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好きなだけ翻訳していいと言われて後妻になりましたが、年上伯爵様に甘やかされすぎています!  作者: 有梨束


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第12話 シリルの部屋

「お邪魔します…」

シリル様に手を引かれて、はじめてシリル様の自室に入った。


屋敷の中よりもさらにシンプルで、どちらかというと殺風景で、さすがに驚いた。


何もない…、なんだかこの部屋だけ妙に寂しい。


シリル様に手を繋いでもらえて、心臓がいつもよりちょっと速い。

その手のままにベッドの淵まで連れて行かれた。


「すまないね。椅子が一脚しかないから、ここでいいかい?」

「は、はいっ!」


声が上擦った…。


…今、絶対恥ずかしい勘違いをした!

シリル様がそんなつもりないに決まっているじゃない!

今までだって何もなかったんだから、一晩一緒に過ごす関係へと飛び越えるわけがない。

私たちは夫婦だけど、そうじゃないんだから!


そんな雰囲気なったことないしっ…!


うわああ、ああ、もう欲張るなあ〜〜!!!


シリル様がそっと私をベッドに座らせてくれた。

その横にシリル様が並んで座ると、私の下も少し沈んだ。

今までで一番距離が近いかもしれない。


ここで、いつもシリル様が寝ているんだ…。


「…メリンダ、私も悪かったね」

「へ…?」

「メリンダに避けられているのかと思って、その、距離を空けてしまった」

しょんぼり肩を落としているシリル様が隣にいて、胸がキューっとしてくる。


か、可愛い顔しないでもらっていいですか…!

そんな子犬みたいな、うっ、だめだ。

好きだと自覚したら、前よりずっとシリル様が可愛く見える…!

今、私が頭を撫でてあげたくなったよ…。


「情けない話だが、どうも女性に対してはどう接していいのかわからなくてね」

乾いた笑いが漏れて、シリル様は頭を掻いた。


それは初耳だ。

女性が苦手なのかな…?

息子さんしかいらっしゃらないし、この年代の女性の扱いが難しいとか?

今までそんな素振り、見たことないな。

どちらかというと、スマートでリードしてくれるイメージだけど。


「そんなふうに感じたことがなかったので、意外です」

「メリンダの前では、年上らしいところを見せようとしているからかな。実際は、そうでもないんだよ」

「シリル様は、いつも大人なのに?」

「ふふ、じゃあうまく取り繕えているわけだ」

シリル様は冗談っぽく言ったけど、弱々しく笑っていた。


どうして、寂しそうに見えるんだろう。


「私っ、ルイーゼ様とお友達になれたんですっ!」

「ん?」

「旧古代語の手紙は、資料を見ながら作ったそうです!」

「えっと」

「初見であそこまで書き写せるのはすごいですよね!」

「うん、そうだね」

「あと、それ、そのっ」

「ふふふ、メリンダ。落ち着いて、どうしたの?」

とにかく捲し立てるように話したら、シリル様はびっくりしたようにくすくす笑った。


そのまま手が伸びてきて、頭を撫でられた。

よしよしされているみたいだけど、今はそれすら嬉しい。


シリル様の顔から寂しさは消えていて、心の中でホッとする。


その目が私を映してくれるから、もっと知りたくなってしまう。


「…私、シリル様のこと、何も知らないんだなって」

「おや、ルイーゼ嬢は何か言っていたかい?」

「シリル様は、女性におモテになるとか…?」

「やれやれ、ルイーゼ嬢も女の子だねぇ」

眉を八の字にして苦笑いしているシリル様は、私に向かう笑みとは少し違った顔をした。


あれ、この笑顔って、確か…。


この笑みは、エルウィン様が帰っていらした時にしていた笑顔に似ている。


私の願望かもしれないけれど、お子さんに見せる笑顔な気がする。

優しく見守っているような。

それがどう私へのものと何が違うのかと訊かれたら、うまく答えられないけれど。


「それで、私の奥さんは何が知りたいのかな?」

私の顔を覗き込むようにして、シリル様は口の端を上げた。


ち、近い…!


意地悪そうな顔が、なんだか機嫌良さそうに見える。


むむむ、揶揄われているのかなぁ…。


シリル様のことで知りたいこと。

そんなの、全部知りたい。


どんなふうに育って、どんなふうに過ごしてきたんですか?

司書のお仕事は、いつ興味を持ったんですか?

どうして再婚話がたくさん来ていたのに、私にしたんですか?

前の奥様とは、どのように過ごしていたんですか?


私のこと、どう思っていますか。


「…シリル様が騎士様だったら、もっとモテそうですね」

「あはは、騎士が好きなご令嬢は多いからね」

「司書様も素敵ですけどね」

「私には魅力的に思えるけど、世の中はどうかねぇ」

「司書には、ずっとなりたかったのですか?」

「んー、どうかな。子どもの頃からなんとなく本に関わる仕事に携われたら、しあわせだろうなぁとは思っていたよ」

「じゃあ、本当に叶えてしまったんですね、すごい…!」

「そんなにいい話でもないんだよ」

「…それ、お聞きしてもいいですか?」


私が見上げると、シリル様は私の頬を1回だけ撫でた。

驚く前に、その指先が冷たい気がして、そちらの方が気になる。


「ルース家が騎士を輩出している家系だというのは、知っているね?」


それは昼間にルイーゼ様が言っていた話だろうか。

私は黙って、頷いた。


「…まあ、そんなわけで私も騎士になるように育てられていたんだよ」

「剣もお得意なんですか?」

「人並みにできる程度さ。騎士を目指しても、フェルナンドみたいに出世はしなかっただろうねぇ」

「へぇ〜!まさに騎士の一族ですね」

「そう。…だから、司書を目指すことにした時は、勘当されそうになってね」

「えっ!?」

あまりのことに、口を手で覆った。


勘当って言ったら、古書店のネイデンさんは表向きそういう話にしていると言っていたけど、シリル様は本当に平民になるかもしれなかったってこと…?


「まあ、それは免れたからこうして司書にもなれたし、当主にもなったんだけどね」

「…どうしても騎士でないと、いけなかったんですか?」

「ん〜、父はそれが当たり前だと信じて疑わなかったから、それ以外は意味がわからなかったんだと思うよ」

「…それは、なんかわかる気がします」


翻訳が趣味なんて意味がわからないと思われてきた側だから、そういう人がいることは聞かなくてもわかる。

それで、シリル様は私に特段優しいのかもしれない。

若き頃のご自身と重なるのかな…。


「私としては不得意なことを無理に続けなくてもいいだろうと思っていたし、なんせ周辺国も含めて平和だからねぇ。騎士になったとて、何か役に立つ自信もなかったんだよ」


シリル様は、いつものひだまりの声なのに、少しだけ湿っぽかった。


「…それは、戦略的撤退なのでは?」

「ふはは、それは良い言い方だ。そうだね、私としてもそのようなつもりだったよ」

「それに、司書様のシリル様の方が、シリル様っぽいです…!」

「そうなんだよ、騎士は性分に合わなくてね。まあ、それで一応、父には納得してもらって司書の道を目指したわけだ」

「それで本当になれて、司書長にまでなっちゃうのがすごいです…!」

「ありがとう。…それでも、ずっと良い顔はされなかったねぇ」

その顔に翳りが見えて、グッと苦しくなった。


笑ってほしいなんて言わない。

無理して笑ってほしいわけじゃない。

ただ、私はそう思わないと伝えたかった。


それじゃあ、全然役になんか立たないけど。


私は恐る恐る膝の上にあったシリル様の手に、自分の手を重ねた。


シリル様は私を見てから、ゆっくりと位置を変えて、私の手を握ってくれた。

少しだけ、ドキドキしている自分もいる。

指と指の間に、シリル様の節くれた指を感じて、大人の男の人の手だなと思った。


目線の先には、口元を緩ませているシリル様がいた。


「そして、司書になる代わりに他のことは全部引き受けろと言われたから、こうして当主になったわけさ」


笑い飛ばすみたいな言い方に、私は拒否されなかった手を強く握り返すことしかできなかった。


「シリル様は、当主になりたくなかったのですか…?」

「向いていないとは思っていたねぇ」

「…シリル様は、お嫌だったかもしれませんけど」

「ん?」

「ご当主様になってくれてよかったです。じゃなかったら、…この結婚も、なかったと思うので」

最後の方は消え入りそうだったけど、ちゃんと自分の気持ちが言えた。


シリル様が好きだと気づいて、はじめて自分の口からこの結婚がよかったと伝えられた。


…この想いをどうしていいのか、まだ決めきれていないけれど、これくらいなら言ってもいいかな。


それに、言葉にできたら、この気持ちと向き合う勇気が湧きそうな気がして。


シリル様がどう思っているか気になって、チラリと顔を見た。


すると、繋いでいる方の手が、シリル様の頬の辺りまで持っていかれた。

そのまま一息吐いた空気が、私の手を掠めた。

思わず、指がピクリと動いた。


いつもの優しい眼差しが、艶っぽく見えた気がして、全身がソワっとした。


「逃げずにやってきた先に、メリンダとの出会いがあったと思うと、これまでのことも悪くないと思えるね」

そう言って紫色の瞳が伏せられて、私の手の甲にそっとキスが落とされた。


その動きを、じっと見ていることしかできなかった。


だけど、唇のわずかな湿り気と柔らかさを敏感に感じ取って、カーッと熱くなっていく。


そんなのはお構いなしに、シリル様のまつ毛が上がって、濡れた紫色が私を捉える。


「むしろ、全て報われたと言ってもいい」


一瞬漂った妖艶さが消えて、にこやかに表情に変わっていくのを、やっぱり見ているしかできなかった。


目が、離せなかった。


「メリンダは、私の幸運だからね」

「お、大袈裟ですっ…!」

「そんなことないさ。君の存在にどれだけ助けられていることか」

シリル様は私の手に頬を擦り付けて、愛おしそうに笑った。


…こんなの、ずるい。

意識するなと言う方が、無理がある。

シリル様にとっては親愛かもしれないけど、免疫のない私からしたら、勝手に心がふわふわと浮き立ってしまう。


…好きです、シリル様。


「メリンダは、どんな子ども時代を過ごしたんだい?」

「私、ですか?」

「ああ、メリンダの話も聞かせておくれ」

シリル様は、手を握ったまま目を細めた。


「私は、そうですね、貴族の娘とは思えないほど、野原を駆け回って育ちました」

「おやおや、活発な子だねぇ」

「母が私の出産の時に亡くなったので、私だけ田舎の祖父母に預けられていたんです。お姉様たちもいないし、近所に子どももいなかったので、1人遊びが当たり前でした」

「そうか」

「そしたら、どんどん1人遊びが上達しちゃって」

「ん…?」

「お祖父様の本と辞書を勝手に持ち出して、原っぱで読むのが日課になっていました」

私がわざとらしく深刻そうに答えると、シリル様はプハッと吹き出した。


「はははっ、それは実にメリンダらしい!のびのび育ったんだねぇ!」

「おかげでこの通りです」

「それはいいことだ、メリンダらしく育ったわけだ」

「お祖父様は学はあっても困らないと、遊びで翻訳するようになってもお咎めなしだったので」

「いいお祖父様じゃないか。クラーク家の伸びやかさは、そういうところからくるのかもしれないねぇ」

「お父様に関しては、ぼんやりしているの間違いかと…」

「ははは、手厳しい。…幼い頃は、寂しくはなかったかい?」

案じるような瞳に、私は小さく笑った。


「うんと小さい頃は、どうして私だけ祖父母といるんだろうって思っていました」

ここで嘘を言っても、シリル様には見透かされると思う。


それに、ありのままを話して、聞いてもらいたい自分もいた。


「でも、デビュタントと貴族学校のために王都に移り住んだ時に、お父様は私を守ってくれていたんだなとわかって、寂しさは自然となくなりました」

「…メリンダは、優しいね」

「お父様は器用じゃないので、年頃のお姉様たちだけで精一杯だったろうし、きっと私にまで気を回すのは難しかったはずです。それで疎外感を感じるよりは、ずっとよかったなって」

「そうかい」

「はい。…あと、幼少期の私では王都は合わなくて、どのみち田舎暮らしになっていた気がするので」


ある程度大きくなっていたから、学生時代の暮らしにも順応できたと思っている。

それは、田舎で祖父母に教えられながら、備えてきたからだ。

他の誰もいないで、私だけを面倒見てくれたから、のんびりだった私でも準備できたところがかなり大きい。

はじめから王都暮らしだったら、もっと消極的な子になっていた可能性もある。


私はこれでよかったと、今はすごく思っている。


「それで翻訳好きのメリンダが生まれたのだから、きっとよかったんだろうね」

シリル様は、なんでもないことのように微笑んだ。


やっぱり、シリル様が好きだな、私。


胸の奥の方が、ポッと温かくなる。


シリル様の好きなところは、こういうところだ。

頭ごなしに否定したりせずに、あるがままを受け取ってくれる。

今までだったら、「可哀想に」と同情されたり、なんと返していいのかわからなさそうにはぐらかされたり。

私がいいと言っているのに、お父様を非難し始めたり。

なんとも言えない気持ちになることが多かった。


そんなリアクションばかりではもちろんなかったが、手渡したものをそのままに受け取ってくれるのは、シリル様のすごいところだ。


「そうなんです。私からしたら、最高の学びの期間でした」

「ふふふ、メリンダは強いねぇ」

シリル様は、もう一度私の手の甲を頬に寄せた。


「ありがとう、話してくれて。メリンダのことが知れて嬉しいよ」

「私もシリル様のこともっと知りたかったので、嬉しいです!」


えへへと笑うと、真剣な眼差しで見つめられた。


私も、淡いアメジストの目を見つめ返した。


どちらともなく沈黙し、ただお互いの存在を、目で確かめ合った。


シリル様の目は、いつも綺麗だな…。


しばらくそうしていて、ずっとこのままいたかったけれど、シリル様が私の部屋を去る時みたいに、今日は私が出ていく番だと気づいて、先に目を逸らした。


名残惜しい気持ちを抑えて、立ちあがろうとした。


「それじゃあ、そろそろ私お暇しますね」

「メリンダ」

まだ離れていなかった手をグイと引っ張られて、立ち損ねた体のバランスが崩れた。


「あっ」

「す、すまない。大丈夫かい?」

シリル様の胸の中に収まるようにポスンと倒れて、気づいたら支えられていた。


「は、はい、すみません…」


全然大丈夫じゃないですっ!

こんな至近距離、い、息ってどうやって吸うんだっけ…!

膝の間は、なんかまずい気がするっ…!


慌てて離れようとしたけれど、空いているもう片方の手が何故か私の背を撫でた。


「シ、シリル様…?」

「メリンダ、私は…」

顔を上げると、すぐ近くにシリル様の顔があって、顔が赤くなるのに時間はかからなかった。


どうしていいのかわからず、ギュッと目を瞑った。


シリル様の、息の吐く音が、鮮明に聞こえた。


近づいてくる気配がした時、シリル様と触れている部分の、膝の間の何かが膨らんでいるように感じて、何も考えずにそちらを見た。


硬い、膨らみ。


…え、っと、これって、あの。


「あ」

声が漏れてしまって、まずいと思ってシリル様の顔を見たけど、もう遅かった。


「……すまない。生理現象とはいえ、…私もまだ若かったみたいだ」

私のことが言えないくらい、シリル様の耳が赤くなっていって、一気に気まずさが部屋中を包んだ。


…えっと、どうしたらいいのかな。


…さすがに疎い私でも、教えられた知識くらいはある。

それは、つまり、そういうことですよね。

私、対象内だと思っていいのかなっていうのは、あまりにも都合が良すぎる…?


「…メリンダ」

「あ、あのっ!私も子どもじゃないので、わかります!…それに、貴族としての教育も一通りは受けてきましたしっ、シリル様がお嫌じゃないなら、そのっ」


上手く言えなくて、まとまらないまま口走ったのが、いけなかったのかもしれない。


シリル様の顔に、憂いが浮かんでいったように見えた。


それから、私の体をゆっくり起こして、繋いだままの手を軽く握られた。

拒絶ではないけれど、一線を引く『何か』だった。


「気を遣ってくれてありがとう、メリンダ」

「いえ、私…」

「…でも、これ以上は愛がないと辛いからね。無理しなくていいんだよ」

どうしてだか、優しい顔でそう言われた。


子どもをあやすでもなく、嫌がられているわけでもなく、ただ1人の人間としてそう言われた気がした。


愛がないって、私がまるでシリル様のことが好きじゃないと言われたみたいで、繋いでいるはずの手が冷たくなっていく。


今まで見たことのない笑みを浮かべていて、その顔がこびりついて離れなかった。


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