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告白

 意識が真っ白な光の中に浮上していく。


 耳の奥でずっと鳴っていた激しい音や匂いが、遠い夢のように霧散していく。


 重たいまぶたをゆっくりと押し上げると、視界に入ってきたのは見慣れない白い天井だった。


 「ここは……どこ?」


 自分の声が驚くほど枯れていることに気づく。


 首を横に動かすと、点滴のチューブや心電図のモニターが目に入った。


 どうやら、病院にいるみたい。


 最後に何をしていたのか思い出そうとすると頭の芯がふわふわとして、温かい日差しの中にいた記憶だけが残っている。


 その時、病室のドアが開いた。


 「――っ!」


 入ってきた気だるげな表情の看護師さんが私と目が合った瞬間、持っていたトレイを落としそうなほど息を呑んだ。


 「お目覚めに、なられたんですか……?」


 震える声でそう尋ねると、彼女は答えを待たずに大声で廊下へと走り出した。


 「先生! すぐに来てください! 〇〇号室の患者さんが……! 安静にしておいてくださいね!今、主治医がきますから!」


 静かだった廊下に慌ただしい足音が響き渡る。


 その大声に反応して、私のベッドの傍らで丸まって眠っていた一人の少女が顔を上げた。


 少女は目をこすりながら私を見て、そのまま固まってしまった。


 言葉を失くしたように、ただ呆然と私を見つめている。


 私はそのどこか面影のある、けれど大人びた少女の顔を見て記憶の糸がふっと繋がった。


 「あなた……もしかして、怜?」


 私の言葉に、怜と呼ばれた少女――雪乃宮怜は大きく肩を震わせた。


 大きな瞳から溜め込んでいたものが決壊したように、大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちる。


 「まさか……お姉ちゃん、やっと起きた。……よかった、本当に……よかった……っ」


 彼女は私の手を握り締め、声を殺して泣きじゃくった。


 なぜ彼女がこんなに泣いているのか、私にはわからない。


 けれど、彼女がずっとここで私の帰りを待っていてくれたことだけは肌に伝わる熱で理解できた。


 「ごめんね。心配かけちゃったかな」


 私は弱々しい手で、怜の柔らかな髪をそっと撫でた。


 頭の中にあるのは大好きな「先生」と過ごした、幸せな日々の記憶。


 優しく名前を呼ばれ、愛されていたあの穏やかな時間。


 なぜ自分がここにいるのか。


 そんな真実は今の私の幸福な意識の中には、塵一つ残っていなかった。


 窓から差し込む午後の光は、驚くほど穏やかだった。


 私は怜の手を握ったまま、あらためて彼女の顔をじっと見つめる。


 「……怜。本当に、こんなに大きくなったんだ」


 私が知っている怜はもっと背が低くて、いつも私の後ろをついて歩くような小さな女の子だったはず。


 けれど目の前にいる彼女は背も伸びて、少し大人びた綺麗な服を着ている。


 「……当たり前だよ。お姉ちゃんがずっと眠っている間に、私、もう大学生になっちゃったんだから」


 怜は照れくさそうに鼻をすすり、ハンカチで乱暴に目元を拭った。


 昔と変わらず、甘えん坊の怜がそこに居た。


 「大学生……。じゃあ、お勉強とか大変でしょ? 怜は昔から、私よりずっと賢かったもんね」


 「そんなことないよ。……勉強なんて、お姉ちゃんがいなきゃ全然楽しくなかった。……ずっと、お姉ちゃんに教えてもらいたかったんだから」


 怜は少し唇を尖らせて、私のベッドの縁に腰掛けた。


 その仕草がいつか見た昔のままで、私は思わずクスッと笑ってしまう。


 「ふふ、ごめんね。これからはまたたくさんお話しできるよ。怜がどんな学校生活を送ってるのか、全部教えて」


 「……うん。……色々、あったよ。本当に、色々。……でも今日からはまた、普通の話ができるんだよね」


 怜の声が微かに震える。


 彼女がこの数ヶ月、あるいは数年、どんな思いで、どんな場所で戦ってきたのか。


 どんな覚悟で私のいなくなった世界を歩いていたのか。


 何も知らない私は、ただ彼女の温かい手を握り返すことしかできなかった。


 「お姉ちゃん。……お腹、空いてない? 何か食べたいものある?」


 「そうだね……。怜の剥いてくれたリンゴが食べたいかな。昔、よく二人で食べたでしょ?」


 「……リンゴ? ……あはは、お姉ちゃんらしいや。分かった、後で買ってくるね。一番高い、美味しそうなやつ」


 等身大の大学生として、しかし時折幼い顔を見せながら笑う怜。


「高くなくてもいいんだよ。怜となら、なんでも」


 怜はこちらを見つめる。


 私たちは失われた時間を取り戻すように、とりとめもない会話を重ねた。


 「ねえ、怜。……好きな人とか、出来たりした?」


 私の唐突な問いかけに怜は一瞬だけ息を呑み、それからあからさまに視線を泳がせた。


 学校ではきっと、誰よりも大人びて振る舞っているであろう彼女が今は耳まで真っ赤にしている。


 「……うん。……いるよ、一人だけ。……だけど、その人にはもう、心に決めた人がいるんだ。私なんて、入り込む隙もないくらいにね」


 怜は自嘲気味に微笑み、窓の外の遠い空を見つめた。


 その寂しげな横顔が少しだけ切なくて、私は彼女の手をぎゅっと握りしめる。


 「それでもいいじゃない。……その人を想う気持ち、それだけで十分素敵だよ。誰かをそんなに真っ直ぐ好きになれるなんて、怜はとっても優しい子に育ったんだね」


 「……はは。本当にお姉ちゃんらしいね。……そういうところ、全然変わってない」


 怜は困ったように笑い、それから話題を変えるようにサイドテーブルの隅に置かれていた古い小さな箱に指を指した。


 「そういえば、ずっとそこに置いてあるけどこれ何? 看護師さん、お姉ちゃんがずっと離さなかったものだって言ってたけど」


 「……あ、これ……」


 その箱を見た瞬間、記憶の奥底から甘い熱が溢れ出してきた。


 私は大事にその箱を手に取り、ゆっくりと蓋を開ける。


 中から現れたのは蛍光灯の光を反射して、静かに、けれど力強く輝くプラチナのリングだった。


 「早く、あの人に会いたいな。……あの人、いつまで経っても言ってくれないから。だから、もう私から言ってあげるって決めたの」


 私は指輪を見つめ、これ以上ないほど幸せな笑顔を浮かべた。


 「綺麗でしょ?驚くかな……ねえ、怜。あの人、今どこにいるか知ってる? 早く、会いたいな」


 今までの生活が走馬灯のように浮かぶ。


「この指輪、ずっと内緒で準備してきたんだ。そしてね、こう言うの」


 私はこれからの未来を想像して、溢れんばかりの笑みをこぼす。


 「私と、結婚してくださいって」

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