警察署一階 被害者用の事情聴取室 1
扉を開け放した小さな部屋。長机の壁側に誠、その斜めの席に百目鬼、入口を背にして花織が座る。
「まず、何であそこにいたの」
誠が質問を始める。
「現場で話しましたよ?」
「ごめんね。もう一回話して」
誠は言った。斜め向かいの席で百目鬼がタブレットを操作する。
「それ知ってる。何回も同じこと聞くんでしょ? ウソついてると、そのうち言ってることがしっちゃかめっちゃかになるとかいうの」
「……話してくれる?」
誠は眉をよせた。
「友達からラインで呼ばれたの。助けてって」
「見てもいい?」
誠は手を差し出した。
花織がスマホを取りだし、ラインを開いてから手渡す。
吹き出しに、花織が言った通りの「助けて。来て来て」という文言が表記されている。そのあとの吹き出しに、あの陥没穴の付近を示す説明。
時刻は、花織を陥没穴で発見した時間帯の約二時間前。
「この友達は今は?」
「無事でしたよ。送った覚えないって」
「何だ何だ? アカウント乗っ取りかぁ?」
百目鬼が面倒そうに声を上げる。
「でも、そのあとラインふつうに使ってたって」
「どんくらいその穴の中にいたの」
百目鬼がスマホを覗きこむ。
「一時間くらい?」
花織が答えた。
「通報しなよ。中からでも大丈夫だったでしょ。ダメだった?」
「犯人がまだそこら辺にいるかもしれないじゃないですか。息ひそめて死んだふりしてたんです」
花織が反論する。
「なるほど……」
誠は呟いた。
「犯人が行ったかどうか音で判断しようとして耳澄ましてたら、ちょうど人見さんの足音が」
百目鬼が誠の方を見る。
「お前、嬢ちゃんの通報で行った訳じゃなかったの」
「偶然ですよ」
誠は顔を歪めた。
ふと思いついて花織に問う。
「犯人の足音は聞いた?」
「聞きましたけど」
花織が答える。
「知り合い?」
「覚えがない足音だったかな」
花織が首をかしげる。
誠は溜め息をついた。
「嬢ちゃん、誰かに怨まれる心当たりは?」
百目鬼が頬杖をつき尋ねる。
「あるわけないです。善良な高校生ですよ、わたし」
「ラインで呼び出した友達が、本当は何か知ってるってのは……」
誠はスマホ画面を見つめた。
「呼びます?」
花織がスマホを手に取る。
「いや……必要なら改めて連絡するから」
「どんな友達」
百目鬼が尋ねる。
「中等部から知ってる子。家にも何回も行ってるし」
「友達が、となりの家の人が気持ち悪いって言ってるって話してたけど」
「となりの貸家に住んでる男の人。カーテン閉めっぱで、いつもカーテンの隙間から外覗いてるって。あと、ゴミ漁ってたことあるって」
「誰かをストーカーしてんのか?」
百目鬼が顔をしかめる。
「でしょでしょ? そう思うでしょ? 友達のことストーカーしてて拉致ったのかなって」
「通報しなさいよ。少なくとも資源ゴミ持ち帰ってるとしたら窃盗だから。──ちなみにどんな男性」
誠はそう問うた。
「わたしは見たことないけど」
花織が答える。
「見たことない。……確証はある?」
誠は軽く目を眇めた。
顔の区別のつかない花織のことだ。どこかで顔を合わせていても認識していないかもしれない。
「その人の家以外の所で見てたとしたら……ぶっちゃけ、ただの通りすがりの人だと思って特徴なんて見ないでしょうけど」
「だよね……」
誠は顔をしかめた。
「あー、何でお前が担当になったか分かった。お嬢ちゃんのこと知ってて話が早いもんな」
「百目鬼さんもでしょ」
誠はそう返す。
「でも仮に、そのとなりのキモい人が突き落としたんだとしても、なんでわたし?」
花織が唇を尖らせる。
「わたしキモいなんて言ってないもん。やるなら友達でしょ?」
「友達と間違えたって可能性は……」
「お嬢ちゃん」
百目鬼がタブレットを操作する。
「お嬢ちゃんが大丈夫だっていうから、いちおう遺体の写真持ってきたけど」
百目鬼が花織にタブレット画面を見せる。花織が少し身を乗りだし画面を見た。
「ど……百目鬼さん、ちょっと未成年ですし」
「頬のガタガタ、無いですね」
花織が言う。
「……大丈夫?」
誠は尋ねた。死因は刺殺だ。辺りの草木にも血液がべったりとついている。
「なんか大丈夫」
平然と花織が答える。
「頬のガタガタ、後で考えたらイボかニキビかなあって思ったんですけど。それとかニキビ跡」
「イボかニキビ……」
百目鬼がタブレットの写真を見る。スクロールして何枚か顔写真を確認した。
「それっぽいのはないな」
花織が手を伸ばして、自身でスクロールする。
「ないですね」
「遺体の身元は判明してる。殺人の容疑で別の所轄が追っていた男だった。名前は二ノ宮 春樹、二十七歳」
誠は画面をスクロールし、フルネームの書かれている画面を出した。
「んんー?」
花織が眉をひそめる。
「知ってる名前?」
「全っ然、知らない」
誠と百目鬼は、同時に軽く溜め息をついた。