警察署四階 署員食堂
「まあ、お嬢ちゃんはいったん帰っていいだろ」
夕方六時前。腕時計を見ながら百目鬼がそう告げる。
「ですね。暗くなるまで居させるわけにもいかないし」
誠は席を立った。
「また何か聞きたいことあったら連絡するから」
「ご苦労さまですっ」
花織がかわいらしく敬礼をする。アイドルの一日署長みたいだなと誠は思った。
「これからお二人ってなにするんですか? 別の事件の捜査とかやるの?」
「メシ。署員食堂、六時半までだから」
百目鬼が答える。
「署員食堂ってここもあるんだ。あれ一般人も入れるんでしょ?」
いやな予感がして誠は顔をしかめた。
「食べたい。署員食堂で食べたーい!」
花織が甲高い声ではしゃぐ。犯罪被害に遭ったのに、何だろこのテンションと思う。
百目鬼が低い声でうめいた。
「アクアパッツァだのバーニャカウダだのラタトゥイユだのシュニッツェルだの食ってるお嬢さまのお口には合わねえよ」
百目鬼が余目家で差し入れられた料理の名を並べる。
「百目鬼さん、よく覚えてましたね料理名。俺なんかとっくに忘れましたよ」
「ムダ知識が増えちまった」
百目鬼が億劫そうに立ち上がる。
「カツ丼が食べたい! おごっておごって!」
花織が声を上げる。
廊下を通りかかった女性警察官が、なんなのという感じでチラッと見た。
「人見ぃ」
出入口に向かいながら、百目鬼が呼びかける。
「はい」
「半分ずつな」
セコ……と誠は思った。
警察署四階にある署員食堂。
殺風景な廊下を通り、誠は突き当たりの扉を開ける。
「うっわ。かなり普通ぅ」
花織があたりを見回す。
テーブルが数席と窓際のカウンター席。そこそこの広さの食堂だ。
一角に大きな窓があり、署の周辺が展望できる。
「ムダに絶景なんですねー」
花織がスマホで撮影する。
窓際に背を向けてピースすると、自撮りした。
「ねねね、こんど友達連れて食べに来てもいい?」
「……いいけど、声はかけないでね」
誠は口元を歪ませた。
「人見」
食券販売機の前で、百目鬼が財布を開ける。
「二百九十円ずつな」
言いながら小銭を入れる。
「はいはい……」
誠は言われた通り財布を出し小銭を数えた。
「本当にカツ丼でいいの?」
そう花織に問う。
「だって名物でしょ?」
「……まあ、ここに来る一般人はみんなこれ食べるらしいね」
誠は答えた。
「取り調べ中に犯人がおごらせるあのカツ丼な、ちゃんと後から請求来んだぞ、お嬢ちゃん」
言いながら、百目鬼が先に席に着いた。
「つまり話をまとめると」
ラーメンをすすりながら百目鬼が切り出す。
「お嬢ちゃんを陥没穴に突き落としたのは、バリトン声で頬にイボかニキビがあるらしい男。服装はワッペンベタベタのフライトジャケット」
百目鬼がどんぶりの横に置いたタブレットをスクロールする。
「陥没穴の付近で見つかった殺人容疑者の遺体は、同じと思われるフライトジャケットを着ていたけど顔のイボなし」
「どこで売ってるジャケットなんですか? 量産型?」
花織が問う。
「ガンダムみたいに言うな、お嬢ちゃん」
「なんとかの魔女?」
百目鬼が眉をよせる。世代間の壁にぶつかってるんじゃないかと誠は推測した。
「数量限定モデルだよ。ネットでも予約受け付けてたから、他の人間が販売元あたってるけど」
横から誠は答えた。
「わたしをドンッと押したあとに、そこに来た殺人犯をコロコロして自分のフライトジャケットを着せた」
カツ丼を食みながら花織が言う。
「そこは俺らも考えた」
百目鬼がラーメンをすする。
「そうと仮定して、何が目的でそんなことしたかだ」
「ちなみにイボの原因っていろいろあるけど、ヒトパピローマウイルスが原因だと、抗体ができたら自然治癒しちゃうこともあるそうですよ。そうしたら証拠の一つが消えちゃう」
「イボかニキビってのは、お嬢ちゃんもあんまり自信がある感じじゃないんだろ?」
百目鬼がそう返す。
「殺人の容疑者の二ノ宮、親が離婚してるそうですね。前の苗字は及原」
同じくラーメンをすすりながら誠は言った。
「及原 春樹。これなら何か覚えないか、お嬢ちゃん」
「ないですねぇ……」
花織がカツ丼を口に運びながら答える。
食べ方の行儀が良いところは、やはりお嬢さまかと誠は思った。
「あ、待って待って」
花織がスマホを取り出す。
「もしかしてパパの病院の患者さんに犯人いるかもと思って、こっそり患者名簿コピーしてきました」
誠は顔を歪めた。
「捜査協力ってことにしとけ」
百目鬼が眉をよせる。
名簿はあいうえお順なのか、スクロールしてすぐに花織は呟いた。
「ないですねえ……」




