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神器『ブファンダ・コンプレシオン』


 ホテル『バンピーロ』のロビーにおいて再び対峙する二人であるが、理論型なのはエスカッティ・バンピーロだけではない。彼女と対峙するヌーベとて同じである。


「――――――!」

「逃がさないわ!」


 だからこそここまでの戦いを振り返り彼は結論を叩き出す。

 己が一歩真横に飛んだのと同時に飛来した赤い斬撃を肩に浴びながら察してしまう。


 長く戦えば戦うほど、自分の手から勝利の二文字が遠ざかっていくと。

 彼我の差は凄まじく、勝ち目など万に一つ程度しか存在しないと。


「まだ、だ!」


 これを掴み、手繰り寄せ、己がものとするとするならば、今こそ無理をするべき場面であると悟り、攻撃を受けたヌーベは歯を食いしばり、更なる一歩を踏み出していく。


「何かするつもり見たいだけど、許す気はないわ。様子を探る段階は、貴方を子供と侮る時間は、もう過ぎ去ったの」

「グゥッ!?」


 そんな彼の意思を挫くようにエスカッティ・バンピーロは動き出すが、その動きの鋭さは先ほどまでの比ではない。

 油断や慢心を捨て去っている今の彼女は、目の前にいる少年をかつてロッセニムに居た頃に戦った油断ならない対戦相手として扱っており、繰り出す杖の一振りはヌーベの腹部を正確に捉え、彼の望んだ通りホテルの外へ、彼の望まぬ強烈な勢いで弾き出す。


「フン!」


 もちろん追撃の手を緩める事もなく、吹き飛んだヌーベが奥にある壁にぶつかるよりも早く追いつくと、つい先ほどまで抱いていた『不殺の誓い』さえ放り投げ、頭部を破壊するため正方形の立方体が付いた先端部を振り下ろす。


「ッッッッ!!!!」


 ヌーベはこれを寸でのところで防ぐことができた。

 しかし防御のために顔の前で交差させた両腕は粉々に砕け散り、再び振り抜かれる一撃を防ぐ手立てはなにもない。


「オラァ!」

「!?」

「テメェがあのクソ人形の親玉だな。調子こいてるんじゃねぇぞ!」


 ただしそれは彼がひとりであればの話であり、この場には彼の味方になる人物が十数人おり、彼等を癒すだけの力を持った術師も存在していた。


「メェ~~~~!」

「貴方は!」

「リベンジを! させていただきます!」


 それは最初に不意打ちをかました兵頭我龍とガルゴネシア・イドラでもあり、不意に襲い掛かった二人の強打が、十全に動ける『程度』までしか回復していなかった彼女の体に重く響いた。


「邪魔よ!」

「うぉ!?」

「こ、この力は!?」


 だとしても決定打にはならない。

 この結界の主である彼女と挑戦者である子供たちのあいだにはそれほど大きな差が存在しており、完治した身の丈を超える二人の学生を、満身創痍な身ながらも退けていく


「――――よし!」


 ただその結果に辿り着くためには数秒ほど時間を要し、ヌーベはその間に必要な準備は済ませていた。


「堕ちて咲き誇れ! 天の華!!」


 戦いに励む一方で、ヌーベはクラウン・クラウドを経由させ増幅した属性粒子を、神器『ブファンダ・コンプレシオン』の能力で圧縮。それを遠くにこの結界の最上部にまで移動させ、来たるべき時のための備えとしていた。


 その時は今訪れ、ヌーベがホテルから飛び出してきたのと同タイミングで百を超えるカプセルが空中へと投擲。

 星も月も存在しない漆黒の闇において、世界を照らす灯りとなるように輝き出した。


「これ、は!」


 天上から降り注ぐ、百を超える属性粒子を固めたレーザー弾。

 それは目標であるエスカッティ・バンピーロを包囲するようにカーブを描きながら迫っていく。


「いいでしょう。これが貴方達にとって最後の希望であるというのなら、その悉くを、真正面から潰してあげるわ」


 彼女はこれを、手にした神器の杖を強く握りながら待ち受けた。

 闘技場において頂点に君臨し続けた彼女のプライドが撤退ではなく迎撃の道を選ばせ、迫る目標へと意識を集中させる。


「勝った」


 その光景を見た瞬間、ヌーベが呟く。そしてここまで隠し続けた最後の一手。神器『ブファンダ・コンプレシオン』の持つ力の神髄を、彼女に見せつける。


「――――――――全弾」


 物体を『圧縮』させる。


 それが神器『ブファンダ・コンプレシオン』の能力であり、誰でも同じことができるゆえに、神器の持つ能力無効化の判定をすり抜けられる。


 しかし誰もが同じことをできるからといってこの力が『能力ではない』という事にはならず、能力ゆえにできる事がある。


「分解!」


 一般的には、一度圧縮した粒子や能力というものは元々の状態に戻すことはできない。

 圧縮化した状態の物というのは解除された場合、無数の粒子となって消え去るのが基本的なルールである。


 しかしだ、能力によって圧縮されたものであれば話は大きく異なる。

 形は同じ圧縮なれど個人の技量とは異なる形で圧縮されたそれらは、解除した場合、消滅ではなく元の状態へと戻っていく。

 つまり今回の場合であれば、圧縮される前の姿として目標へと襲い掛かるのだ。


「あ……………………あぁ!」


 呆気にとられた声をあげたエスカッティ・バンピーロが目にしたのは、百を超える圧縮レーザーが元の姿と戻った様子。

 大量の雷が、氷が、水が、風が、杖による反撃では振り払えきれない量の気体や液体へと変貌した姿であり、


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」


 なおも抵抗するように動き出すが………………無意味である。

 我龍とガルゴネシアによる追撃を受け十全に動くだけの余力を失った今の状態では、迫る全てを捌き切ることはできず、彼女の体は襲い掛かる津波に包まれ、痺れ、凍り付き、押しつぶされる。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――!!!!」


 絶叫はなおも続くが途中で途切れ、


「空が………………」

「変わっていく………………………………」


 次いで起きたのは、彼等を包み込んでいた夜の帳とホテル『バンピーロ』の一部が飴のように溶けていく光景であり、それが戦いの終わりを示していた。


「ガルゴネシア君。みんなで結界を!」

「ええ!」


 だがヌーベは油断しない。


 相手は遥か格上の存在なのだ。すぐに意識を取り戻す可能性があり、溶けていく世界の美しさに呆けるのを慌てて止めると、切羽詰まった声で指示を出す。


「動かないことね」

「!」

「形勢逆転、ね」

「ま、またこの立場ですか!?」


 直後、彼の嫌な予感は的中する。

 彼らが空を眺めている間にカッと目を見開いたエスカッティ・バンピーロは、瞬く間に自分の周囲に居る面々を把握。

 その中にあっさりと血を抜くことができた狗椛家のご令嬢の姿を見つけると、他の者らが何かするよりも早く近づき、手にしていた神器マルコラーブの鋭い刃と化した先端部を彼女の喉に突きつける。


「悪いけど捕まるわけにはいかないの。この子の命が惜しいのなら、これ以上何かするような事はせず私を見送りなさい」


 続けて発せられた要求と放つ空気を前に、先ほどまで戦っていたヌーベらが動けなくなる。


 いや彼等だけではない。


 現実世界と繋がり始めた事で現れ始めた野次馬が、物珍しい光景を前に騒ぎ出す。

 その中には『すぐに事態鎮圧のために通報するべきだ』と告げる面々もいて、それを聞いた彼女が刃を僅かにだがユイの首筋にめり込ませ、


「その辺にしておきたまえ。貴方は負けたんだから、大人しくその結末を受け入れるべきだ」


 ヌーベらが周りの者に対し状況説明をしようとする中、前に出た者がいた。


「………………誰だ?」


 その人物に見覚えのある者はいない。


 黒いローブに身を包んだ姿をしていることから賢教の者であることくらいはわかるものの、瓶底メガネをかけた毛根の半分以上が死滅したちょび髭の中年オヤジに見覚えはなく、やや高い声を耳にすると切羽詰まった状況にも関わらず気が抜けてくる。

 それはエスカッティ・バンピーロとて変わらぬようで、


「勝負がついたにも関わらずだよ、まだやるというのならだよ、私がね、相手をしてあげるから。その手を下しなさいな」


 けれどそんなどこにでも居そうな人物が、身の丈を超える――――いや三メートルに届くほど大きな武器。

 中心部に丸い空洞が二つ開いた人切り包丁を掴んでいるのを見た瞬間、彼女はすぐに気が付いた。


 目の前で人畜無害そうな中年の姿に変装した人物の正体を。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


子供達VSロッセニムチャンピオン戦は完全終了。最後の足掻きが挟まりましたが、意識を奪った時点でやろうと思えば殺せる状況だったので、今回は子供たちの勝利です!


そして最後に登場した人物に関しましては………………また次回。


そもそもなんでいるんだよ! 


という理由が語られると同時に、長い一日が終わります。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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