ケース:4
そんな馬鹿なと、エミリー・ヒューストンは思わず叫びそうになった。
「こんにちは! 隣に引っ越してきたラヴァーズです! よろしく!」
快活に、明るい言葉で挨拶をしてくる自称ラヴァーズ。
ラヴァーズ自体は、エミリーが暮らす此処フランスでもちゃんと知られている。ラヴァーズ来訪から既に十年が経過していて、エミリーのような若い、十代前半の人間達には最早馴染みのある存在だ。中年世代では陰謀論が活発だが、真面目に言っているのはごく一部で、大半は日常として受け入れつつある。
ラヴァーズ達が求めている移住計画も進んでいて、日本やアメリカでは数百人ほどが暮らし始めたらしい。エミリーが暮らすフランスでも最近ラヴァーズの本格的な受け入れが始まった。
人数は数十人程度。フランス全体で見ればごく僅かな、だけど確かにいる人達だ。だからこうして、偶々隣に越してくる事もあるのだろう。
それでもエミリーは呆けてしまう。
「……………」
「? どうしましたか? もしかして、体調が良くないとか……」
「ひぇっ!? い、いえ、あの、な、なんでも、ない、です!」
慌てて取り繕うが、動揺は全く隠しきれていない。フランス人らしからぬ口下手もあって、戸惑いが表に出てしまう。
だが、どうして動揺せずにいられるのか。
エミリーが愛してやまない『魔王様デミウルゴス』が実体化しているのに、叫び声一つ上げない自分を褒めたいぐらいだった。
――――エミリーはオタクである。
幼い頃、友達に勧められた日本のアニメにドハマリした。現実にはあり得ない少女漫画や乙女ゲームに出てくる二次元美男子に脳を焼かれ、ネット徘徊で二次元イケメン供給を貪る日々。拙い日本語で日本の掲示板に向かえば、日本人オタク達からの二次創作イラストという猛攻に打ちのめされる。
そんな中で見付けた史上の推し(の一人)が魔王デミウルゴス。某乙女ゲームの攻略対象で、俺様系の顔立ちなのに子犬系のフランクさのギャップで数多の女子のハートを粉砕してきた。恋をするなら絶対彼がいいと、友達達に言って回った。
だからって、三次元に現れるとは思わなかったが。
「異星人ですけど、この国の人間として暮らすつもりです。これからよろしくお願いしますね!」
「ほひゃっ!? は、はひっ!?」
戸惑いが、何度も口から出てしまう。
明らかに挙動不審だ。不審者扱いされても仕方ない。
けれどもラヴァーズは、エミリーを見ても嫌な顔一つしない。
むしろ優しく、親しげに見てくれる。イケメンだから、というのもあるかも知れないが……こちらを馬鹿にしない、見下しも憐れみもしない態度に、少し胸がときめく。
勿論そんな事を直接言うなんて出来なくて、挨拶に来ただけのラヴァーズとはここでお別れとなった。
しかし運命というものは、意外とあるものらしい。
ラヴァーズとの交流はその後も続いた。エミリーと同じ学校に通うようで、朝になれば自然と顔を合わせる。偶然(何度か聞いたが本当にそうらしい)同じクラスの一員となり、学校行事でも一緒に行動する事が増えた。
見る者によって姿が変わるラヴァーズは、男女問わず人気者だった。中には異星人として嫌悪する生徒や教師もいたが、ラヴァーズは彼等の反応を「誰だって苦手なものはあるよ」と受け入れ、決して批難しない。
そんな日々の中で、エミリーはラヴァーズとの交際する事になった。
どうにもラヴァーズという種族は、人間の見目にはあまり興味がないらしい。エミリーは決して美人ではない、と自己評価している。少なくともクラスには、エミリーより人気の女子は何人もいた。なのにラヴァーズはエミリーが良いと言って、向こうから交際を申し込んできた。
驚いたし、オタクな自分が恋愛なんてと思っていたので戸惑いもあったが……ラヴァーズは常にエミリーに合わせてくれた。口論や文句がなかったとは言わないが、何時も誠実に話し、こちらに問題があればちゃんと叱る。対等に、一緒に歩いてくれて、安心出来る。
だから大人になった時、結婚しようという話になるのは、付き合っている身としては当然の感覚だった。
「あれ? そう言えば異星人との結婚って、法律的に大丈夫なの?」
ただ、自分達が願っていても世間が許すかは分からない。二十五歳という大人になったエミリーは、それぐらいは想像出来るようになっていた。
同棲中の自宅での会話。傍にはラヴァーズがいて、結婚のための準備……結婚式のドレスを二人で選んでいる……を進めていた。今の会話はその小休止に始めた事である。
「ああ、それなら心配いらないよ。僕達がこの星に来た時から移住計画は進められていて、当然地球人との結婚も想定している。法整備も進んでいるよ」
「ふぅーん。でも、ラヴァーズって名前がないのよね? あなたも名前がないから、あなたって呼んでる訳で」
「そうだね。大昔は名前で呼び合っていたけど、生物として進化する中で生体パルスで判別出来るようになって、段々と廃れたらしい。移住時に識別番号を割り振られているから、婚姻届にはこれを書く事になるね」
ラヴァーズの説明で、へぇー、と納得する。行政上の問題がないのは、これから結婚する身としてはありがたい。
「個人的には、君の両親に受け入れてもらえた事が一番嬉しいよ」
「パパもママも、あなたの事かなり気に入っていたもんね。異星人との結婚をこうもすんなり受け入れてもらえるなんて」
「誠実に接した甲斐があったかな? 僕としても、ほら、やっぱり君の両親にはいい格好したいし」
「まぁー、ナチュラルなイケメン発言だこと」
今ではすっかり慣れたが、ラヴァーズの発言は逐一エミリーの心をくすぐる。
恋愛上手、というのだろうか。一日一回はときめかせるような、恋を続かせるのが異様に上手いと感じる。それとも男性というのは、女性を口説くのがこれぐらい上手いものなのか? 他に付き合った男性がいないので、よく分からない。
……そう言えば彼の恋愛経験を、今まで聞いた事がない。
「そんなカッコいい発言を言えるぐらいだし、何人か付き合った事あるの?」
話題を膨らませるぐらいのつもりで、ラヴァーズの過去について聞いてみる。
ラヴァーズは一瞬キョトンとした後、笑いながら答えた。
「いやいや、エミリーが初めての恋人だよ」
「えぇー? その割には恋愛慣れしてない?」
「全然。慣れてるどころか、何時もエミリーに気に入られたくて必死だよ」
「ウッソだぁ。アンタが恋愛下手なら私なんてどーなんよ。才能なしか?」
冗談めかして言えば、ラヴァーズも笑う。心が通じ合っている気がして、こんな些細な事で幸せを感じる。
「強いて言うなら、僕達ラヴァーズは昔から恋を大事にしてきた、ってとこかな?」
「昔から?」
「そう。なんでも何億年も、いや、もっと前から、ラヴァーズは愛を至上のものと定めていた。今でも僕達にとって愛は最も尊いものであり、至上としている」
「な、なんか随分と大層な話ね……」
「そんな事ないよ。多分、ご先祖様が恋愛結婚して、夢中になっちゃっただけじゃないかな」
「それはそれで矮小化し過ぎじゃない?」
どうにも色々極端なラヴァーズの解釈を指摘すれば、彼は「確かに」と言いながら笑う。
「兎も角、恋愛上手がモテるようになれば、当然そういう個体が子孫を残す。それを何億年も積み重ねた。なら、その末裔である僕達が恋愛上手なのは当然だろう?」
「あー……そう、なのかな。いや、でもそうか。異星人でも進化論は適応されるのか」
「そりゃあね。適したものが生き残る、より多くの子孫を残すのは、どんな生物でも同じ事さ」
語られた説明で、エミリーは納得した。エミリーは一応キリスト教徒であるが、あくまでもカジュアルな方。進化論は普通に信じているし、聖書は昔の人が考えたお話ぐらいに思っている。日曜の礼拝もサボりがちだ。
だから進化によって恋愛上手になったという説明は、そこそこしっくり来た。世代を超えた研鑽があるなら、それはもう上手で当然ぐらいなものだろう。
全ての生命は、多くの競争と淘汰を経て生まれてきた。人間もラヴァーズもそれは変わらない。自分達は、何十億年もの間受け継いできた遺伝子の、最も新しい継承者なのだ。
しかしそう思うと……
「なら、ちょっと申し訳ないかも。私達で末代にしちゃうのは」
エミリーはふと湧いた気持ちを言葉に出す。
ラヴァーズは異星人。人間とは生物学的な繋がりは一つもない。彼等の持つ遺伝子が、地球生命体と同じDNAであるかも分からないのだ。
人間とサルの間ですら子供を作れないのに、人間と異星人の間で子供なんてどう考えても無理。だから子供は諦めていたし、どうしても欲しければ養子でいいとエミリーは考えていた。
「え?」
ラヴァーズは、全然そんな事は考えていなかったようだが。
「え? ……いや、だって私達別種だし」
「別種だけど……あれ? もしかしてエミリー、知らなかった? てっきり知ってて僕と結婚してくれたものだと」
「な、なんの、話?」
「ラヴァーズは異種族相手でも子供を作れるよ」
さらっと明かされる、衝撃の事実。
「その辺りの説明は君のご両親にもしたし、結婚前に渡した書類にも書いてあった筈だけど……」
衝撃だが、既に伝えられている内容だったらしい。
大体結婚する時に聞かなかった自分も悪いかも知れない。彼と結婚出来るだけで満足して、子供や家族まで考えが至らなかった。それにラヴァーズは婚前交渉もしなかったので、今まで意識しなかったのも理由の一つである。
しかし知ってしまった事で、今は意識してしまう。
「……今のうちに訊くけど、エミリーは産む方と、産ませる方、どちらがいい?」
「ど、どちら、とは?」
「ほら。ラヴァーズには性別がないから、どちらも出来るよ。地球人の出産は負担が大きいと言うし、それなら君が選ぶべきかと思って」
おまけに彼から、将来の重要な選択まで迫られてしまう。
ただ、どちらもいいかも、と思う気持ちはハッキリ自覚していて。
「……ちょっと、考えてもいい?」
ほんの少し先延ばしにしてみれば、彼は勿論と躊躇いなくエミリーの考えを尊重してくれた。




