ディープ・エンカウント3
「なんだそりゃ。それじゃあなんで樹理に興味があるんだよ」
「決まってるじゃない。全部あの容姿のせいよ!」
決まっていたらしい。即答できるほど明白なようだが、もちろん俺は玲奈の頭の中身を一ミリたりとも理解できていない。
俺の相槌を待たずに、彼女は畳み掛けるように続ける。
「あんたの彼女なんだから、一番近くで見てるあんたならわかるでしょ? 黒髪ロングよ、さらさらの黒髪ロング! わからないかもしれないけど、髪の手入れって大変なのよ! どんだけドライヤーかけるのよってくらいドライヤーかけるの! それでも毎日怠らず万全にしないとあれほどの綺麗にはならないわ!
そしてあの身体っ! あたしと身長変わらないのに、女性として重要な部位の差が著しいわ! それでいて顔もかわいい系で清楚だなんて……あんなの現実にいていいわけ!? メインヒロイン嫌いで同姓のあたしですら興奮するわ!」
「お前いきなり大声でなにいってんだ! すれ違う奴全員振り返ってるぞ!」
「いちいちうるさいわね。あんただって三大欲求の一つに本能を刺激されて、勢いのままに告白したんでしょ。いえ、違うわね。あんたと樹理ちゃんみたいな王道同士なら、きっとあんたが無自覚のうちに彼女の心を惹いて、彼女から告白したって流れかしら? 反吐が出るわね」
「玲奈、お前ほんといい性格してるな……」
「王道アレルギーなんだからしょうがないじゃない。で、実際のところはどうなの? 意外と国が施行した少子化対策の学生恋愛活動支援制度でカップルになったばかりだったりするわけ?」
「恋愛活動支援制度ねぇ……」
長年少子化問題と向き合ってきた我が国でも、七年前に満を持して問題解消のための新制度が設けられた。それが玲奈のいう学生恋愛活動支援制度だ。内容はともかくとして、国のお偉いさん方にはもう少し捻った名前にしてほしかった。直球すぎるというか、そのまんまだ。説明を兼ねていたほうがわかりやすいのかもしれないが。
「二川高校でもやったんでしょ? 改めて考えてみても大胆な制度よね。人生で最も多くの異性と交流する機会でもある学生時代に、勉強と同じくらい恋愛を重視させるだなんて」
「俺達の母校は国の方針に賛成してるからな。毎年四月に、恋人がいない人を体育館に集めて婚活パーティーの真似事をしてるわけだ。俺は参加してないから詳しくは知らないけど、校内の様子を見れば効果のほどは語るまでもないよな」
「でも、素晴らしいことよ。二〇代の結婚率は上がってるし、なんだかんだ学力が低下したって問題も表面化してないもの。勉強に集中できなくなるなんてのは、草食系が恋愛と向き合わないための方便でしかなかったわけね」
「玲奈が一学期を過ごした高校でも、その素晴らしい制度はあったのか?」
「あったわよ。まぁ四月時点で転校するとわかってたから、あたしは参加しなかったけど」
ふーん、と聞き流しかけたが、その一言にはどうも引っかかるものがあった。
職員室の扉がようやく見えたとき、違和感の正体に気づいた。
「……じゃあ、玲奈はいま誰とも付き合ってないのか」
恐る恐るといった具合に、声を潜めて真相を確かめた。なんでそうしたか説明はできないが、たぶん失礼だと思ったからだろう。
目的地の付近で立ち止まり、玲奈は平然と答えた。
「四月はそうだったけど、引っ越す前に色々あって出来たわ。あっちは東京に住んでるから遠距離だけどね。だけどそっちのほうが非王道って感じじゃない? あたしはこの関係を気に入ってるわ」
「そうか。実は俺達の一年二組はとりわけカップルが多いから、探そうと思っても難しいと思ってね」
「へぇ。たしかにそんな印象はあったけど、そんなに多いの?」
「まぁ、多いとは思う」
話の流れが自分のクラスに向いてきた。俺と樹理に関する玲奈の“誤解”を解くタイミングとしては悪くないはずだ。この流れにのって、俺はその話を切り出した。
「――ただ、玲奈は俺と樹理が恋人同士だと思ってるようだけど、そうじゃない」
「……は。え、あんた達カップルじゃないの?」
「俺と樹理はお前がいかにも嫌いそうな幼馴染ってやつだけど、現実はそううまくいかないってわけだ。お前が仲間じゃないとしたら、一年二組で彼女持ちじゃない奴は俺だけかもしれん」
「それじゃあ、樹理ちゃんは別の男と付き合ってるわけ?」
「いや……それはないと思うけど……とにかく俺と樹理は恋人同士じゃないんだ」
「ふぅん、そうなの。……はぁ」
意味不明の嘆息。王道とかなんとかいって文句をいっていた玲奈からすれば、俺と樹理は付き合っていないほうが喜ぶかと予想していたが、彼女は期待外れだといいたげな表情を見せている。
「なんであんた達はそんな、漫画アニメゲームドラマで多用されがちな設定や出来事を起こせるのかしら。仕込んでるわけ? 王道が嫌いだっていうあたしに対する嫌がらせのつもり? それとも、テンプレ主人公とテンプレメインヒロインが合わさると、必然的に王道展開になるのかしら。是非ともどこかの大学で研究してほしいテーマね」
「なにいってんだよ。付き合ってないっていってるだろ。恋人じゃないんだから王道とは違うだろ」
「そんなにあたしに例の台詞をいわせたいの? ……はぁ。いいわ。もう始業の時間が近いから、特別にいってあげる」
また大きなため息。
玲奈は状況が飲み込めず当惑している俺から目を逸らして、俺の背後の廊下に目をやった。
「――藤堂樹理ちゃん。彼はあなたを恋人じゃないっていってるけど、あなたはどう思ってるのかしら?」
この一瞬、おそらく俺の体内の血液の循環は止まっていた。死んでいたのかと問われれば、死んでいたと答えて正しいだろう。
ああ、これも玲奈のいうテンプレだな、と自覚しながらも、緩慢な動作で首を後ろにまわすことを止められなかった。玲奈はこの反応を見て、さらに苛々を増大させているかもしれない。いや、きっとそうだ。そうだとしても、俺が謝ることではないと思うが。
振り返った視界に、これまたいかにも玲奈が嫌悪感を示しそうな顔をした樹理がいた。
部活の朝練で流した汗をシャワーで軽く流してきたのだろう。生乾きの長髪は色っぽく、男なら誰しもが抱える爆弾を誘発させかねない魅力を醸している。クラスの連中が彼氏彼女持ちではなく、玲奈と同じように俺と樹理がカップルだと勘違いしていなければ、樹理は何人からも告白されていたことだろう。学生恋愛活動支援制度は、彼氏彼女のいない奴をはっきりさせる効果もあるのだ。もっとも、俺や樹理のように婚活パーティーもどきに参加しないくせに恋人のいない例外もいるが。
――あー、わかるわかる。メインヒロインはここで背中を向けて逃げ出すんだ。
口には出さないが、玲奈も胸のうちでそう考えているだろう。
案の定、愕然とした様子で俺と玲奈のほうを凝視していた樹理は、俺と目が合うなり言葉を発さずに回れ右をして、早足で廊下の角に消えていった。
窓から見える樹理を目で追いかけつつ、俺は隣にいる玲奈に伝えた。
「悪いな。俺はいまからお前の嫌がる行動をする」
「好きにしなさい。あたしに止める権利はないわ」
許可を得ずともそうするつもりだったが、了承をもらって少し、ほんの少しだけ晴々とした気持ちで俺は樹理のあとを追いかけた。
廊下の角を曲がる際、ちらりと職員室の前にいる玲奈に視線をやった。
しかし、彼女の姿はすでにそこから消えていた。




