古賀康太、賢教から来た少女と出会う 一頁目
オレの一日の始まりは、毎日使っている二丁拳銃の手入れから始まる。
ベッドから起きあがるとジコンを危機から守ったその日から使い続けている愛用の銃を素早くバラバラに分解し、安全に使う際の障害となる部分がないかをチェックする。
それを終えると再び組み立て寝間着を着替え、愛用のホルスターを腰の左右に嵌め、そこに銃を差し込む。
それから部屋に取りつけてある洗面所で顔を洗い、入口のすぐ側に置いたテーブルの上に掛けてある、心の師である土方さんから貰った黄色い鉢巻を手に取る。
「飯の時間まで余裕があるが……まあ行くか」
これまでのオレなら鉢巻は頭に巻いていたんだが、それはあまり印象が良くないと蒼野やヒュンレイさんに指摘され、渋々肩の辺りに巻き、部屋の鍵を忘れずに持ち部屋を出る。
「おー今日もやってるな。流石だな蒼野」
「お前もやるか? 朝に体動かしておくと後が楽だぞ」
「いや今度の機会にするよ。それより、ちゃんと飯の時間には間に合えよ」
「おう!」
オレと蒼野がギルド『ウォーグレン』に入ってから三週間が経った。
その間オレと蒼野は色々な仕事をやってきて、なおかつここの生活にもある程度慣れ、そうすることで個々人の習慣を作るようになっていた。
蒼野の朝の鍛錬にしてもそういうもんで、あいつは毎朝必ず素振りをして、風属性で人の形を模した人形の肩や膝を撃ち抜く訓練をしている。
最も、この習慣に関しては孤児院にいた時からずっと続いているものだったのだが、ここに来て質の高い特訓ができるようになってうれしいと本人は言っていた。
そんな様子の蒼野を見送ってオレはリビングに向かって行った。
「今日の担当は確か善さんか」
朝食と調理は当番制になっており、毎日別の人物が担当するようになっていた。
といっても朝食は前日の夕飯の残りを使っていいことになっていたため、さして苦労することはない。
オレの場合好物のこしあんのアンパンを必ず出している。
まあ毎回同じメニューであると飽きられるのはわかっているから、こしあんの種類を変えたりしてはいるのだが。
「おはようございまーす」
善さんは本人が麺料理を好んでいることもあって、朝食にしては少し重めであるが量を減らしたパスタなどを出してくる事が多い。
これがまた絶品で、割と毎回メニューが変わるのもあって、結構楽しみにしている。
「おう。おはようさん」
リビングの扉を開き中へ入りながら挨拶をすると、すぐに返事の声が聞こえこちらに顔を向けたので、頭を下げてから机の方に向かい席に着く。
そうしてキッチンから顔を出した善さんが置いてくれたベーコンとアスパラを使ったホワイトソースのパスタを食べ、目を丸くした。
「このパスタ美味いッス! 家庭の味を超えていますよ善さん」
「そうだね、うん。それにしても悪いね善。来るたびに朝食をいただいてしまって」
「え?」
濃厚なソースに絡まるアスパラの触感に厚切りベーコンの食べ応えと肉汁。それらの要素をうまく絡ませたパスタに舌鼓していたオレは、見知らぬ人達を視界に収めた。
「ま、一人増えようが二人増えようが、さして手間暇は変わらないから大丈夫さ。それに、毎度毎度このタイミングで来てるんだ。今更止める気はねぇよ」
「はは。君には頭が上がらないな」
一人は紫色の模様が入ったカソックに身を包み銀色の帯を首にかけている、栗色の髪の毛をしたオールバックの男性で、かけている丸メガネや柔らかな表情から、温和な人物であると一目でわかった。
「そういえば会うのは初めてだったな。いやまあ、アビス嬢に関しては俺も初見だったが」
「アビス嬢?」
もう一人はオレと同い年くらいの少女だ。
真っ白な髪の毛に灰色のベレー帽を被った、橙色のカソックを着こんだ少女。
真っ赤なルビーのような瞳に健康的な肌色をしたその少女を前にして、オレは言葉を失い、
「男性の方がゴロレム・ヒュースベルト。で、この女の子の方がアビスちゃん……でよかったんだよな?」
「はい。アビスといいます。よろしくお願いします」
「よ、よろしく」
差し出された手に触れようとするだけで、僅かに躊躇してしまった。
――――その瞬間、オレはこれからの自分の人生に大きく関わる存在と出会ったのだと理解した。
蒼野が朝の鍛錬を終えリビングに足を運んだ時、そこには普段とは少々違う様子が広がっていた。
食堂にはこれまで見たことのない年の差がある男女が隣合って座っており、少女の空いたもう片方側に座る康太はチラチラと彼らを覗いていた。
先にリビングまで足を運んでいた優はといえば少女の真正面に座り、これまで蒼野には見せたことのない程嬉しそうな表情で少女に話しかけ、キッチンからオレンジジュースを人数分持ってきたヒュンレイは全員に配った後丸メガネをかけている男性の真正面に座り、見知った様子で談笑を始めた。
「お、来たか蒼野。麺を茹でるから、サラダとスープをもって椅子に座って待っとけ」
「あ、おはようございます善さん。あのお二人は誰ですか?」
「後でちゃんと紹介してやるから少し待て。まあ今は客人が来たって程度に覚えておいてくれればいい」
「お客さんですか。分かりました」
善の話を聞き頷いた蒼野がキッチンに入り冷蔵庫からキャベツときゅうり、それに輪切りの卵が乗ったサラダを取り出し、シーザードレッシングをかけ、温めてあった玉ねぎと厚切りニンジンのコンソメスープをカップに注いで机に持っていく。
それからもう一度冷蔵庫に足を運んで牛乳と市販のヨーグルトを持っていき、席に座りながらニュースが流れるテレビに目を向けた。
「げ、また『境界なき軍勢』についての報道ですか。最近多いですね」
「そうだな。連中、最近はかなり活発に動き回っているらしい。まずいな」
天気予報が終わり、深刻な表情で世界情勢に関して考察する専門家の話に耳を傾けていると、ホワイトソースをかけたパスタを蒼野と自分の分の二人分持ってきた善が机に腰かける。
「あぁ、ヒュンレイさん、よければチャンネルを変えていただけないか? 私は毎朝の連続テレビ小説を楽しみにしているんだ」
「もうそんな時間でしたか。これはこれは。私は毎朝割と楽しみに見ているんですが、ゴロレムさんの評価はどうですか」
「今期の物はとてもいい。正直、前期のものの出来がひどかったからそれを引きずらないかと心配していたが、その不安を見事に払拭してくれた」
「『劇ちゃんと』ですね。いやぁ、あのノリは酷かった。それに比べた場合今回の『球団伝』は物語全体に熱さがあっていい……あ、ちょうど始まるところですね」
ヒュンレイがゴロレムと名乗った男と朝ドラに関する話題を親しげに話してしているのを耳に挟みながら、濃厚なホワイトソースのパスタを啜る。
「うし、じゃあ朝ドラも見終えたところだし説明するぞ……待てヒュンレイ。そこで話の感想を言い合おうとするな」
十五分後、朝ドラを見終え拍手をしていた二人の男性が語りだそうとしていたのを目にし、善が待ったをかける。
すると二人は口を閉じ肘をついていた姿勢を解き、椅子の背もたれに身を預け善の方に視線を向けた。
「優とヒュンレイは知ってるだろうが他の二人は知らないだろうから最初から説明するとだな、この男性はゴロレム・ヒュースベルト。賢教で大司教をやってて、四星をやってる人だ」
「大司祭で……四星……………………そうか! だからどこかで見たことがある顔だと思ったんッスよ!」
善の紹介を受け、康太が合点がいったと納得する。
四星とは、賢教が誇る最大戦力の名だ。
四人全員があらゆる能力を無効化する神器を所持しているとされており、一人一人が万の大軍を相手にしても傷一つつくことなく勝利することができると言われている猛者。
賢教内の地位においても同じ大司教よりも高位であり、彼の上に立つ人間と言えば片手で数えられる程度の数しかいない枢機卿と、教皇の座しかいない。
「なぁ善さん」
「ん?」
「…………いややっぱりいいッス」
「何だよ煮えたぎらない表情しといて」
そんな人物と普通に会うことができる原口善という人間は一体何者なのか、気になって仕方がない康太であったがそれは口に出さない。
その質問は既に何度か行ったが、彼は毎回それに答えることなく、何らかの手段で躱し続けていたからだ。ゆえに今回も、聞いたところで意味がないと諦めた。
「賢教……」
そんな様子の康太に対して蒼野の表情は暗い。
なにせギルド『ウォーグレン』に入ってから今日まで、賢教がらみの事件というのは驚くほど多かった。
その理由もかなり短絡的なものが多く、それまでさして賢教というものに苦手意識は感じていなかった蒼野だったが、今は僅かな抵抗を覚えるほどになってしまっていた。
「そう身構える必要はねぇよ蒼野。ゴロレムさんとはギルド創立以前の付き合いでな。温厚でいい人だ。今回もギルドに依頼があってこうやって来てくれたんだ」
「うちの者達が度々迷惑をかけているようで申し訳ない。ただ、私個人としては神教と仲良くしたいと思っているし、そのために色々動いているんだ。警戒したままでは彼女に合わせる顔もないし、ぜひ仲良くして欲しい」
「あ、はいすいません……よろしくお願いします」
とはいえ古賀蒼野という人間は温厚で優しい人間だ。
ゴロレムが物腰穏やかに接してくるのであれば、多少抱いていた警戒心を解き挨拶を返した。
「ところで善さん。もう一人の……その人は?」
「そうよそうよ。ゴロレムさんについては知ってるけど、そっちの素敵な女の子は初めて来る子じゃない。そっちを説明してよ!」
「わかったからそう急くな。こっちの彼女はアビス・フォンデュ。詳しいことは、ゴロレムさんから説明してもらう」
遠慮がちに聞いてくる康太と自分と似た年齢の少女を前に興奮する優をなだめながら、善が座っているゴロレムに視線を送り説明を求める。
すると彼は一度だけ頷いてから立ち上がり、顔を硬直させながらちょこんと座っている彼女に目くばせをしながら話しを始めた。
「彼女の名前はアビス・フォンデュ。今私が弟子として預かっている少女だ。今回訪れたのは修行の一環で、今日一日ぜひギルド『ウォーグレン』の面々と一緒に行動をさせてあげて欲しいと思って連れてきたんだ」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて、今回から新章となります。
そしてヒロイン組の一人アビス参戦です。男勝りな優とはタイプが違う、おしとやかな性質の子です。
明日からしばらくの間出てくると思うので、お楽しみに!




