追憶 半獣半竜の若者
「諦めて降伏する気になったら言いなさい。できるだけ楽に意識を奪ってあげる」
「メ、ェ!?」
対峙しているのは自身よりも遥かに小さな美女であるが、それが規格外の存在であると知ったのは、ほんの数秒前の事。
彼女がロッセニムにおいて頂点に座していたと告げた故だ。
そんな人物に体を片腕の膂力だけで持ち上げられ、頭部を勢いよく床に叩きつけられながらガルゴネシアが考えるのは、エスカッティ・バンピーロがさらりと言ってのけられた言葉。
『戦う理由に自身の意思が籠っているのか』そして『模範解答』という言葉である。
(嫌なところを突いてきますね)
誰が聞いても『正しい』と答える言葉を口にし、誰もが認める実績を積み重ねる。
それがガルゴネシア・イドラという存在が、かつて目指した生き方である。
「メェ!」
「綺麗な軌道。よく練習したのね。けど王道過ぎて見切りやすいわ」
「ッ!」
そうしなければ幼少期の彼に居場所はなかった。
素行を良くし、誰かに頼られるだけの力と知恵を磨かなければ、彼という存在は周りから冷たい視線を浴びる定めにあった。
なぜなら彼は、それほどまで希少で奇妙な種族であった。
ただの獣人であるならば問題はなかった。同じような者達はいくらでもいる。
二つの種族の血が混ざっている事も珍しくはあれど容認してもらえた。同じような立場の者は彼以外にもいくらかいたのだから。
だが流れている血の片方が竜人族のものである場合、話は大きく違っていた。
竜人族は身内には優しいし外部から来た存在に対しても優しいが『他の血を混じらせた同族』となれば異なっていた。
数年前、神の居城での戦いに参加する瞬間まで、彼等は大人になって結婚する場合、その相手というのは、自分たちの存在を世に知られてはならないため同族に限られていた。
なのでそのルールを破って生まれたガルゴネシアに対して、周囲の竜人族は奇異の視線を常日頃から向けており、友人の輪を作ることは思うようにできなかった。
では獣人族からの扱いはというと、こちらはもっと辛かった。
獣人族全体の長を務めていた銀狼のウルフェンは竜人族の長エルドラとの仲が悪く、その影響が竜の血を引く彼の身にも響いていた。
そのため獣人族の中に彼の居場所は存在せず、いつだって冷笑を向けられる対象となっていた。
これらの自分にとって不利益な印象を覆すために、まだ片手の指で数えられるほどの年齢の頃から、彼は必死に足掻いていた。
多くの人の目を惹くために様々な技を習得した。
野蛮であるという印象を覆すために礼儀を学び、知識を蓄えた。
多くの人らに認められるため心と体を鍛えた。
今しがた自然と口にした模範解答も、そうやって培ってきた数年あってのものである。
「メェ!」
「ずいぶんと丈夫だけど、見たところ山羊と竜のハーフと言ったところかしら。苦労してきたことでしょう」
「そうですね。ですが悪い事ばかりでもありませんよ。何せこの身を覆う鱗を、褒めてくださった方もいるのですからね」
では本音のところはどうかと言えば、口にしたものとは大きく異なる。
日々自身を律している彼が決して口にする事のない野蛮な理由であるが、今ここで勝ち目が極薄の相手に立ち向かっている理由は、極々単純で、『気に入らないから』であった。
初めて自分の事を『心強い仲間である』と言ってくれたアレクシィや東一郎を含めた、人生で初の『友達との旅行』。
これに泥を塗るような真似をした目の前の存在の事を、彼は気に入らなかったのだ。
だから足掻くことを決めた。
たとえ勝つことができないのだとしても、その顔を醜く歪ませるだけでも溜飲が下がると思い、彼は今こうして戦う道を選んだのだ。
「メェ!」
「………………そろそろ諦めて欲しいのだけど?」
乾坤一擲の思いを込めた錫杖の一振りが向かうべき強敵の手に収まり、手首を僅かに捻られれば、彼我の実力差を明確に示すように折れ曲がる。
「ッッッッ」
「!?」
ホテル『バンピーロ』の主であるエスカッティ・バンピーロにとって想定外の事があるとするならば、この展開をガルゴネシアが既に理解しており、だからこそ素早く次なる一手に向かえたこと。
錫杖があっさりと受け止められ折り曲げられる事を予期していた彼は、その結果を見届けるよりも早く二メートル越えの自身の体を丸めながら猛進。
美女の真っ赤な瞳は彼の体を覆う真っ白な鱗で埋まり、咄嗟に突き出した左腕による抵抗を瞬く間に突破。
「ぐぅっ!?」
驚愕から目を見開いた彼女の鼻先に付き出した肘をぶつけると、彼女の体は廊下の一番奥まで吹き飛び背中を壁にぶつけ、
「腕は折れました、か。体の丈夫さに関しては、そこまで常人離れしているようではありませんね」
ズルズルと音を立てながら落ちていき片膝をつく彼女に対し、言葉遣いだけは丁寧なまま、ガルゴネシアそう言いのける。
「命を奪わない。記憶を消して無事に返す………………これはそういう甘い態度を見せた私に比があると考えるべきでしょうね」
「?」
「その二つを変えるつもりはないのだけど、それとは別に一つ加えましょう――――お前には重いトラウマを一つ刻み込んであげるわ。これからホテルという単語を見たり聞く度に、ガタガタと歯と体を震わせ小便を垂れ流すレベルのトラウマをね」
応じるエスカッティ・バンピーロはというと、鼻血を一瞬で止めながら苛立ちを募らせた声と表情を晒し、その姿を見てガルゴネシア・イドラは満足げに頷いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回の話は前回の予告から大きく変えてガルゴネシア君の過去回。
誰にだってある嫌な差別の話。
できればもう少し先へと進めて行きたかったところでもあるのですが、体調を崩しているので短めで終わりました。申し訳ない。
なお本編で語られた差別問題は、実際には数年で終わっています。
これは蒼野が神の座になり種族間の差別問題にメスを入れたからで、それ以降は目に見えるほどひどいものは失くなってきました。
といっても幼少期に受けた傷は治らず、今日まで彼は子供の頃から続けた習慣を続けているわけですが。
次回はがっちり戦闘回です!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




