第9話「魔王の三つの戒め」
2年間の学習期間が終わり、今日は卒業式。
卒業式と言っても特別に何かするわけでもなく、今後の役割が割り当てられ、それを伝えられるだけだった。
ユウトたちの役割は、魔獣討伐と亜人の保護とされた。
魔獣は、人々の恨みや憎しみの感情から生まれて来ると言われ、魔獣が更に増えると、小鬼やオーク、オーガなどの魔物も生まれてくると教えられていた。
そして魔人が生まれ、やがて魔人王の誕生へとつながっていくとも学校で教えられていた。
この世界では、イーデル国を除いて、各地で戦争が発生しおり、それに伴い、恨みや憎しみの感情が生まれ、常に魔獣が生まれてきていた。
魔人王と言えども、魔王の力には太刀打ち出来ないが、魔王と魔人王が戦えば、この世界に壊滅的な打撃を与えてしまうので、ユウトたちは、魔物を討伐することで魔人王の誕生を阻止することを第一の仕事とされた。
他国への侵略を続ける国や、国民を搾取し苦しめる国が後を絶たず、魔獣を討伐するだけでは根本的な解決にはならない事は過去の歴史が証明していた。
もちろん歴代魔王たちも黙って見ているだけではなく、未然に戦争を防いだり、国民への搾取をやめさせたりもしたが、人間の欲望は決して無くなることはなかった。
魔獣の発生に伴い、亜人が魔獣や人間の欲望の対象になることが多くなってきたため、ユウトたちには魔獣討伐と共に亜人の保護も仕事に加えられていた。
亜人はほとんどが善良な人々で、この世界の各地で小さな村を作って暮らしていた。
亜人達は善良が故に戦う手段を持たず、魔獣に殺されたり、奴隷商人に襲われ誘拐されたりしていた。
元々奴隷商人達は、人身売買を行うものたちだったが、歴代魔王の長年の努力で、各国に人身売買を禁止させることに成功していた。
しかし、亜人達は禁止の対象とされず、人身売買を禁じられた奴隷商人達は、亜人を人間奴隷の代わりにすることを思いつき現在に至っていた。
ユウトたちは今後、亜人の住居地周辺の魔獣を駆逐し、希望する亜人をイーデル国へ移住させたり、さらわれた亜人たちを助けたりすることとなった。
更に、奴隷制度をやめさせるべく行動していくことも併せてやっていく事も亜人の保護に含まれていた。
卒業式が終わると、ユウトは魔王パイトスに呼ばれた。
ユウトが魔王パイトスのいる部屋に入ると、そこには魔王パイトスと共に一人の老人がいた。
「ユウト、ここにいるのは、我が父で前魔王フリードじゃ。ユウトがこちらに来てから、念願の日本旅行に行っていたのだが、今日の為に戻ってきてもらったんじゃ。」
(え、あ、そうだよね。いて当たり前だ。)
フリードは、見た目は70歳くらいの老人だった。
優しい目でユウトを見つめるフリードのユウトは挨拶をした。
「ユウトです。初めまして。」
ユウトが挨拶をすると、前魔王フリードはニコニコしながら無言でうなずいた。
「ユウト、学校で学んでおるので知っていると思うが、この国の国民達はみな強弱はあれ魔法を使うことが出来る。そして、この世界で魔法が使えるのは、ガリウス様の血筋の者だけじゃ。長い年月を経て、最近移住したものを除けばほとんどすべての国民がガリウス様の血筋になっておる。そして移住してきた者もこの国で暮らせばいずれはガリウス様の血筋となるだろう。」
「長い歴史の間には、この国を出て行った者もおる。他国へ行った際には、それらの者の魔法には十分注意するように。」
(この国を出た人たちは、必ずしも善良な人ではないと言うことなのだろうか?)
「分かりました。十分注意を払って行動いたします。」
「さて、ここからは魔王にのみ伝えられる話じゃ。まずは、魔王の心得からにしよう。これは、隠すようなことではないが、魔王は他国の悪政を正すために圧力をかけることもあるので、公には公表してない。」
「少し前置きが必要なので、先にその話しをしておこう。」
魔王パイトスの話はこうだった。
ガリウス様からさかのぼること十数代前には、一族は山奥の小さな村に住んでいた。
村長の名はクルタナ様といって、善良な人だった。
ある日、クルタナ様の前に一人の女神が現れた。
女神はミナレ国へ行って、苦しむ人々を助け、幸せな生活を送れるようにするようにクルタナ様にお命じになった。
クルタナ様が、私には何の力もなくとても無理だと言うと、女神はクルタナ様に魔法の力を授け、その力で、人々の平和と幸福を守るように言われた。
ただし、クルタナ様には一つの戒めを守るようにと言うと消えてしまった。
(クルタナ様が、最初の魔法使いと言うことになるのか。)
「この話が我が一族の始まりの物語のような者じゃ。そして女神が消える前に残した言葉は『苦しむ者を見過ごしてはならい。』だった。」
「これが第一の戒めじゃ」
「その後、ガリウス様の前にも女神が現れ、イーデル国を建国し人々が平和で幸福な暮らしを送れる国とするように言われたんじゃ。」
「その際に女神は、『力を以て他国を滅してはならない。』と告げた。」
「これが第二の戒めじゃ。」
(魔法で他国を滅ぼしてしまうのは駄目って事だろうな。)
「そして、ガリウス様がお亡くなりになる間際、ご長男のアレキス様に言った言葉が第三の戒めとなった。」
『魔王は常に善良たれ。』
歴代の魔王はこの戒めを胸に、日々努力してきた。
ユウトもしっかりと心に刻んでおいてくれ。
「分かりました。」
ユウトが答えると、今度は黙ってニコニコしていた前魔王フリードが話し始めた。
「大魔法については、わしから教えてやろう。」
「一般に知られている魔法の他に、魔王のみが行使できる魔法がある。これらを大魔法と呼んでいるのだが、これらの内に使用を禁じられる魔法があって、禁忌の魔法と呼んでいる。クルタナ様に魔法が授けられたときに魔法の書が授けられたが、ガリウス様の前に再び女神が現れたときに、女神は大魔法を記した巻物をガリウス様に授けたそうだ。この後、ガリウス様は魔王を名乗ることになるのだが、巻物には赤い文字で書かれた魔法があって、女神はこれらの使用を禁じたのじゃ。ただ、不思議なことに、禁忌の魔法は時より解放されたり、今まで解放されていた大魔法が禁忌の魔法に変わったりすることがあった。大魔法を使うような情況は滅多に無いと思うが、ユウトも巻物に目を通しておきなさい。大魔法については、その大部分は国民には存在を知らしめていないが、中には面白い大魔法もある。」
「わしは、大花火はたまに使ったぞ。」
魔王パイトスがそう言うと、「あれは風情があってよいな。」と前魔王フリードも相づちを打っていた。
この後は、前魔王フリードが歴代魔王についての色々な出来事や、世界の情勢などについて教えてくれた。
そして時間は過ぎて、そろそろ夕食の時間になったとき、前魔王フリードは、「よし、日本に帰る。明日また来るが、婆さんが晩飯作って待ってるから。」そう言うと、日本に戻っていった。
前魔王が帰ると、王妃、テレサ、セナを交えての夕食となった。
「ガリウス様、明日の立太子式について何も聞いていないのですが、私は何をすればいいのですか?」
ユウトが魔王パイトスに訪ねると、魔王パイトスは不敵な笑みを浮かべて、「なに、それほど難しいこともない。わしの前で宣誓して、後は国民にユウトをお披露目するだけじゃ。」
ユウトは、魔王パイトスがまた何か企んでいるなと思ったが、「宣誓はどのような言葉ですか?」と聞いた。
「『人々の幸福と平和のために日々努力いたします。』と言うだけじゃ。」
思いの外簡単なので、ユウトはほっとしたが、国民へのお披露目についても聞いてみた。
「国民達が立太子を祝うために沿道に集まっているから、その中を馬車で通り抜けるだけじゃよ。」
ユウトには魔王パイトスが笑いをこらえているように見えた。
やはり何か企んでいるなとユウトは思ったが、それ以上追求するのはやめておいた。
そしていよいよ立太子式当日を迎えた。
謁見の間に入ると、魔王パイトスは初めて会った時のように巨大になって座っていた。
ユウトは魔王パイトスの前まで進み、教えられたとおり宣誓をした。
『人々の幸福と平和のために日々努力いたします。』
すると参列している人たちから拍手が起こり、立太子式は無事終了した。
式が終わると、ヘレス参謀に促されて城を出て、用意されていた馬車へ乗り込んだ。
(いよいよ国民へのお披露目か。それくらい人が集まっているのだろうか。)
馬車は、二人ずつ向かい合って座るようになっていて、ユウトが前を向いて座り、向かい側にセナとアリーナが座った。
馬車はもう一台用意されていて、こちらには魔王パイトスと王妃が乗り込んだ。
皆が乗り込むと、騎乗したオニール騎士団長を先頭に、大通りに出た。
大通りには、多くの国民が居て、ユウトに旗を振って祝福していた。
旗は2本持っていて、一本はイーデル国の国旗で、もう一本は○にユと書かれたものだった。
(出来ればもう少ししゃれた旗が良かったな。)
ユウトはそう思いながらも、国民の祝福にこたえるため立ち上がって手を振った。
馬車は一時間ほどかけてゆっくりと進み城門を出ると、そこには学友達、いや、これからともに行動するパーティのメンバー達が待っていた。
ユウトは馬車を降りると、「皆こんなところでどうしたの?」と聞いた
「ユウトお疲れ様、じゃ、行きましょう。」
マリアがユウトに声をかけるとユウトは戸惑ったように、「今終わったのにどこに行くの?」と聞き返した。
すると、馬車を降りた魔王パイトスが、ニヤニヤしながらユウトの元へやってきた。
「ユウト、これからイーデル国の主要都市を回るんだよ。と言っても、馬車で移動していては時間がかかりすぎるから、移動門を使うんじゃ。」
(あ、そういうことか・・・ほっとさせておいて驚かす作戦だったんだ。)
ユウトは魔王パイトスが昨日笑いをこらえていた意味を理解した。
「ここからは若者に任せて、我々は城へ戻るとするよ。ユウト、楽しんでおいで。」
そう言うと、魔王パイトスと、王妃、そしてオニール騎士団長は移動門を開き城へと戻っていった。
「ユウト、これから行く先々で国民がユウトが来るのを待っている。さぁ、馬車に乗って。」
アークに促され、ユウトは再び馬車に乗り込んだ。
ユウトは長い旅になるのかも知れないなと思い、覚悟を決めて馬車に乗り込んだ。
今度は、ユウトの横にセナが座り、向かいにはアリーナとテレサが座った。
そしてもう一台の馬車には、ヨシマサ、ケイン、マリア、アグネスが乗り込んだ。
アークがオニール騎士団長の乗っていた馬に乗って移動門を開き、次の街へと入った。