古賀康太、賢教から来た少女と出会う 二頁目
「弟子? 一緒に行動? それに修行って?」
話の要領を掴みきれない蒼野が気になった部分を復唱すると、ゴロレムがこめかみを指先で突き申し訳なさそうな表情で蒼野を見た。
「話を端折りすぎたね、申し訳ない。
この子は今言った通り私の弟子なんだがね、実はまだ一度の賢教から出たことがなかったんだ。そこで本人の要望もあり賢教から飛び出てね。一度外の世界を見てみて、外の人々と触れ合う事にしたんだ。
それでその相手として今回は君達ギルド『ウォーグレン』の人々を選ばせていただいた」
「神教に直接頼る手も考えたらしいんだが、流石に日夜小規模な戦争を繰り広げてるの相手側に直接飛びこむのも危ないと思ったらしくてな。だからまあ、昔から親交があった俺を頼ったってわけさ」
「善からはちょうど彼女と年齢の近い良い子が入ったと聞かされたばかりだったからね。それならばこの機会に、と思ったというわけさ」
「そういうことだったんですか」
話を聞いた蒼野が納得が言ったと頷き、優も楽しそうにニコニコと笑いながら何度も頷いた。
「それで! じゃあ今日の予定はどうするの善さん。予定を切り替えて、彼女と一緒にみんなで遊びに行っちゃう? お出かけしちゃう! そうしちゃう!!」
「それについてはよく考えたんだがな…………今回は蒼野と康太に一緒に回ってもらおうと思ってる」
「え?」
善の返事を聞いた瞬間、優が世界の終わりを目にしたような絶望した表情を見せる。
「いやすまん。今日のお前の仕事は外せない用事なんでな。それに蒼野と康太が今日行く場所がちょうど神教の案内に都合がよかったんだ」
「こ、こんなかわいい女の子を蒼野はともかくこの狼と一緒にするの!?」
「狼て。いやそもそも今回はゴロレムさんも一緒に回るんだ。お前の考えるような展開には絶対にならねぇから安心しろ」
「う、うぅぅぅぅ。う~~あぁぁぁぁ…………」
「…………今日の仕事は十時半からだっけか。それまでの間、その子が引かない程度におしゃべりとかするといいんじゃねぇかな」
涙すら流しそうな勢いで体を小刻みに震わせ言葉になっていない叫びを上げる優を哀れに思った善がそう伝え、彼女をなだめる。
そうするとある程度落ち着いた様子の優に対し、アビスは遠慮気味な足取りで近づいていき、優の手を取った。
「あ、あの限られた時間ではあるかもしれないんですが、優さんと色々お話できればなと思います。そ、その……よ、よろしくお願いします!」
「お、おぉぉ!? 天使だわ。こ、この子天使だわ善さん!」
「きゃ!?」
勇気を振り絞り、顔を紅潮させ緊張した面持ちでそう口にするアビスの姿を目にして、感極まった様子で抱きつく優。
「そ、それで善さん。今日の俺達の依頼っていうのはどんなものなんですか?」
美少女二人の抱擁を前にして、何か見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった蒼野が視線を移し善にそう話しかけると、腕を組んでいた善が腕を解き、蒼野と康太が行う依頼についての資料を取りだす。
「今回はお前ら二人とゴロレムさんには、ある場所の警護を頼みたいんだ」
「警護? 初めての依頼ですね。どんな依頼なんですか」
ここに来てから三週間、蒼野と康太の主な仕事は小規模な戦いの鎮圧やご老人の介護、それに地域のボランティア活動の手伝いが主なものであった。
そのため初めて行う仕事の内容を聞き蒼野は明るい声で返事をした。
「ああ。実は数日前から境界の維持装置が破壊されているっていう事件が多発しててな。少なくとも境界が破壊されることによる戦争だけは避けたいってことでどの勢力も監視をすることに決めたんだ」
境界維持装置とはその名の通り二大宗教を分かつようにそびえ立っている巨大な境界を維持するために利用されている装置だ。
神教発足以降に作られた境界は、最初のうちは神教最高戦力アイビス・フォーカス個人の手によって維持されてきたのだが、流石に一人の手で延々と維持するのは危険だという話になりこの装置が作成された。
これらは十本ほどの中枢装置と百近い数の小型の物から形成されており、現在ではアイビス・フォーカスの力が半分、残りの半分をこれらで賄っているという状況になっている。
「その監視のメンバーで、俺と康太に白羽の矢が立ったってことですか?」
「そうだ。これまで破壊された数は八つ。そのいずれも手口がわからないと来ている。だが康太の直感なら一筋の希望があるってことで、選ばれたんだ」
「なるほどなるほど。ところで……」
善の説明に合点がいった蒼野が再び頷き賛同するがその時ふと違和感に襲われる。
「さっきから黙ってるが、一体どうしたんだ康太?」
普段ならば自分と同じように質問を投げかける康太が、不思議と沈黙を貫いている。
なので同じように話を聞いていた康太に尋ねてみるが答えは帰って来ず、肩を揺することでやっと蒼野の方に振り向いた。
「呼びかけても反応しないとはらしくないじゃないか。一体どうしたんだ?」
「あ、ああすまない。ちょっと考え事をな。安心してくれ、仕事の内容はしっかり頭に入れてる」
「そうか。まあそれならいいんだが」
そうは言うものの普段と比べ集中力を康太は欠いているように思う蒼野であったが、本人が大丈夫と言った時点でそれ以上追及できず、黙って彼を凝視。
「な、なんだよ」
「いてっ」
少ししてその視線に気が付いた康太が、蒼野の額をでこぴんで弾いた。
それから部屋を出て朝練の汗を流すために自室のシャワーに直行。髪を乾かし歯を磨き、仕事に出るための装備を一式揃えると、依頼開始の時間までリビングでテレビを見ようと思い再び下の階層に降りる蒼野。
「?」
するとそこでは、楽しそうに話をする優とアビスから少し離れたところで、康太がその二人に対しチラチラとだが視線を向けていた。
それは優が心底残念そうにしながら仕事に行くまで続き、その三十分後、康太が支度を終えたのを確認しゴロレムを含んだ四人は転送装置を利用し、目的地への移動を行った。
「よっと。無事到着っと」
転送装置の独特の感覚に襲われてながら移動を終えたところで、蒼野が大きく一歩前に出て舗装されたコンクリートに着地する。
「で、ここはどこだ蒼野。今回資料を貰ったのはお前だから、オレは詳細までは掴んでいないんだ」
それに続いて降りてきた康太の様子は普段と変わらぬ様子で、慣れた手つきで蒼野に手を伸ばすと、既にそれを読み終えていた蒼野はそれを彼に渡し周囲に視線を寄せた。
「『神の座』公認の平和公園だ。ほら、シスターと一緒に来た覚えがないか?」
惑星ウルアーデを象徴する、球体を天使らしき羽で包みこむシンボルが先端についている幾重もの柱。
それらは等間隔で四方に設置されており、その中心には神教・賢教・貴族衆・ギルドという世界四大勢力の当時の長たちのサインが描かれてた石碑が安置。
蒼野達のいる場所からそこまで、綺麗に切り揃えられた茂みでまっすぐに道を作っていた。
「ああ。そういや来たことあったな。確かそこらの木で、オレや他の奴らで背比べをしてたんだ」
見覚えのある林を視界に入れて口元を緩める康太だが、再度転送装置が輝きだしたのを確認するとそちらに視線を移動。
すると転送装置から黄金色の光が昇り始め、アビスがスカートの裾を抑えながら出現。
「来たな」
蒼野が気軽な様子でそう口にする隣で、康太はその姿をじっと見つめていた。
「転送装置って」
「ん?」
「独特の浮遊感があるんですね。私……ちょっと酔っちゃいました」
「だいじょ」
「おいおい大丈夫か?」
額に日に焼けていない真っ白な手を置き俯いた様子の少女を見て蒼野が一歩前に出るが、彼が少女に辿り着くよりも早く康太が駆け寄り、心配そうな表情で声をかけた。
「なんだあいつ。もしかして」
蒼野は自分は特別朴念仁というわけではないという自負がある。
なのでその態度を目にして康太に起きた異変の正体に気が付くが、少々頭を悩ませた。
「これ、どうすればいいんだ?」
何せ相手はこれまでそんな様子を一切見せてこなかった康太が相手だ。しかも相手は賢教の少女となれば、どうしても身構えてしまう。
どうするべきか迷っていると、再び転送装置が輝きだし、最後の一人であるゴロレムがその場に出現。
体を前に傾けているアビスとそれを支える康太を目にして、ゆったりとした足取りで近づいていった。
「一体どうしたんだい?」
「ええ、アビ……彼女、慣れない移動方法で酔ってしまったらしくて。それでちょっと様子を」
「ああ、そうだったのか。手間を掛けさせて申し訳ないね。どれ、確か酔いを抑えるための薬を持っていたはずだから、それを飲むといい」
「あ、ありがとうございますゴロレムさん。それと康太さん、でしたか? ご迷惑をおかけしてすいません」
そう口にしながら申し訳なさそうな表情で謝るアビス。
それを見た瞬間、康太が急いで両手を左右に振り、何でもないと必死にアピールした。
「いや、慣れない移動ならそうなってしまっても仕方がない……ッス。何だったら少し休憩でも」
「休憩……休憩か!」
康太からすれば慌てて思わず口から飛び出た言葉であったのだが、それを聞いた瞬間蒼野の頭に天啓が舞い降り声をあげ、残る三人の何とも言えない視線が蒼野に突き刺さる。
(あの、ゴロレムさん。もしよければ俺と二人で周囲のパトロールを行いませんか)
(私と二人で? 何か気になることでもあったのかい?)
それを受けてもさして気にせず、康太に察せられないよう細心の注意を払い念話を飛ばす蒼野。
対するゴロレムはというと、少し不思議そうな様子で言葉を返した。
念話とは、言葉の通り、自分の意思を口に出すのではなく念ずる事で粒子を飛ばし相手に意思を伝える通信手段だ。
これを使えば目の届く距離にいる相手に対し、盗聴などを気にすることなく相手に自身の意思を伝えることが可能だ。
とはいえこの力は万能というわけではなく、『念話をしているという事』自体は粒子の揺らぎを感じ取れる相手ならば気づいてしまうし、戦闘時にこれを行った場合、攻撃や防御に使う様々な粒子と混ざり、うまく意思を伝えられないというデメリットも存在する。
(ええ。義兄弟がアビスさんの事を気になっているようでして。もし差し支えがなければ、二人きりにしてやりたいなと思いまして)
(ふむ)
蒼野からすればそれは義兄弟に対する気遣いなのだが、ゴロレムからすれば事情は全く異なる。そのため、本当に短い間のことであるのだが思案に思案を重ねる。
(すまない。どうしても慎重にならざる得ない事だからこそ聞いておきたいんだが)
(はい?)
(康太君は信頼できる人物でいいんだね。その……彼女に悪影響を与えるような子ではないと)
何せ弟子にしているとはいえ、その実態は親から大切な一人娘を預かっているという状態なのだ。
手違いの一つでもあれば、後々大問題になることは間違いないため、かなり念入りに聞くような口調で彼に尋ねる。
(はい。康太とは本当にちっちゃい頃からいますけど、あいつは氷の理性と鉄の意思を持つ男です。万が一にも、彼女に危害を与える事はありません!)
(そうか…………そうか。それなら、同年代の男の子と二人きりで話すのもまた経験だ。うん、そうしようじゃないか)
そんなゴロレムも蒼野の確信に満ちた声を聞けば了承するには十分な理由であり、慎重にアビスの様子を伺っている康太を眺めながら立ち上がった。
「アビス、薬は恐らく十五分もあれば効果が出るだろう。それまでそこの康太君と一緒に近くのベンチで休んでいなさい」
「え?」
「蒼野君と私は警備も兼ねて周囲を見て回るよ。まあ君たちにも意識を向けてはおくが、彼女の看病は君に任せたい」
「え?」
突如された事に対し戸惑いを隠せない康太。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
康太が普段の冷静さを取り戻したのはそれから数秒してからの事であり、その頃には蒼野を連れ、ゴロレムは少し離れた位置にまで移動していた。
「ど、どうしろってんだよ」
肩に寄り添い僅かに頬を染め、眉を潜め苦しそうにする彼女に意識の大半を裂きながら、康太は彼女に聞こえない程小さな声でそう口にした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事でアビス・フォンデュ登場編その二。
キャラクター同士のカップリングが苦手な方などはご容赦を。
次回もいつも通りの時間で更新をして行きますので、よろしくお願いします。




