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ディープ・エンカウント2

 なぜそうなったかなど知る由もないが、枢木玲奈という女は俺がこの十五年の人生で出会ったなかではぶっちぎりの変人といって間違いない。数年前、同じ小学校で通っていた頃の彼女は、少なくとも俺の記憶にある限りでは目立つような存在ではなかったはずだが。

 俺の母校は小中一貫だったが、玲奈は小学校を卒業したあと、別の中学に進学した。昨日の眩暈がする強烈な自己紹介で話した内容が真実であれば、中学時代が東京の学校で過ごしたと考えていいのだろう。小学校では周りの女子に埋もれていた少女が高校では転校初日から頂点に輝く存在となってしまうあたり、東京とは俺達田舎者が考えるより遥かにレベルが高いらしい。何のレベルか、それを言語するのは難しい。


 とにかく、昨日の授業後、教室から玲奈がさっさと出ていったあとの教室は騒がしかった。無論彼女に関するアレやコレが主な話題だ。彼女が変わり者だからという理由だけではなく、転校初日だというのに堂々としていて、お友達探しもせずに真っ先に帰ったこともクラスメイト達の興味を惹きつける一因となったのは語るまでもない。奴らは俺にも玲奈の小学校時代のことを訊いてきたが、「あんな性格ではなかった」とだけ答えて、バイトの時間が迫っているという名目で騒然とした教室から脱出した。実際はもっと色々と喋ったかもしれないが、よく覚えていない。


 メインヒロインが嫌いだとか、王道がどうとかいっているが、お前自身はどうなんだと問い詰めたくなるような波乱を巻き起こす王道の転校生。俺は玲奈をそんなふうに思っているが、今朝の駐輪場での彼女の主張を聴いた感じでは、本人にはあまり自覚がないのかもしれない。「お前こそ王道のツンデレ転校生じゃねぇか」なんていえば油の注がれた火のごとくキレるだろう。彼女についてまだあまりよくわかっていない現段階では、攻めた発言は控えるべきだと自戒した。


 まぁ、そうはいっても枢木玲奈は王道のツンデレ転校生だ。ツンデレの後半部分があるのかは未知数だが、深く考えてもわからないので、ひとまずあると仮定して話を進めようと思う。ツンツン転校生かもしれないが、いずれにしてもあと数歩でまたぐ教室の入口を越えれば、そこにはクラスメイトの奇異な視線を独占して無愛想面で頬杖をつくサイドテールの少女がつまらなそうに座っていることは想像に易い。転校生の翌日は、クラスメイトから囲われているか、避けられているかの両極端のどちらかだ。そして創作物では読者や視聴者の心を射止めるといった理由から、避けられるパターンのほうがありがちだろう。平和ではその後の物語をおもしろくするのが難しいと、俺は教室に到達するまでの短い廊下で想像して、納得した。


 駐輪場でかき回されたばかりなのに、またあいつの相手をするのか。だが誰からも話しかけてもらえないのは可哀想なので喋ってやるか。そんな少し上から目線の姿勢で教室に入った俺の目に映ったのは、やはり自席に座って頬杖をつく玲奈の姿だった。


「玲奈ちゃん東京に住んでたんなら芸能人ともいっぱい会ったことあるんでしょ? いいな~。あたしも推しと会いたいなあ!」

「たしかに会ってるかもしれないけど、気づけないものよ。電車は基本すし詰め状態なうえ、人の数が段違いだもの。誰かと会う約束をしてないときは、友達とすれ違ったってスルーしてるかもしれないわ」

「そんなことあるの!? えーすごーい。人が多いってどれくらい? 夢の国くらい?」

「休日の夢の国くらいか、それ以上じゃないかしら」

「うちも東京遊びにいったことあるけど、どこにこんな住んでるんだろうってくらいいたもんねぇ。でもいいなぁ玲奈ちゃん。東京に住んでたら夢の国にも行けるもんね。やっぱ年間パスポートもってたの?」

「電車で一時間くらいの場所に住んでたけど、中学生のあたしに年間パスポートなんて無理よ。向こうの友達といったことはあるけどね」

「まぁそうだよねー。親も好きじゃないと年間は厳しいよねー」


 ――あれは本当に枢木玲奈か?


 教室に入ってすぐの位置から動けずにいる俺の視界に、信じがたい光景が広がっている。動けないのは、単に彼女の周りにできた人だかりが巨大すぎて自分の席に近づけないだけだが。

 駐輪場から先に教室に戻った玲奈を囲っていたのは、同姓のクラスメイトだけではなかった。


「枢木さんは前の学校で彼氏つくったの?」

「いきなり踏み込んだ質問するわね。あたしを狙うつもり?」

「そ、そういう意味で訊いたんじゃないよ! あー、こんな反応をすると誤解されるかもしれないけど、本当にそうじゃないから。俺にも彼女いるし」

「そう。ほんとに誤解させるから、その性格は矯正したほうがいいわ。彼女にフられるわよ」

「お前いきなり『彼氏は?』はねぇわ。例の制度がなかったら、お前ぜってぇまだ彼女できてねぇわ」

「あんまりきついこといったら可哀想でしょ? で、そんなあんたからはどんな質問がくるのかしら?」

「質問? いやあ質問っていってもなぁ…………好きな食べ物とか?」

「そんなの訊いてどうすんのよ! ウケ狙い?」

「だよなー!」


 談笑。そこには昨日の無愛想な転校生だった少女の姿はどこにもなかった。

 このままでは始業まで喋り続けそうだったので、俺は意を決して玲奈を囲う人だかりに近づいた。俺の接近に気づいた連中が道をあけると、自席に座る玲奈の視線が上がり、俺と目が合った。


「あ、隆志。ちょっとあたし職員室に用事があるから、ついてきてくれないかしら?」

「なんで俺がついていかないといけないんだ。昨日いったはずだから場所くらいわかるだろ」

「荷物があるかもしれないでしょ。手伝ってくれてもいいじゃない」


 俺が近づいた際に大半は離れたが、席に座る玲奈の両脇にはまだ男女が二人ずつ残っている。いつの間にか侍らせた玲奈のお友達が、渋る俺に対して一斉に非難の眼差しと声を浴びせてきた。

 ――ああ、なんだろうこれ。俺の日常の何かが狂ってしまったような気がする。


「……わかったわかった。手伝えばいいんだな」

「決まりね。じゃあすぐに行きましょう」


 断ればクラス内での信頼が地に落ちる状況を作り上げられていたので、首を縦に振らざるを得なかった。楽しそうにクラスメイトと会話していたのだから、そのまま時間を忘れて喋り続けるか、そのうちの誰かと行けばよかったのに。

 自席に座ろうと思って近づいたというのに、結局俺は椅子に座ることもできないまま鞄だけ机に置いて、玲奈の付き添いとして教室の外に出た。

 

 迷う素振りもなく職員室への最短ルートを歩く玲奈に、俺は横目をやった。


「教室で待ってるっていったのは、こうして俺を手伝わせるためだったのか。駐輪場で待ってたのも、よくわからんが教師からの面倒事を押し付けるためだったんだな」

「なに勝手に勘違いしてんのよ。あんたのそういうところが王道主人公だっていってんでしょ。もう名前で呼ぶのをやめて、テンプレ野郎と呼んでもいいかしら?」

「王道もなにも、こうして俺を手伝わせようとしてることが全てだろ! それとも、手伝うなんてのは嘘で、俺はいま騙されてるとでも疑えばいいのか?」

「ええ、そうね。それは悪くない反応だと思うわ」

「いちいち王道だとか悪くないとか評価されてたら、俺はお前になにもいわなくなるぞ」

「無口な主人公ってあまりみないし物語として成立させるのは難しい気がするから、それはそれでアリね」

「そういう話がしたいんじゃなくてなぁ……」


 こいつは趣味で小説でも書いてて、まだ流行していない奇抜なネタでも思案しているのだろうか。もしくは俺を変人に仕立て上げ、ノンフィクションの胡散臭い話でも書いて一山当てようとしているのか。

 仮に俺が彼女を喜ばせようとするあまり奇人に変貌したとしよう。それでいったい彼女にどんな得があるというのか。無論、彼女から好かれる代わりに彼女以外は俺を避けるようになるだろうから、希望通りの人間に変わってやるつもりは毛頭ないが。


「ところで、あんたの彼女、まだ教室に来てなかったわね。登校遅いの? 部活の朝練?」

「樹理のことか? あいつはバドミントン部の朝練でいつも始業ギリギリに来るんだよ。ってか、なんでいきなり樹理? ああ、そうか。金井小学校にいたんだから、樹理のことも知ってるか。もしかして結構仲良かったとか?」

「いえ、同級生になったことは一度もないわ」

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