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恋情、十月十日限り

高校1年の夏休み前最後の日。教室で先生からよくある夏休みの注意事項が話されている。規則正しい生活をしろとか、交通マナーがどうとか、言われなくてもわかってる。わかっていないやつにだけ言ってくれればいいのに。わかっていないやつには言ってもわからないのだろうけど。適当に聞き流しながら心の中で悪態をついていた。ようやくチャイムが鳴った。挨拶をして、誰よりも早く教室を出た。きちんと計画的に持ち帰っていたので、すごく身軽だ。私の交友関係は狭く深く。友人は多くないが、少ない人と濃密な関係を作れればいいと思っている。周りには友人と夏休みのことを話す生徒で溢れているが、私が友人と呼べるような人はみんな連絡先を持っているので、学校で無理やり話す必要はない。私にとってはそれよりも重要な要件があった。急いで上履きから靴に履き替え学校を出た。早くあの人に会いたい。その一心で陽炎を切り分け、蝉の声も気に止めずに走った。自宅も全速力で走り抜けて向かった先は自宅の隣。私が会いたいと思っている人の家。チャイムを押すと、はーいという返事と、鍵を開ける音が聞こえた。ドアを開ける。

「お邪魔します」

敷居を跨いで玄関に一歩足を踏み入れる。数か月通い詰めてすっかり見慣れた玄関の光景が目に入ってくる。その中央に、重いお腹に合わせて背中を逸らして立っているあの人がいた。

「いらっしゃい。芽衣ちゃん」

お隣に住んでいる佐倉栞里さん。今妊娠中で、私の自宅兼産婦人科医院に通っていた人。もう臨月に入っている。しかし、ひと月前に旦那さんがおり悪く単身赴任に行かなければいけなくなり、一人で家にいるのも不安ということで私が毎日通って具合を聞いていた。面倒だなんて思わない。むしろ私にとっては最高だった。私は、女性が好き。それも、特別な状態の女性。子宮に新たな生命を抱え、お腹を膨らませた女性が好きなのだ。何故と聞かれると難しいが、恋愛なんてそんなものだろう。好きになった人が好き。それ以上でもそれ以下でもない。家が産婦人科医院なので、妊婦を見かけることはよくある。私も初めは見ることで満足していたが、最近になって思春期になったのもあるのか少し見てるだけでは物足りなさを感じるようになっていた。そんな折に栞里さんの話が飛び込んできた。毎日学校が終わると、家に帰る前に栞里さんの家を訪ね、雑談と安否確認をする。何かあれば私から親に連絡することになっているが、大事は起こっていない。たまに赤ちゃんの様子を建前に栞里さんのお腹を触らせてもらったりもした。それを今日まで繰り返し、夏休みは、午前中から家にいさせてもらうことを受け入れてくれた。妊婦と一日中一緒にいられるなんてこの上ないくらい幸せだ。今日から何をして過ごそう。毎日そばに寄り添って話をして、写真を撮って、栞里さんのためにできることをなんでもしよう。料理や洗濯だって少しはできる。一時の貴重な体だから無理をしてほしくない。今日だって早く会いたくて学校を飛び出してきた。栞里さんといる時間をできるだけ増やすために。

玄関でいつも通り靴を脱ぐ。栞里さんを追い抜いてリビングに移動する。いつも通りカバンを定位置において、いつも通りソファに腰掛ける。私を家に入れる直前まで見ていたのか、テレビが点いたままだった。後から栞里さんがリビングから入ってくる。今日も美しい。だけど、これは「いつも通り」じゃない。栞里さんのお腹赤ちゃんは日々成長しているし、それに合わせて母体も変化する。その変化も妊婦を妊婦たらしめる要素だからとても素敵だと思う。私は妊婦が好きなのであって、お腹を大きくさせている女性が好きなわけではない。妊娠している女性。1人の人間が2つの命を抱える。常識であり矛盾。その美しさに勝るものは無い。だから妊娠してから生まれるまでの過程にいる女性に常に魅力を感じる。今日の栞里さんには昨日とは違う美しさを覚える。その姿に私はいつも通り見惚れてしまっていた。そっとスマホを取り出し、栞里さんをレンズに収める。


数日経ったが、毎日毎日夏休みのありがたさを実感する。1日一緒にいるので平日の昼間の栞里さんの行動がわかる。家事は私が手伝っているけれど、それ以外の時間はテレビを見たり、育児の勉強をしていた。他には、毎日一度外に散歩をしに出ていた。外出は最低限にしていると思っていた。私の親から聞いた話では少し運動をした方がいいらしい。元々そうだからか、栞里さんの行動は1人で完結してしまい、私が一緒にいても1人と1人でいる感じが否めない。見てるだけで幸せだしなにかしたい訳でもないけれど会話が無いのも物悲しい。1人でいる沈黙は耐えられるけれど、知り合いや友人がいるのに沈黙が続くのはダメージが大きい。逃げるように宿題に向かっているため宿題だけがどんどん終わっていく。それを邪魔するまいと栞里さんも1人で行動する。宿題に一区切り付き、大きくため息を吐き背中の力を抜く。

「お疲れ様」

声の方向に顔を向ける。私の様子を見て栞里さんが声を掛けてくれた。声を聞いて疲れが抜けるのを感じる。栞里さんが私のノートをのぞき込んで

「難しい?」と聞いてきた。

「そんなに難しくないです。授業で習った内容ですから」

当たり前だ。やってないことを出されるほどうちの高校は厳しくない。どの科目も日頃きちんと学習していれば簡単に進められる。

「普段からちゃんとやってるんだ。えらいね」

急に褒められて思わず目線を逸らして顔を赤くする。直接褒められることはあまり無いので露骨に反応してしまった。

「ありがとうございます」

「そんな芽衣ちゃんにはご褒美をあげましょう」

いきなりの提案だった。別に今日は特別な記念日でもなんでもない。

「嬉しいですけど…なんでそんな提案をいきなりしてきたんですか?」

嬉しくないわけはないが、脈絡のないサプライズも少し怖い。この相手の親切や良心に理由を求めてしまうのが私の悪いところ。

「うーん…特に理由は無いよ。ただいつも芽衣ちゃん頑張っているし、応援したいなぁって」

今はその気持ちを素直に受け取るだけをするべきだ。続けて栞里さんが話す。

「あとは…話題作り?」

え?

栞里さんの顔を見ると、少し笑っていた。話題作り?どうして栞里さんがそんなことをするのだろうか。もしかして栞里さんももう少し私とは会話がしたいと思ってくれているのだろうか。私だけ一方的に固執しているだけだと思っていたけれど、もう少し距離を縮めてもいいのかもしれない。

「おっと話題が逸れちゃった。ご褒美だったよね」

そうだ。それの話をしていなかった。さっきのことが嬉しくてご褒美と聞いていろいろ考えてしまう。ご褒美…なんだろう…。期待に胸が高鳴る。

「今から散歩に行くから、一緒に行きましょう」

…なぜか今少し悲しい気持ちになった。いや、なぜなのかはわかってはいた。だからこそ、そんな考えをしている自分が恥ずかしくなり、忘れたくなった。

とりあえずではいと返事をし、一緒に家を出た。

栞里さん…身持ちの人と歩いているいつもの通学路は違う光景へと移り変わる。栞里さんがとなりにいるのに加えて、その栞里さんが私の知らない通学路を見せてくれるから。

「この時間帯のここら辺はよく猫が歩いているの。今日も、ほら」

栞里さんが指をさした先で猫が日の光を浴びていた。

「可愛い。こんな込み合った住宅地にもいるんですね」

「1人で歩いてても暇だから、色々見えてくるの」

とても心地よい。普段登下校に使ってる道だということが信じられない。1人でこっそり心を弾ませていた。

しばらく歩いていると、学校近くのコンビニに着いた。そこで栞里さんが好きなものを買ってくれると言ってくれた。店内を一通り見て、夏なのでアイスを買ってもらって帰って栞里さんと一緒に食べた。夜までいようと思ったら、母親から連絡が来て、今日は夜ご飯を家族で食べようと言われ、仕方なくその日は栞里さんの家を後にした。


「あぁぁ宿題面倒くさい~」

ファストフード店の一角。机を挟んだ向こうの友人が思い出したかのようにそう叫んだ。今日は栞里さんの家を離れ友人で集まり宿題を済ませる会なるものが開かれていた。...が、今のところ宿題をほとんどやらずにただおしゃべりするだけの時間になっていた。普段宿題をこまめに進めている自分はそれでもいいのでポテトをつまみながらのんびり友人の話を聞いていた。だけど、友人たちはそうはいかないみたい。

「どうせやらなきゃいけないんだからさっさと終わらせればいいじゃん」

諭すように意見する。

「嫌だっ!せっかくの夏休みなんだからもっと遊びたいよ。海行って、お祭り行って、花火見て。そんな貴重な体験できるの夏休みだけなのに~なんで宿題に潰されなきゃならないのさ」

まさに子供のような反論をされた。

「じゃあ宿題無くても勉強する?」

私の左隣のもう一人の友人が問いかけた。

「う…」

いやしないのかよ。と心の中で突っ込んだ。

「でもイベントとか行きたいのは確かだよね、お祭りとか、彼氏と一緒に行きたいな~」

私の右隣の友人は我関せずでそんなのんきなことを言っていた。

「おのれリア充め…あー宿題面倒だし彼氏欲しいよ~」

ますます説得が難しい状態になってしまった。

「そういえば彼氏とは今どうなってるの?夏休みもしょっちゅう会ってるの?」

「うーん、やりとりはするけど、直接会うことはないね。ちょっと寂しいかな、って、私よりみんなの話してよ、みんなは好きな人とかいないの?」

「何言ってるの。うちの学校だよ?いい男そんなにいるわけないじゃん。数少ない良い人にはもう先客がいるし…芽衣は?」

「え、私?」

唐突に話をふられた。

「私は、別に…」

首を振ってそう答える。

「芽衣ってそういうの全然無いよねー。もう高校生なのに」

「高校生だからって同じくくりにしないで」

つまらないと友人が口をそろえて私に言う。だけど本当に私は皆とは全然違う。それは私自身が一番よくわかっている。生活習慣や思考回路、そして、恋愛対象。いや、恋愛対象は別に妊婦じゃなくてもいいはず。何も性癖に刺さる相手だけが恋人になるわけじゃないんだし…でも今は、私の目の前に栞里さんがいる。恋愛に妥協は付き物だと言われてはいるけれど、今の私は誰のものでもない自由な身。そんなときに目の前に性癖にドンピシャで刺さる人がいれば、他の人に興味を示すことなんてできるわけがない。

「そういえば、今芽衣ってなんか妊婦さんのお世話してるんでしょ?どう?大変?」

丁度栞里さんの話になった。

「別にそんなことないよ。家におじゃまして、一緒に過ごしてるだけだから」

むしろこの夏休みは今日まで幸せな時間を過ごしていた。

「やっぱり芽衣は真面目だな~将来は親の仕事を継ぐの?」

産婦人科医か…前までは興味が無かったけれど、いいかもしれない。ずっと見ないようにはしていたが、栞里さんだってもう臨月。もう少しで私の好きな「妊婦」ではなくなってしまう。今のこの満たされている気持ちをずっと持ち続けていたい。終わるとわかっているのにずっと続いてほしいだなんてわがままかもしれないけど、それだけこの夏休みの生活が素晴らしかった。少し笑顔を見せて

「ええ、考えてはいるよ」

と答えた。

「頑張って」

「芽衣ならできるよ、芽衣頭いいもん」

「私が赤ちゃんできたら診てね」

みんなが応援してくれるから、なおさら頑張ろうと思う。

その日は結局みんなで仲良く話して終わってしまった。勉強なんてとてもじゃないけれどできる雰囲気ではなかった。まだ少し夏休みは残っているのでその間に頑張って終わらせようとお互いに誓い合ってその日は解散した。

すっかり日も沈んだ帰り道、昼のファストフードもすっかり消化しきってしまい、今日3度目の空腹を強く覚える。

「こんな時間になるなら夜ご飯も食べて帰ればよかったかな…」

気分を紛らわせるために携帯を起動する。通知は通話アプリから1つ。今日集まった友人の写真だった。栞里さんは連絡がない。連絡するようなこともないってことだったらいいけど。家が見えてきた。栞里さんは、そうであることを祈って今日は家にそのまま帰った。


翌朝、携帯のから流れる音楽で目を覚ました。朝から始まる用事は無いから、目覚ましはセットしていないはず。まだ寝ぼけてぼんやりした視界で携帯を掴み確認すると、誰かからの着信が入っている。出ないわけにもいかないので普段の感覚で応答ボタンを押し、耳に当てる。

「はい、もしもし」

「あ、芽衣ちゃん…?よかった、起きてた…」

携帯電話から聞こえてきたのは、苦しそうにする栞里さんの声だった。

「栞里さん⁉大丈夫ですか⁈」

「い、痛いの…陣痛が来たみたい…」

「すぐに行きますから、楽な姿勢になってください」

「ありがとう…鍵、開けておくね」

電話を切り、急いで着替えを済ませて、親に連絡する。親が準備をしている間に栞里さんを迎えにいく。ドアは、言われていた通り鍵が開いていた。

「栞里さん!」

玄関から声を出すと、リビングから返事が聞こえた。リビングに行くと、ソファで座ってお腹を抱えている栞里さんがいた。駆け寄って話を聞く。

「大丈夫ですか?いつ始まったんですか?」

「あ、朝の電話の直前よ。まだ来たばかり…」

「よかったです。規則的に痛くなるので、今はゆっくり呼吸して痛みを逃がしてください」

家で親が話しているのを思い出しながら栞里さんを楽な状態にさせる。確か陣痛は初産婦で平均8時間くらいだと聞いた。今は朝の8時なので、大体第1期が午後4時くらいまであると思う。それまでは安静にさせよう。親に始まったばかりであることを連絡して今日1日は何もせず栞里さんと一緒に過ごすことにした。おそらく今日が妊婦としての栞里さんの最後の日。次があるのかもわからない。そばに寄り添い、手を重ね、できるだけ栞里さんの緊張をほぐす。幸せな生活も、今日で終わりだと思うと少し寂しい。私の個人的な欲望で言えば、陣痛が長く続いてほしい。さすがに栞里さんの体もあるのに、そんなことはお願い出来るはずもないけど。栞里さんはずっと呼吸を荒くして、汗もかいて苦しそうにしている。体温を下げるのは避けたいので、冷房は弱めに留めておく。

「汗かいてるので、タオル持ってきますね」

「ありがとう」

1度栞里さんの側を離れ、洗面所へと向かう。タオルを取り、栞里さんの汗を拭く。栞里さんが感謝の言葉を述べるとともに、少し栞里さんが笑みをこぼす。あぁ、栞里さん。そのお腹にもう1つの命を抱えるその姿は、やはり何物にも代えがたい美しさを持っている。それがもうすぐ終わってしまう。そんなとき、私は一体どうするべきなんだろう…。


「芽衣ちゃん、芽衣ちゃん」

頭を揺すられて意識を取り戻す。いつの間にか寝てしまっていたらしい。時間を見ると、昼を過ぎて2時を指していた。

「す、すみません、私寝ちゃってました、何かありましたか?」

「少し、痛みが増した気がするの」

「え、ちょっと見てみますね」

かがんで子宮口の様子を確認する。それを見て私の心は少し大きく脈打ってしまった。初めて見る妊婦の子宮口。ある意味では妊婦を妊婦たらしめ、その終わりの近づきを表すその形に思わず興奮してしまう。見惚れる自分を何とか抑え、その開き具合を確かめる。少し開きが大きくなっている。

「近いかもしれません。そろそろ私の家に移動しましょう。歩けますか?」

肩を貸してなんとかといった感じだったが、なんとか移動して親に話をする。もう少しかかるとのことなので、また栞里さんに寄り添うことになった。表情は、相変わらずしんどそうにしている。私はそれを見守り続けた。何か話して頭を使うよりいいと思った。しかし、何度も考えてしまう。本当にこうするのがいいのかと。この夏休みは、ただの高校生の一時の情熱で終わらせていいものではないと思う。もうすぐ私は彼女を好きではなくなるだろう。好きであるうちに、一度は栞里さんにこの思いを伝えるべきではないのか。

葛藤のうちに、時間はあっという間に過ぎ、栞里さんが分娩室に移動した。私は、そこでも付き添うことになった。


結局、私は伝えることはできなかった。



分娩室で、栞里さんが私の母親の声に合わせていきんでいる。そこでも私は栞里さんの手を俯いて黙ったまま握っていた。だんだんと出産が近づいてくる。母親がもう少しと栞里さんを励ます。栞里さんが私の手を握る力を強める。顔を上げて、栞里さんの方を見やると、痛みと苦しみを踏ん張り耐えて産もうとする栞里さんが見えた。私は、これも妊娠したが故のものだと思うと、また心が大きく1つ脈打つのを感じた。妊婦としての役割に終わりを迎えるその姿は、散りゆく桜のようで、私は釘付けになってしまった。栞里さんは激しく汗をかき、歯を食いしばり続けている。私の手を握る力もますます強くなる。そして、とうとうその時が訪れた――


頭、体と外に出てくる。鼓動の安定を伝える機械音、幾人もの安堵と疲労の混じる激しい呼吸。それらをかき消すほどの新しい命の誕生を大きく示す産声が響き渡る。だけど、私にとってのそれはさながら断末魔だった。



「…うん、ちゃんと妊娠してる。おめでと。じゃあ書類書くから、役所に出して、母子手帳もらってきてね」

「はーい。えへへ、芽衣が診てくれるなら安心だよ」

「ありがと、いっしょに頑張ろうね」

あれから10年の月日が経ち、私は大学を出て産婦人科医になった。親とは離れて生活してる。大変なこともあるけれど、毎日を楽しく過ごしている。やっぱり妊婦は綺麗だなぁ。今日は高校の時の友人が妊娠したというのでうちで検査をしに来ていた。もう友人も妊娠する年になってしまった。月日が経つのは本当に早い。

「他の皆も結婚してるし、いずれはここにお世話になるんじゃないかな」

「いつでも見てあげるからいらっしゃい」

「頼もしい~、でも芽衣は?結婚とかしないの?」

「余計なお世話だよ。私は今充実してるからいいの」

私の妊婦好きは変わってないし、親もそういうのにうるさくないから全然気にしていない。それに…

あの夏を超えるものにまだ出会っていないから。あれが私の心に大きく残り続けている。栞里さんは二人目を生むことは無かったし、あれが最初で最後だった。そんな貴重なときに一緒に過ごせて幸せだった。もう他の誰と過ごしてもあれには勝らないと思う。栞里さん、元気にしているだろうか、生まれた子も、もう10歳か。子供産んだ後も、近所なのでたまにばったり会ったりしていたけど、なんかうまく顔を合わせられなかった。そのまま逃げるように出てきてしまった。次帰ったら会ってちゃんと話そうかな。

友人と別れ、その日の仕事は終わった。


時はさらに15年が経った。仕事をしていると本当にあっという間に過ぎていった。仕事合間の昼休み、休憩室で椅子に腰を掛けて力を抜く。結局帰省もできていない…休むので精いっぱいになっちゃってる。薄情だなぁと思いながら、次の仕事に向けて体の調子を整える。よし、と一声上げて午後の仕事へと向かう。

「え~っと、最初の人は、と」

名前を見ると、「佐倉日葵(ひまり)」と書いてあった。そういえば栞里さんと苗字同じだなぁ。なんて考えてしまう。まだまだ引きずっている自分が恥ずかしくなる。

「失礼します」

その人が診察室に入ってきた。顔を見て、私は飛び上がりそうになった。顔が、栞里さんにそっくりだったから。無理やり心を落ち着かせて、椅子に座らせて佐倉さんの情報をもう一度1つ1つじっくり目を通す。誕生日は、確かに25年前の8月。あのころだ。ということはこの人はやっぱり栞里さんの…

「あの...?どうかしましたか?」

心配そうに声を掛けられた。

「いえ、大丈夫です。今日は検査ですね?」

「はい、お願いします」

検査をすると、無事妊娠してることがわかった。まるで25年越しに栞里さんの妊娠を見ているようで、あの夏を彷彿とさせる。どうしよう、他の妊婦さんを見る時よりもドキドキする。まあ、でも、そんな私的な関係を持つわけにもいかない。友人ってわけじゃないんだから。それに、よくよく考えれば妊婦な時点でもう他人とそういう行為に及んでいるわけで、私が入れる場所はない。あーあ、もしも、女性同士で妊娠ができるようになればなぁ。私との子供を持つ人なんて最高じゃん。それなら、

こんな妊婦性愛者の私でも、一人をずっと好きでいられるのに。


妊婦性愛(Maiesiophilia):妊婦や妊娠への性的嗜好。(Wikipediaより引用)

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