? ネットのニュースで見ました!」
花織が階段を二、三段上がり切り出す。
誠は背後の百目鬼を振り向いた。
「だれだ? 記者に流しやがったの……」
百目鬼が手すりに頬杖をつく。
二人が完全に立ち止まると、花織は階段を駆け上がり目の前まで来た。
「嘔吐した跡があるって記事にありましたけど、本当ですか?」
誠は無言で百目鬼と目配せし合った。
「三十代くらいの黒髪短髪の男性?」
「いや……」と誠は曖昧に返事をした。確かに合っているが。
花織が構わずに続ける。
「おととい、うちの病院の三階の男性用トイレに吐瀉物があったんです。なのに聞き回っても嘔吐した人なんかいないって」
ややしてから、誠は目を見開いた。
「看護師さんに頼んで吐瀉物いちおう採取してあります。わたしは、めちゃ引っかかるんですけど」
誠は百目鬼の方を振り向いた。




