鮮血の女帝 一頁目
現実世界とは異なる速度で動き続ける異界における午前三時十五分。
状況はこの場所の主が想像していた物と異なる展開を迎えていた。
「メェ! メェ!」
第一にホテル『バンピーロ』の中を我が物で突き進むガルゴネシア・イドラの存在が挙げられる。
睡眠薬や暗示を跳ね除けるだけの耐性を備えていた彼であるが、その肉体の堅牢さもまた並外れたものであった。
「無駄ですよ! その程度の攻撃では、私に傷など到底つけれない!」
我龍同様、彼はかなりの巨体だ。それこそ廊下の大半を埋めてしまえるほどに。
となればもちろん襲い掛かる刺客から打ち出される攻撃や迫る注射針など躱せるはずもなくぶつかっていくのだが、彼の強靭な肉体はその全てをなんの守りも敷かずに弾き飛ばす。
針は切っ先から折れ明後日の方角へと飛び去り、他全ての攻撃も身に纏う竜の鱗は防ぎきる。
「メェ~~~~~~!!」
それらを見届けながら、彼は持っている黒鉄の錫杖で地面を叩く。
するとその動きに合わせるように噴き出した紫色の炎が視界内に収める全ての敵を跡形もなく燃やし尽くすのだが、実のところこれは『非効率なやり方』だ。
「………………………………ハァ」
既に説明した通り、ガルゴネシア・イドラは類稀なる強さを秘めた肉体を備えており、単純に敵を倒す事だけを考える場合、半端な威力の術技など使わず肉体頼りの近接戦が最適解なのである。
「………………頭脳派を目指してるんですがねぇ」
それがわかっているゆえに羊の顔に浮かぶ表情は苦いもので、そんな風に愚痴を零すものの足は前へ。
目指すはホテル『バンピーロ』の最上階である。
「いねぇな。どこ行ったんだあの人は」
「も、もしかしたらぁ、先に動いているんじゃないんですかぁ?」
「ありえるが、そうだとしたらあまり嬉しくない状況だな」
「………………え?」
「そりゃそうでしょう。もし今暴れてるんだったらこんなに静かなわけがねぇ。つまり」
「も、もうやられちゃってるってことですかぁ~~~~! か、勘弁してくださいよぉ!」
「…………失言だった。今のは俺が悪いな。忘れてくれ」
一方の東一郎&リインサイドであるが、こちらは順調とは言い難い。
最初の目的地であった部屋。
動き始めてから最も近い部屋であり、戦力として十二分に期待できるはずであった兵頭我龍が、割り振られていたはずの部屋にいなかったのだ。
これは狗椛ユイと猫目メイ両名の部屋で起きた戦闘が原因であるのだが、その辺りの事情を知らぬ二人は推測を重ねる事しかできず、そんな二人の背後から青白い肌をした影がにじり寄り、飛び掛かる。
「お、来たか」
「ひゃぁ!?」
がしかし、伸ばされた腕は目標である二人までは届かない。
視線を向ける事も、体を捻ることもなく、刃渡東一郎は手にしていた刀で刺客を両断するが、この絶技を可能にしたのは彼の持つ刀に秘められた力にある。
天地勇美に渡した物と類似した性能を持つこの刀にはいくつかのメモリーが付いており、その内の一つに入っている『自動迎撃能力』が発動し、彼等の迫る危険を切り捨てたのだ。
「この感じだと、こいつらはハッタリが本体の雑魚ばかりだな。これなら目を瞑ってでもいけるな」
重要なのはこれが目を覚ましてから連続で通用した事実で、この時点で東一郎は敵方が数の多さや奇策はあっても、真っ向から戦えば負ける事はない程度の戦力と判断。
「近い所から回復させていこうと思ったんですが、これなら結構な余裕がありそうだ。次は一番頼りになるであろうヌーベ殿。もしくは選択肢の幅が広がるイレ殿のところに行きましょう」
「は、はいぃぃぃぃ………………!」
両手を合わせ祈るリイン・アンリアルを背後に控えさせた、年に似合わぬ老け顔の少年は、力強い言葉を発しながら我龍の泊まっていた部屋から飛び出した。
「………………面倒ね」
そんな二組の快進撃を持ち前の能力で見ていたホテル『バンピーロ』の主はそう評すが、声に熱は宿っていない。
例えるなら注文したコーヒーに角砂糖が付いていないような、『面倒事ではあれど少し手や口を動かせば事足りる雑事』程度にしか思ってない態度であり、
「補給係じゃだめだから別の奴に変えましょう。お前たちは戻りなさい」
「かしこまりました」
片膝をついた状態で項垂れる臣下の前で立ち上がった彼女は、側にある机の上に置いてあったいくつかのフラスコの内の一つを手に取り、親指と人差し指に力を籠め叩き割る。
するとフラスコの中に入っていた爪先程度の量しかなかったはずの血液が滝のような勢いで真っ赤な絨毯の上を埋め、かと思えば数か所に密集。
「あっちの彼にはもう少し質のいいのを使いましょう」
同じように掴んだフラスコを割ると、もう一度同じ光景が繰り広げられるが、結末、すなわち現れた者の姿は異なり、
「行きなさい」
主が冷たく言い放った瞬間、その姿は床に敷かれていた真っ赤な絨毯の中へと沈んでいき、後に残ったのは水面を打つようないくつかの波紋だけであった。
「「!」」
そしてそうして消え去った者達が次に姿を表したのは、主が退ける事を望んでいた二ヶ所の敵影。
「どうやら、これまでとは根本から違う連中のようですね」
東一郎とリインの元に現れたのは、頭部から足先までを真っ赤な甲冑で包んだ者達。
これだけ聞けば騎士に近い風貌を思い浮かべるかもしれないが、甲冑事態はどの個体もボロボロな事。
皆一様に口の部分が剥がれ落ちており、そこから長くて棘が付いた舌をダラリと露出させている事。
加えて武器の類ではなく鋭い爪を目標に向けている姿。
これらを総合して考えた場合、相手は奪った甲冑を綺麗にすることもせず、乱暴に着込んだ野盗を連想させるものであった。
「もう少し後ろに下がっててください。どうやら一筋縄じゃいかないようだ………………」
とはいえ姿形に囚われるほど東一郎は甘くはなく、立ち塞がった数体から放たれる空気に先ほどまでは宿っていなかった強烈な敵意を感じ、刀を握る腕に込める力を強くした。
「………………とんでもないものが出てきましたね。ここが廊下だという自覚はあるのでしょうか?」
対するガルゴネシアの方は東一郎サイドと違い複数ではなく一体のみだ。
ただ、その規模は大きく異なる。
廊下を埋めるように現れたそれは、二頭の真っ赤な馬に引かれた豪華な馬車で、その上に乗っているのはガルゴネシアと比較しても劣らないほどの巨体であったが、これらには不気味な点が二つあった。
一つは馬車を含んだ全ての色が赤く染まっている事。
そして二頭の馬と、馬車の乗り手らしき存在の首から上が存在しないというグロテスクなものであることで、ガルゴネシアが何らかの行動を起こすよりも早く、廊下の壁をひっかくような音を立てながら疾走。
「メェ!?」
ガルゴネシアの肉体へと真正面からぶつかり、彼の喉奥からカエルが潰れた時に似た悲鳴が漏れた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
二手に分かれた若者たちの活躍。
そしてホテル『バンピーロ』を支配する主が真価を発揮し始めます。
にしてもガルゴネシアは悲しい。目指す姿と持ってる才能が食い違っている故の悲しみがあります。
何だったら今のように紳士らしき振る舞いを捨てたほうが楽なんですが、普段は理知的ゆえにそうはできないというのが痛いところ。
次回はそんなガルゴネシアと大型個体の一騎打ち!
可能であれば今回の物語のボスであるマスターの能力の詳細まで語れればと思います!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




