異変 ver倭都
「――――――てなわけ。普段は――――――けど、これは君にとっても悪くない話――じゃない?」
「………………………………………………」
その場所は下界から隔離された結界の中であったのだが、中にいる二人の間で行われているやり取りは一方的なものであった。
なにせ一方は嬉々とした声を上げながら自身の提案を告げ続けるのだが、対峙するもう一方は微動だにしない。
彫刻や石像のように固まったまま、語られる内容を頭の中に叩き込んでいく。
「ま、君次第――――、よく――――。こんな好機――――――いよ」
そんな一方的な会話はそれから更に一分近く続き、最後まで話し終えたところで一方が姿を消す。
と同時に彼等を包んでいた結界が割れ、残された一方は元の場所に帰還。
畳が敷き詰められた部屋の最奥で、左右に灯っている蝋燭の光だけがその姿を照らし、
「………………………………動くべきか」
誰もいないその場所で静かに己が胸中を零すと、それは動き出した。
「考えてみれば、縁日を楽しむためにもうちょっと遅くの出発予定でもよかったかもしれないなぁ」
午後三時過ぎ、『拳士の滝』へと向かう勇美らから離れたシェンジェンが向かった先は、倭都の中央一帯を締めている行事。
年に一回行われるという縁日の会場で、提灯が掛かった枝垂れ柳並ぶ川沿いと木造家屋の間に連なっているのは、頭にハチマキ、服には着物を着こんでいる店員たちが行っている出店の数々で、焼きトウモロコシに焼き鳥。饅頭屋や団子屋などの飲食店。射的やくじ引き、それに輪投げなどの遊戯場が所狭しと並んでいた。
他にも装飾品を売っているような店舗なども存在しているが、どのお店の店員も客引きをするために声を張り上げており、それにつられて地元客や観光客が集まっている姿は、大都会にも負けないほどの活気に満ちていた。
「おぉ若い兄ちゃん! 小腹が空いてるなら蕎麦なんてどうだい! うちは『倭都』一番だよ!」
「………………そっか。なら貰って行こっかな」
正直なところシェンジェンはさほど空腹に悩まされているわけではなかった。
ただ鼻にまで届く動物性の香しい香りと周りの喧騒が足を運ばせる原動力となり、出店用に拵えられた紺色の暖簾を潜り、中年男性の前まで移動。
「じゃあこれで」
「はいよ! ちょっと待っててな!」
海老の天ぷらが乗った蕎麦を注文すると背後に控えていた若者たちが素早く動き始め、二分ほどでどんぶりいっぱいに入った海老天蕎麦が渡された。
「一つ聞きたいんだけどさ、この縁日で食べたり遊んだりする以外の見どころってある?」
側にあった木製のベンチに座り、割り箸を口に咥えると綺麗に割る。
そうしながら店員の中年男性に聞いたのは暇になった時間を潰す案に関してで、彼は腕を組み少々考え込んだかと思えば、頭の上に豆電球を浮かべた。
「それなら競技大会の見学なんてどうだい?」
「競技大会?」
「この縁日が行われてるあいだ、毎日色々な武芸の一番を決めててな、初日は剣やら槍。昨日は乗馬に素手の一番を決めてたのさ。確か今日は、弓の一番と鎌の一番を決めてるはずだよ」
「武芸大会ってこと? いいね。見に行ってみるよ」
「場所はこっからまっすぐに五分程行った場所だ。見物客が集まって人だかりができてるから、迷う事はないはずさ」
それからされた説明に興味を持ったシェンジェンは、頬張っていたそばを呑み込み海老天を口内へ。
出汁が染み渡った衣と肉厚なエビを嬉々として頬張り終えると七味や山椒を加えて再び頬張り始め、数分したところでお礼を言いながらどんぶりを店員に返すと立ち上がり、言われた通り進んでいく。
「結構な賑わいだね。で、やってるのは………………的当てか」
そうしていると目に入って来たのは十メートル以上先まで広がっている人だかりで、作り上げられた舞台の上には大小様々な円形の的が浮かんでおり、時に静止し、時に動き、迫る矢の相手をしていた。
「結構な速度で動いてるから当てるだけでも難しいけど、その上で的の大小や当たる場所で点数が違う感じなんだ。凝ってるね。で、一位は、と」
的の動きは複雑かつかなりの速度で、常人であれば当てるのも難しい。もし当てたとしても、ど真ん中に当てる事は更に難しいものであった。
なのでそれに当てていく熟練者の動きを見てるだけでも中々に楽しめる物であったのだが、興味本位で視線をずらしたところでシェンジェンは目を丸くした。
現在トップを走っている点数が、他を引き離すようにどんどんと増えている光景を。
そしてその選手の名前が『馬郎』という見知った名前であることを。
「………………マジで」
呆気にとられたシェンジェンが空に浮かび舞台の上を詳しく眺めてみれば、確かに見知った馬に似た顔が選手として参加しており、撃ちだされた矢が、ジグザグに動いた的のど真ん中を射抜いた。
それは能力を行使していない単純な技量によるもので、数多の熟練者を超越する技術を前にした観客の口からは、歓声と同じくらいのため息が零れていた。
「驚きましたね。あれほどの技量を持っているとは」
「ガルゴネシアさん」
「貴方は知っていたんですか?」
「いえ、僕も初めて知りました」
他の参加者に対しダブルスコアになるほどの差をつけたところで馬郎の手順は終わり、万雷の拍手が彼を迎える。
と同時に地面に着地したシェンジェンを迎えたのはショートツアーに参加していた面々で、競技大会が続くうちにガルゴネシアの巨体を目印として他の面々も集合。
「あれ? そういえば勇美さんは?」
「表彰するのは彼女の仕事らしく、舞台の方に向かって行きましたよ。それにしても馬郎君はすごい成績ですね。圧倒的です」
「馬郎君の家系は名の売れた弓の名門らしいんです。前にシェンジェン君と自宅にお邪魔したこともあるんです」
顎に手を置いたエラッタが感心した声を上げると、シェンジェンとイレの間に挟まるように立っていた良照が事情を説明し、そうしている間に表彰台のど真ん中に立っている馬郎へと向かい勇美が歩いていく。
「あれ、どうしたんだろ? 何か騒いでるね」
かと思えば表彰台に近寄る前に彼女は来た道を振り返り大きく肩を揺らし、彼女が感じた衝撃が、運営側のいる待合スペース全域に伝播していく。
それは収まる事なく延々と続き、しかしその騒動の元となった人物が顔を出すと、運営側だけでなく観光客たちも騒ぎ出し、
「………………馬鹿な」
一行の中で最も背の高かったガルゴネシアは先んじて目にして認識した。
壇上へと昇る、足先から頭のてっぺんまで全てを包み込んだ深紅の鎧甲冑の姿を。
そしてそれが、つい先ほど目にしたものであることを。
「ば、馬鹿な!」
「あれって確か………………お城の玉座の間で飾られてた虎王様じゃない!? え、動くことがあるの!?」
イレが口にした言葉は正しい。
そのとき彼らが目にしたのは、勇美の説明によれば少なくとも千年間は彫刻や銅像のように動いていなかった人物。
そんな人物が壇上に上がり、持っていた賞状を何が起きたかわからず困惑する馬郎の前に差し出している。
『貴殿の活躍を認めこれを授かる。これからも、己が武の才を磨き続けて欲しい』
発せられる言葉は頭に直接飛び込んで来るもので、男だか女だかもわからないような迷彩が施されており、役目を果たしたところで来た道を戻っていく。
「す、すいません! 虎王様! お、お話を! お話をお聞かせください!!」
それだけの時間が経った頃には困惑と緊迫が混ざった空気は溶けてなくなり、記者らしき男複数人が声を上げながら近づくが、虎王は応じることなく姿を消し、
「じ、時間だ! そろそろ次の場所に行こっか!」
「呆けたまま動けない様子の彼は、僕が回収しよう!」
このタイミングで倭都全域に聞こえるように縁日の終わりを告げる放送が鳴り響き、未だ夢うつつだった者らもいる中、一行は次なる目的地へと向かうため駅へ。
その中にはこの場所から合流する勇美の姿もあったのだが、そのとき彼女が考えていたことは、ショートツアーに参加した者らに告げなかった事柄。
無意味に不安がらせる必要はないという事で隠していた内容。
虎王が目覚めるとされるとき。
それは世界中に大波乱が起きる際の事であるという言い伝えであった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
倭都編終了。
最後の最後に現れたのはこれまでさほど語られなかったビックネーム。
倭都に居る居ると言われながら姿を表す事のなかった主の登場です。
彼の活躍は今後の事として、次回はもう一か所の独立国家へ!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




