聖マリア女学園正門前
聖マリア女学園。
大正の後期に創立したこのエスカレーター式の女学園は、由緒正しいお嬢さま学校として近隣の地域では知られていた。
駅から約五キロほど離れた静かな丘陵地に建つ、大正ロマンの豪華な西洋館を思わせる外観。ミッション系でシスターが日常的に校内を行き来するというところが、外部の者には不思議な雰囲気を感じさせる。
人見 誠巡査は、正門から出てクラシックかつ豪華な校舎を眺めた。
同行した百目鬼がつられたようにチラッと振り向く。
「見つかったら厄介だ。さっさと帰るぞ」
百目鬼が学園前の駐車場に停めたワゴン車にスタスタと歩みよる。
「そうですね」
誠は踵を返すと、百目鬼のあとを追った。
「やっぱ学園長も何も知らねえか……」
「授業時間ならともかく、放課後のことですからね」
百目鬼がワゴン車に乗り込む。
誠は運転席のドアを開けた。
「しかし本当に学園長も先生もみんなシスターなんですね」
「あのほっかむりしてんのは、本当に全員シスター認定でいいのか? コスプレって人はいないのか?」
百目鬼がタブレットを取り出しスクロールする。
「どうでしょう。そういうの厳格そうだし。何となくのイメージですけど」
「人見さーん! 百目鬼さーん!」
誠が運転席に乗り込もうとしたそのとき。
聞き覚えのある生意気そうなソプラノ声が響いた。
正門の向こう側。まっすぐに延びる並木の通路の真ん中で、手を大きく振っている制服の少女がいる。
余目 花織。
二ヵ月ほど前に、彼女の自宅豪邸を張り込み場所として借りたさいに知り合った。
失顔症という珍しいハンデをものともせず事件に絡んでくる小生意気な性格の美少女。
「だからさっさと帰るぞって言ったんだ」
百目鬼が車内で声をひそめる。
「聞こえないふりして出発しましょうか」
誠は急いでシートベルトを締めた。
「人見さーん! 百目鬼さーん! 無視すると素性を大声で言っちゃいますよぉ!」
花織が口の横に両手を当て、声を上げる。
「うっ……」
誠は運転席で固まった。
「しっかしあんな遠くから俺ら見分けるとか、腕を上げたなお嬢ちゃん」
百目鬼が渋い顔で眺める。
「仕草から歩き方から、もうすっかり覚えられてるんでしょうね……」
誠はハンドルに顔を突っ伏した。
花織がワゴン車に駆けよる。運転席側のドアを断りもなく開けた。
「うちの生徒の行方不明事件で来てるんでしょ? でしょ?」
否定も肯定もせず誠はシートに背を預けた。
行方不明になっているのは大企業の社長令嬢だ。誘拐事件の可能性もあるため学校側にも外には漏らさないよう伝えてきた。
それでも狭い学園内では広まってしまうものなのか。
「誘拐されたとしたら、犯人がその辺で見てるかもしれないですもんね。刑事なんてバラされたらヤバいですよね」
花織が周囲を見回す。
「分かってるなら絡まないで。他の生徒には関係ない話だよ」
「関係ありますよ。わたしだっていつ誘拐されるか分かりませんもの」
誠は言葉に詰まった。
確かに。大病院のお嬢さまだ。可能性はある。
「だから送ってください」
花織が明るく言い放つ。
「……何で」
「バス停まで歩くのかったるいもん。途中のコンビニまででいいですよ」
「俺らタクシーか」
百目鬼が顔をしかめる。
「前から思ってたんだけど、自宅の車で送り迎えとかってないの?」
誠は後にしてきた正門を眺めた。
歩いてくる生徒は、どの子も徒歩で三百メートルほど先のバス停へと向かっている。
「 “良き妻、良き母、良き社会人になるためには健康も大事、甘えなど許されません。多少の距離はお歩きなさい” がうちの学園の教育方針ですよ」
「成程」
誠と百目鬼は、ほぼ同時にそう返した。
「通ってる学園はまともだな」
百目鬼が呟く。
「だったら歩きなさいよ。すぐそこでしょ」
誠は眉をよせた。
「ていうかもう刑事なんて学園中にバレてますよ? 女性しかいない学園内に、スーツの男性二人なんて目立つんですから」
花織が言う。
「警察って、女の勘ナメてるでしょ」
誠と百目鬼は、ゆっくりと顔を見合わせた。
花織が校舎の方を向く。
「やぁーん! 彼氏のマコくんと親戚のおじさんが迎えに来てくれるなんてうれしいー!」
大声でわめく。
「なっ、何してんの」
「素性のカムフラージュしてあげたんじゃないですか。乗りますよ」
勝手に後部座席のドアを開け、花織が乗り込む。運転席と助手席のシートに手をかけ前方を指差した。
「出発」




