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ホテル『バンピーロ』 四頁目


「つまりこうして眠っているように見える東一郎は、実際には気絶しているのに近い状況であると。そしてその原因が、血を吸われた事による貧血であると」

「は、はいぃぃぃぃ。このまま放っておくと、きっと良くない事が起きると思うんです! も、もしかしたら、死ししししししし死んで!」

「それは困りますね。どうにかできないんですかリインさん」

「ひ、ひぃ!?」

「なぜそこで退くんです………………!?」

「あ、すいません。ガルゴネシアさんの顔怖くって………………明かりのない部屋だと悪魔みたいです」

「貴方は………………遠慮がないと、いえ余計な言葉が多いと周りから言われませんか?」

「い、言われたことあります。よくわかりましたね!?」


 自身の上に乗っかっていた小人を腕の一振りで退け、リインと合流してからしばらくして目を覚ましたガルゴネシアを取り巻く環境は幾分か変わった。


 まず初めに完全に目が覚めた。

 睡眠薬の効果で朧げになるはずの判断力は、竜人が持つ一般人よりも遥かに強力な耐性により即座に解消され、既に敗北した面々とは異なる、眠気なしの十全な動きを発揮する事ができるようになっていた。

 次にリイン・アンリアルが訪れ、現状の正確な把握を行う事が出来た。

 彼女は睡眠薬の効き目から種類を判別し、更に夕食に睡眠薬が含まれていた事まで東一郎の姿を一瞥しただけで把握。

 更に貧血により気絶にとても近い状況な事まで把握。

 そんな彼女はガルゴネシアの言葉を聞き一瞬だけ身を縮こませたかと思えば、慌てた様子で東一郎が眠っているベットの後ろへ移動。

 ガルゴネシアの視線から外れるよう体を小さくすると、彼女の腕に巻きついていた包帯がそのベットの上で寝ている青年の体に近づくと、全身を包むよう足先から上へと昇っていき始めた。


「あの、貴方は何を?」


 自分から逃げていると思っていた少女がいきなり行い出した奇行に、備え付けのパジャマから普段着に着替えていた山羊と竜の血が混ざった少年ガルゴネシアが困惑したようで話しかけ、それを聞いたリインはベットの奥から目元辺りまでを突き出し、


「あのぉ、えっとですねぇ………………とりあえずお仕事はするべきだなーなんて思ったんです」

「お仕事、ですか?」

「その………………私って皆さんが怪我した際や病気にかかった際に、すぐに治す事ができるっていう事で、案内役に選ばれたんですよね。ですから、そうした方がいいのかなって………………」


 おどおどとした口調で伝えられたことを聞き、ガルゴネシアは思い出した。

 自分達に想像できないような不幸を強制的にプレゼントして来る彼女であるが、その役目は、旅の途中で投げかけられる理不尽な試練の類ではないのだ。

 自分が起こしてしまった事柄も含め、予期せぬ事故に遭った際や怪我を負った際、それに病気などで悩まされた際に、それらを癒す回復術師としての腕を買われてやって来ていたのだ。


「これは………………」


 付け加えるならばその腕は世界でも有数のものであるという事であったが、その意味を彼はすぐに知る。

 真っ白な包帯が顔を含めた全身に巻き付き、刃渡東一郎が包帯漢へと変貌し、それから数秒して包帯は足先から徐々にほどけていく。

 すると彼の顔色は貧血が原因の不健康なものから健康なものに戻っており、たてる寝息も正常なものに戻っていた。


「わ、私、昔からすごく運がなくて、ドジで、間抜けで、生きてる意味なんてまるでないゴミクズで」

「あの、そこまで自分を卑下しなくても………………」

「と、とにかく! 色々な目にあって、色々な怪我や病気の経験があるんです。軽い骨折から、下半身が吹きとんだり、脳が破裂したり色々! それでですね………………その度にその怪我の原因を大急ぎで調べて、それに最適な回復術を使ってきたんです。そしてこの包帯にはその全てが記録されるんです!」

「………………つまり?」

「これまで経験した全ての苦痛の記憶と記録、それに対処法を、私は自分の体を包む包帯に込めてるんです。で、ですから多分、人が想像できる範囲にある全ての怪我、いえ苦痛を経験している私は、全て治せるんです」


 それから行われた説明を聞き、ガルゴネシアは頼もしさと、それを遥かに超える恐怖を覚えた。


 『この世界にある全ての苦痛を経験した』


 その言葉が本当であると、敬語が標準になっている彼は全く信じていない。

 けれどそう豪語する事ができるだけの苦痛を浴びてきた事実だけは嘘ではないと感じる事ができ、その事実がとても恐ろしかった。


「メェ~~~~」


 とはいえ頭を切り替え考えてみれば今のような状況ではとても心強く、『この状況が何者かにより作為的に作られている』と考えた彼は山羊の頭を僅かに傾け、


「む!」


 そのタイミングで、彼の優れた五感は見事に捉えた。

 自分の背後に控えている、不幸体質を極限まで磨き上げた気弱な修道女。

 彼女へと向け迫る敵影があることを。


「させません!」


 それを即座に腕の一振りで退けたガルゴネシアであるが、直後に思考が止まる。

 理由は明白だ。

 自身が今しがた振り払った正体不明の悪漢が壁にぶつかると同時に大量の血液を飛び散らせながら四散し、ユイやエラッタ同様、その光景が現実のものであると信じられず思考停止に陥ってしまったのだ。


 そしてそうやって訪れた空白の時間を狙いすまし、ガルゴネシアの背後にいた別の伏兵が飛び出し、


「落ち着いてくださいガルゴネシア殿。人間があそこまで派手に死ぬなんて、滅多にある事じゃないんです」

「ふぇ!?」

「ですからまぁ、端的に行っちまうとあれは罠です。動揺する相手の隙をついて、その間にやることやっちまおうとする卑怯な手です」

「東一郎君!」

「血を固めて作った吐き気を催すほど悪趣味な人形。正体はそんなところですかね」


 その伏兵を、睡眠薬の効果も貧血も全て癒し、疲労さえ完全に解消した東一郎が振り抜いた刃により切り捨てる。

 他の者との違いがあるとすれば、彼が既に何度も戦場に飛び出て多くの『死』を見聞きし体験していた事であり、迫る伏兵が肉体を弾けさせ大量の血液を周囲に飛び散らせても微塵も動揺しない。

 残る伏兵も全て切り捨てると、二人を守るように前に。


「で、どうします」

「優秀な回復術師が居るんです。存分に利用しましょう。それと事件の首謀者の捜索もしなければいけません。前者をリイン君とボディーガード役で東一郎が。後者を私が担当しましょう」


 振り返って聞いて来た彼に対し、こめかみを鋭い爪が付いている右手で小突きながらガルゴネシアはそう提案し、


「一応確認なんですがね、本当に優秀なんですかその人。口から泡吐いて白目剥きながら意識失って痙攣してるんですがね」

「………………貴方を治したのはその人です。信じなさい。そしてすぐに意識を戻しなさい!」


 苦笑交じりの言葉を聞き、彼は額に手を置き悩ましげな声を挙げながらそう宣言。


「先に行きます!」

「ご武運を!」


 戦友が彼女の目を覚ますところまで見たかったガルゴネシアであるが、それはさせまいと迫る青白い肌をした刺客らを蹴散らしながら部屋の外へ。


「首謀者が誰かまではわかりませんが、王道で行くなら最上階か地下といった所でしょうか!」


 次々と迫ってくる敵影の数々を、彼はエラッタや我龍のようにいちいち相手にはしない。

 恵まれた肉体。すなわち鋭い針を全く通さない竜の鱗で包まれた肉体頼りの突進で蹴散らしていき、


「なるほどな。あんたを仲間のところに連れてきゃ、どんな怪我でもみるみる回復、と」

「は、はいぃぃぃ!」

「なら近い所から行って数を増やすか。着いてきてくれ」


 東一郎はリインを連れ部屋から出ていき、次なる目的地へと向け突き進み始めた。



 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


竜の体ってすごいね。

東一郎殿だけは殺しを見たりしちゃったりな経験がありますぜ。

そしてこれまで迷惑しかかけていなかったリイン、その本領を発揮するという三本立てな一話。


先の対抗戦では我龍相手に敗北を喫した二人ですが、今回の話で見ていただいた通り、我龍にはない長所を持っています。

次回も各々の長所を活かして存分に戦うぜ! 

なわけですが、これまで『オーナー』やら『マスター』としか呼ばれてこなかった敵側のお話も少々。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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