ケース:3
「はじめまして! 今日からよろしくお願いします!」
元気のいい、ハツラツとした女性が挨拶をしてくる。
向日葵のような笑顔、と言えば良いのだろうか。底なしに明るく、子供のように無邪気な笑い方だ。顔立ちも童顔で、幼い印象を受けるだろう。
けれども身体は大人、いや、大人の中の大人である。アメリカ人女性すら驚愕しそうな巨乳で、尻も大きい。身長も百八十センチはあり、肩幅も広い。ガッチリとした体躯だが、男らしい訳ではなく、女性的な柔らかさのあるスタイルだ。それでいて太っている訳ではない、絶妙な肉付きをしている。
人には好みがあるので一概には言えないが、身長以外は好む男性が多そうな容姿。
望月紗絵の前に現れたラヴァーズは、そんな見た目をしていた。
「……あ、あなたが、その、ラヴァーズ?」
「はいっ! 交流促進プログラムの一環として、民間人との共同生活実験で来ました。あ、確認書類を出さないとですね!」
これです! と言って元気よく出される書類。高度な文明を持つラヴァーズは通常業務で紙媒体を用いないが、今は地球に合わせて紙を使ってくれている。
二十六歳の現代人であるが、電子より紙を好む紗絵にとっては実にあり難い。ラヴァーズから書類を受け取り、目を通す。
目の前のラヴァーズから、逃げるように。
紙には、このラヴァーズが今日から紗絵と一緒に暮らす旨が書かれている。生活期間は定まっておらず、紗絵とラヴァーズのどちらかが打ち切りを宣言するまで続く。家事の分担などは紗絵達が話し合って決め、どちらかの負担が極端に重くない限り外部からの指示はない。住居は政府が支給した一軒家で行い、リビングやキッチンなど一部の部屋には監視カメラが設置されている。また、実験の報奨として月十万円が振り込まれる……
どれも事前に聞いていた通り。その全てを了承した以上、ケチなど付けようがない。
生まれて初めて見たラヴァーズの、この『見た目』以外は。
「(こ、これが、ラヴァーズ……)」
ごくりと、紗絵は息を飲む。
――――異星人ラヴァーズの来訪から三年の月日が流れた。
その間、世の中が大きく変わったかと言えば……先進国と呼ばれる国々では殆どないと言うべきだろう。ラヴァーズは宣言通り様々な技術提供を始めたが、主に環境問題やエネルギー問題、医療への有効策が多い。
これらの恩恵が大きいのは途上国で、先進国の生活は然程変化していない。実際は環境汚染や破壊が大きく減り、エネルギー効率も革命的に改善したのだが、一般人がそれを感じられるかと言えばそんな事もない。もう何年かしたら、空気が美味しくなったと感じられるかも知れないが。
そんな訳で先進国のラヴァーズ歓迎の動きは、落ち着きつつあった。
とはいえ大きな動きが何もない訳ではない。ラヴァーズと人間の関係は今も少しずつ進展している。
例えば移住計画。
ラヴァーズの地球移住は、少しずつ進んでいた。地球を来訪した年には移住目的である事が明かされ、翌年には計画の候補地の策定が行われた。そして昨年には候補者の募集が始まり、今年ついに移住実験が始まった。
紗絵は実験に応募した一般人の一人。政治家や科学者達と違い、ラヴァーズを見るのはこれが初めてだ。それでも噂ぐらいは聞いた事がある。
誰をも魅了する、美男美女であると。
「ね、ねぇ、確認、というか、お願い、したいのだけど」
「はい。私達で可能な事でしたら」
「じゃ、じゃあ、あ、あなた以外の人に、来てもらう事は、出来ないかしら」
言ってから、猛烈な後悔が押し寄せる。
初対面でこんな事を言うなんて、失礼極まりないと紗絵も理解している。それでも思わず言ってしまうぐらい、今の紗絵は動揺していた。
会話すらたった今数回言葉を交わしただけの相手に、顔がぐしゃぐしゃに歪むぐらい感情が掻き乱された。
傍目にも普通でない紗絵からの拒絶に、ラヴァーズは静かに微笑む。ほんの少しの間を空けて、紗絵の呼吸が落ち着くのを待つように沈黙する。
「理由を聞いても、いいですか?」
尋ねる時の言葉もとても優しく、責めるような感情は一切ない。
けれども紗絵にとって、その一言は逆鱗だった。頭に血が上り、今まで以上に考えられない。
「い、言わなくても、分かってるでしょ!? そんな、そんな見た目を、している癖に!」
罵声を浴びせるように、紗絵は叫んだ。指を突き付け、唾が飛ぶような激しい物言い。顔を真っ赤にし、目は血走る。
叫びはまだまだ止まらない。悪趣味だ、偉ぶっているのか、人の気持ちが分からない化け物め――――様々な罵声を浴びせてしまう。
そんな言葉を受けてもラヴァーズは決して怒らない。
静かに、けれども笑わず真剣に、紗絵の叫びに耳を傾けていた。紗絵がどんなに侮辱しても、理不尽な言葉を浴びせても、ラヴァーズは嫌な顔一つしない。けれども無視もしない。棘だらけの言葉を一つたりとも取りこぼさないと言わんばかり。
あまりにも真剣に聞いてくれるものだから、紗絵は段々と自分が情けなくなってきた。疲れから気持ちも落ち着き、言葉が途絶え、息を荒くするだけになる。
ラヴァーズはこの時を待っていたのだろう。紗絵が話を聞けるようになると、再び説明を始めた。
「まず、弁明をさせてください。確かに私達とこの国の政府は、あなたの身辺調査をしています」
「! な、なら……!」
「ですが、それはあなたが犯罪組織や陰謀論など、私達を害する可能性がないかを調べるためのものです」
ラヴァーズに言われて、それは確かに、と思う。ラヴァーズは地球外からの客人。もしも地球で怪我や死人が出れば、それは地球を揺るがす危機となりかねない。安全な人間に任せようと考えるのは自然だ。
「次に説明をします。私達の姿は、見る人によって変わります。他のラヴァーズが来ても、あなたはこのような姿に見えるでしょう」
そして続けられた話で、何があったのかを瞬時に理解する。
理解するが、納得まではいかなかった。
「み、見る人によって、違う……?」
「はい。具体的には、皆さんの『好み』の外見になります」
好み。
その言葉を聞いて、紗絵はかあっと顔を赤くする。図星を突かれた故の反応で、こうして反応する事自体が恥ずかしくて更に顔が熱を帯びていく。
紗絵はレズビアンだ。
同性である女性のみが性の対象で、男に興味はない。中学生の頃から自覚し、今でも女性にしか性欲を感じられない。
昨今は同性愛にも理解が進みつつあるとはいえ、未だ差別や嫌悪がないとは言えない。何より自分が『異端』である事が、紗絵には堪らなく怖かった。誰かに知られ、噂される事が恐ろしかった。
だから今まで隠していた。
そしてこの嗜好を変えたくて、実験に参加した。ラヴァーズが美男美女と聞いて、そこまで美しい男がいれば、自分もときめくかも知れない。普通の人のように男性を好きになれるかも知れない……
なのに、目の前に現れたのは好みの女。
それ故の動揺だった。
「……そうなのですね。すみません、配慮が足りず」
恐る恐る紗絵が自らの行動の理由を語れば、ラヴァーズは深々と頭を下げて謝罪する。
確かに説明不足はあったかも知れない。けれども感情的になり、わーわー叫んだのはこちらの過失。頭を下げるのはこちらの方だと、紗絵は恥ずかしさから身動きが取れない。
その間にもラヴァーズは、話を進めてしまう。
「我々は、あなたを苦しめるつもりはありません。もしもあなたが私達の姿を見て苦しいのであれば、私の方から上層部に連絡し、実験の打ち切りを申請します。勿論、あなたの嗜好については一切記録に残しません」
この実験が苦痛ならば下りても良い。その言葉は紗絵にとって、とてもありがたい申し出だ。
ラヴァーズの言葉に嘘や裏は感じられず、こくんと頷けば、何事もなく実験から抜けられるだろう。実験協力に対する謝礼の十万円は返却しなければならないかも知れないが、それを惜しまねばならないほど困窮している訳でもない。
きっと、頷くべきだ。普通になりたいのであれば。
だけど――――
「ね、ねぇ。一つ、聞きたいの、だけど」
「はい。一つと言わず、疑問点があればなんでもお聞きください」
「あ、あなたの姿が、自分好みに見えるって……私だけでなく、ほ、他に人にも、そう見えるの?」
「そうです。ですから、あくまで一般的な傾向ですが……男性からは女性に、女性からは男性に見られる事が多いです」
人によって見方が違う。
言い換えれば、自分がラヴァーズをどう見ているかは誰にも分からない。自分の好みが同性である事も、性的な女に欲情している事も、傍目には全く分からない。
だから彼女達となら、デートだって同棲だって堂々と出来る。
――――そこまで考えて、ふと理性が引き留める。
何故、恋愛出来ると思っているのか。
好みの外見になるとは言ったが、色欲を向けられて構わないとは言ってないのに。
「あ、あなたは、それでいいの? お、女に、同性に欲情する女と一緒で……」
「我々には性別がありません。ですから相手がどのような性別であっても、惹かれる事は問題ありません」
「そ、それでも、性的な目を向けられるのは、その……」
「一つ、補足を付け加えますと、私達ラヴァーズは性欲を肯定しています」
紗絵の背中を押すように、ラヴァーズはにっこりと微笑む。
今までと違い、ほんの少し蠱惑的に。
「私達はあらゆる愛を肯定します。異性愛は勿論、同性愛も私達にとっては異端ではありません」
そして――――前置きの言葉の後、ラヴァーズはそっと紗絵の手を掴む。優しく、包み込むように、結び合う。
「性愛もまた、愛の形の一つ。どうして拒む必要があるのでしょう? 私達と地球人の間に愛が育まれるのであれば、それはとても喜ばしい事です」
そのまま告げた言葉は、まるで告白のよう。
かあっと、紗絵の顔が真っ赤に染まる。ただし今度は純粋な羞恥心と、好みの女性からの言葉への嬉しさだが。
「そ、そうなると、いい、わね……」
「はいっ! っと、何時までも玄関で立ち話もなんですね。家の中に入りましょうか」
ラヴァーズに促され、紗絵は家の中へと連れられていく。傍に寄っただけで、いい匂いがするのは気の所為か否か。
色欲を告白した相手にこの近さ。一体何処までこの異星人は受け止めてくれるのか。
底なし沼に足を踏み入れてしまったような感覚を覚えるが、沈みゆく心地良さに勝てるとは思えなかった。




