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鮮血の女帝 二頁目


 ガルゴネシア・イドラの前に現れた刺客『デュラハン・チャリオット』は突進力に特化した存在である。

 首のない二頭の牡馬の疾走から繰り出される一撃は、並大抵の者は勿論の事、修行に明け暮れていた熟練者さえも蹴散らす事ができるだけの突破力を秘めており、狭い廊下で動き出そうものならば、ぶつかった相手が挽肉になる事を想像する事は容易であった。


「メ。メ。メェ~~~~!!」

『!』


 しかし残念な事に、ガルゴネシア・イドラは並大抵の者でもなければ、修行に明け暮れた熟練者の枠組みをも飛び込しており、迫る巨躯を真正面から受け止めるだけの膂力を持ちえていたのだ。


 とはいえこれを知ることができなかったのは仕方がない事ではある。

 監視役としてホテル全域に配置した真っ赤なコウモリの目を通じ戦いの様子を見ていたホテル『バンピーロ』の主であるが、彼女の見る限りガルゴネシアは、一度たりともその身に秘めた膂力を発揮する事はなかった。


 これは彼の趣味趣向によるところが大きいのだが、結果として彼女は一手見誤り、放った尖兵は完全に制止。

 足元に敷かれていた絨毯をしわくちゃにするほど踏ん張っていたガルゴネシアは、二頭の牡馬を勢いよく持ち上げると、それ以上の勢いで床へと叩きつける。

 すると二頭の牡馬と引きずられていた馬車は、大量の血液となり周囲一帯に飛散。肩を揺らし荒い息を吐きながら、彼は最上階へと向け再度歩き始めた。


「………………もう一組の方は不死身の謎が解けず足踏みしている状態。こっちの方はもういくつか使える駒を派遣しておけば問題ないわね。やってくる方に関しては………………致し方がありませんね」

「マスター?」


 この光景を見届けたホテル『バンピーロ』の主は立ち上がり、側に控えていた青銅で作られたトレイを持ち執事服を着込んだ青白い肌をした青年は首を傾げる。


「あちこちで暴れた結果思わぬ事故が起きても困るし、やってくる彼の対処には私自身が動きます。お前は戻っていなさい」


 直後に彼女が指を鳴らせば控えていた青年は血液となって周囲一帯に四散。床に壁、果ては天井まで真っ赤に染まるが、この場所の主がもう一度指を鳴らせば飛び散った液体は全て彼女の指先に集まって行き、僅かに傾ければ机の上に置いてあったフラスコの中へと飛び込んでいく。


「彼は………………あぁ。予約もせずいきなりやって来た大所帯の学生一行の一人ね。名前はガルゴネシア・イドラ………………見たところ獣人のようだけどちょっと変ね」

「失礼ですが貴方は?」


 その様子を一瞥する事もなく彼女は真っ赤な絨毯の上を歩きながら廊下へと出ていき、手にしていた顧客名簿を見つめながらそう呟き、廊下の端から現れた羊の頭に竜の鱗に包まれた全身を持つガルゴネシアを前にして告げるのだ。


「ホテル『バンピーロ』のオーナーをしています。エスカッティ・バンピーロと申します。お客様、ようこそおいでくださいました」


 着ている真っ赤なゴシックドレスのスカートの端を掴み、お辞儀をしながら、凹凸の少ない声で自身の真名を。


「!」


 その瞬間、ガルゴネシアは体を震わせた。口の中に溜まっていた生唾を一気に飲んだ。


 圧倒的な生物としての格の違いを、野生の勘が瞬く間に理解してしまったゆえに。


「………………」

「ッ!」


 となれば警戒心を最大まで引き上げるガルゴネシアであるが、これは対峙するこのホテルのオーナーが、穢れを知らない真っ白な髪の毛と肌をして、真っ赤なゴシックドレスに身を包み、黄金で模様を描いたハイヒールを履いた絶世の美女であったからではない。

 理由こそわからなかったものの強烈な不安感に襲われたからだが、そんな彼を前にしたエスカッティ・バンピーロは、右腕をゆっくりと持ち上げながら凹凸のない声で告げるのだ。


「落ち着いて。話を聞いて貴方がこちらの考えに従ってくれるのなら、決して手出しすることはないと誓います」

「どういうことですか?」

「私の能力と目的をお伝えします。その上で戦うか、それとも手を引くかを決めて欲しいの。よろしいかしら?」


 ただその内容は全く想定していないものであった。

 目的ならば場合によってはあり得るが、自身の力などという最重要な手札を晒すなど、彼には到底信じられなかったのだ。

 だがそれが嘘ではない事を示すように彼女は持ち上げていた右手から音もなくフラスコを取り出すと、僅かに傾けながら開口。


「私は色々とやれるのだけどね、その根幹を担っているのが『鮮血創造ブラッディ・コンストラクションという能力よ。これは血液と他の何かを混ぜる事で、私の意のままに動く兵隊や物体を作り上げる事ができるというもの。これによって私はホテル全域の好きな場所を見る事ができるし、大量の戦闘員や血を補充するための作業員を抱えている。お茶汲み用の執事なんかも作っているわね」

「………………………………!」

「その数は十万人を超えているわ。それを貴方一人で対処しようとするのは、勇敢ではなく無謀ではなくて?」

「………………目的は? 能力から察するに、私兵の増員や増強といった具合ですか?」


 告げられた説明を聞くと挫けそうになるが、それを悟られぬよう平静を取り繕いながら先を促し、


「私の目的は若く美しい体を保つこと、そのために大量の血が必要で、こうやって人をおびき寄せて集めてるの」

「………………………………あの、気でも狂ってるんですか貴方は?」


 けれど最後まで聞いたところで、彼は思ったことを包み隠さず口にしていた。

 自分と彼女の間には凄まじい力の差があると知っていながらも、そう言わずにはいられなかった。


 なぜならそんなことはあり得ないからだ。

 悠久の時を刻むほど時を重ねた惑星『ウルアーデ』なのだ。

 その間に血に関する効果に関しても事細かに調べられており、近年ではこれまでしてこなかった科学的な捜査も実行。

 そんな効果を備えていない事をガルゴネシアは知っており、堂々と言い切った彼女を気狂いの類であると断じた。


「今の発言は聞かなかった事にしてあげる。それともう一つ、私がこうやって結界内でコソコソと動いているのは面倒な連中に目を付けられないよう気を付けているから。同じ理由で、人を殺すような事は絶対にしないし、やってることが気づかれないために、血を吸う量だって気にはしてるのよ」

「………………」

「貴方や下で抵抗している子に関しても、嫌な記憶はきれいさっぱり消してあげる。いかがかしら?」


 そんなガルゴネシアの発言をため息一つで受け流した彼女は、話を締めくくるようにそう告げ、最後まで聞いた彼は無言のまま静止。

 頭の中で色々と考えてみるが、嘘は言っていないと思った。

 殺人が起きているのだとすれば大きな騒ぎになっているのは確実であるし、ホテル自体の評判に関しても悪い物では無かった覚えがある。

 なのでここで頷いてしまえば血を取られ疲労は残る事はあれど、それ以上に嫌な事が起こるような事はなく、『リインさんの不幸が働いた』なんて思いながら朝を迎えられる事は想像できた。


「私の答えは『これ』です」


 かといって素直にはいそうですかと言えるかと問われれば、『否であると』と彼は思った。ゆえに錫杖を構える。


「………………………………理由を聞いても?」

「目の前で罪となる所業が行われている。これを見過ごせと言われ『はいそうですか』と言えるほど、人の血が通っていない化物ではありませんよ。私は」


 とくればしばし間を置いたところで残念そうな声が美女の口から零れ、確固たる決意を込めた言葉をガルゴネシアは口にし、それを聞いた彼女は鼻で笑う。


「なんとも面白味のない模範解答ね。そこに貴方の意思はあるの?」


 同時に告げられた言葉にガルゴネシアが一瞬体を強張らせる。

 しかしすぐに気を取り直すと持っていた錫杖の柄の底で地面を叩き、


「メェ!」


 乾坤一擲の声を上げる。

 これにより生み出されたのは、話を聞きながら用意しておいた術式の一つ。

 紫色の炎で作られた地を這う大蛇で、エスカッティ・バンピーロは跳んで回避。

 その状態の彼女へと向け無数の岩石弾を発射するが、彼女はそれらを持っていたフラスコを割って溢れ出した血と鋼属性粒子を混ぜて作った真っ赤な杖で弾き飛ばしながら着地を決め、


「メェメェ!」


 その瞬間を狙うようにガルゴネシアが接近。そして二度腕を振り抜く。

 すると一撃目は呆けていた様子の彼女の腕から真っ赤な杖を吹き飛ばし、追撃となった二撃目は顔面へと向け吸い込まれていき、


「貴方が中々やる子なのはわかっているのだけどね」

「!」

「一度ロッセニムを統治した身としては、この程度でやられるわけにはいかないわね」


 間に挟まるよう持ち上げられた右腕が、迫る脅威をシッカリと掴む。

 と同時に告げられた彼女の歩んだ道のりを知り、再びガルゴネシアは力の差を痛感した。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


遅くなってしまい申し訳ない。本来ならもっと早く上げられていたのですが、完成間近の状態でデータが消えてしまうという事故が発生した結果、この時間に。


という事で本編へ。

いきなり起きた事件ですが、わりと大物かつ後々に関係するような格で登場ですよホテルのオーナー。

ただ彼女にはもう少し秘密があって、その辺りに関してはもう少し先で。

次回は鮮血操る彼女が大立ち回りを演じる一話。

大人と子供の差が顕著に出る話となります。


それではまた次回、ぜひご覧ください!



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