■手袋
十一月も終わりの頃から、冬の寒さはやってくる。冬服と言えども、所詮はセーラー服。至るところから入り込む隙間風の冷たさに耐えながら、日々登下校を繰り返す。
私はこの時期、コート、マフラー、手袋を完備し、凍てつく寒さをやり過ごしていた。
「あー。寒い。まじで寒い。」友奈が部室兼器具庫で着替えながら叫ぶ。
「寒すぎて帰りたくないよね。」里美も同意し、日の落ちて一面真っ暗になった窓に目を向ける。
「コタツ背負って帰りたい。」絡まったマフラーをスポーツバッグから取り出し、ほどきながら知恵が言う。
「私はハワイに行きたい。」私も会話に参加する。
「それ賛成。」
「え、私も行く。」
取り留めの無い話に花が咲く。
「おーい。お前ら。もう閉めるぞ。」コーチの村田先生の声が聞こえた。
「やば、急がないと。」知恵が急いでマフラーを首に巻きつけ、器具庫から出て行く。
皆も自分の持ち物をスポーツバッグに詰め込み、防寒具を片手に抱え、知恵に続いてバタバタと出て行く。
体育館の外に一歩出ると、重く冷たい冬の夜の空気で満ちていた。
日没後の空には、僅かばかりの星が、針で突いた穴のような光を放っていた。
「はあー。やばい、見て、めっちゃ白い。」実月が息を吐き出し、小さな雲を発生させる。
「今日は一段と寒いね。」友奈が白いため息をつく。
「美香の手袋いいな。暖かそう。」里美が私の手袋を見て、羨ましそうに自分の手をこする。
「めっちゃ暖かいよ、これ。中が二重になってるから超防寒。」最近買ったばかりの手袋を自慢するべく、両手のひらをパクパクさせ、見せびらかす。
「いいな。私にも片方ちょっと貸して。」実月が言う。
「いいよ。はい。」左手の手袋を外し、実月に渡す。
「ありがとう。じゃあ、暫く借りるね。」手袋を受け取ると同時に、いたずらっぽく実月がニヤリと笑う。
「え、ちょっと。待って。」
「じゃあね。また明日ね。」実月は手袋をはめた左手を振ると、さっさと校門を出て行ってしまった。
私の左手の手袋が返ってこないまま、二か月近くが経った頃だった。
「昨日ね、なお君と初めて手を繋いじゃった。」牛乳を受け取りに向かう小道で、実月が嬉しそうに話す。
実月は一か月前くらいに、彼氏が出来たばかりであった。彼氏のなお君は、同級生かつ男子バスケ部の一員だった。
部活動終了の後、体育館の閉館タイミングに合わせて、男女共にバスケ部員は解散する。
必然的に、なお君と実月が一緒に下校する姿を何度も目にしている。手なんかとっくに繋いでいると思っていた。
「お、ついに!」驚きは無くとも、興味は十分にある。
「そう。ついに!」
「どうだった?緊張して手汗とかかく?」
「もうめっちゃ緊張してやばかった。手汗怖いから手袋越しに繋いだ。」
「え、手袋?」
「美香の手袋。」実月が照れながら笑う。
「なんで!私の手袋めっちゃ邪魔してる…。」
「邪魔なんかじゃないよ。助かってる。」
「なお君なんか言ってなかった?」
「特に何も?」
「そういうもんなのかな。」彼氏が出来たことの無い私は、取り敢えず納得しておく。
「あ、でも少し驚いてたかも。なんか、「手繋いでいい?」って聞かれたから、「左手なら良いよ」って答えたら、ちょっと間が空いた。」
「それ、なお君ショック受けてない?」
「なんで?」
「いや、だってさ、なお君と直接手を繋ぎたくないみたいでさ。」
「えー。まあ、でも事実、直接手は繋ぎたくないよね。」
「誤解してそう…。なお君は実月にべた惚れだから、誤解で喧嘩になること無いとは思うけど、ちゃんと理由話なよ。」
「嫌だよ。手汗の話とかしたくない。」実月が突っぱねる。意見を曲げない実月にはこれ以上言うまいと思い、私は口を閉じた。
手袋が原因ではないが、実月となお君の関係は、二か月と保たなかった。そして、役目を果たし終えたはずの手袋は戻ってこないまま、春が近づいてきた。