2-1.騎士になる為に side葵
「おお!!ここがお爺様の言っていた『クアルト』か。これは……とても立派な所だなぁ」
外から城を、外壁を見上げるだけでも、この街がどれほど立派なものか読み取れる。
僕が住んでいた所が田舎だった事もあるのだろうが、こんな立派な外壁やお城など初めて見た。
いや、現代の世界で、これほど立派な城や外壁などがある場所なんて限られている。
それは世界遺産や国宝として登録されているお城や、テーマパークのお城といったものでしかないだろうな。
しかし、ここはそういう歴史的な物や観光や遊ぶ為のものではなくものではなく、今も人が住み、現役で機能している。
そんな城は世界でも滅多にないと思う。
その光景に感心しつつも、僕は門へと歩を進める。
今日ここに来たのは、クアルトの観光や遊びに来た訳ではない。
僕――葵=フォン=アインスブルクは、今日より夢に向けて歩き出すのだ。
そう、ここで騎士になる為に。
入街の理由や滞在日数などの入街審査を通過して、大きな門をくぐり中に入ると、門番兵の恰好をした人が、左手に持った槍の石突きを地面に打ち付け、胸に右手を当てて姿勢を正す。
「ようこそ!クアルトへ!」
後から聞いた話だけど、これがこのクアルトの敬礼らしく、一糸乱れぬその姿はカッコイイ。
僕が目を輝かして彼らを見つめていると、一人の門番兵の恰好をしたお兄さんが、ニコッと笑って話しかけてくる。
「どうされましたか?何かお困りで?」
「い、いえ。カッコイイなって……」
「はははっ、ありがとうございます。こちらには観光で?」
「いえ、今日から僕もこの街に住む事になったんですっ!」
「ほう!それは素晴らしい!この街は良い所なので、きっと貴方も気に入りますよ!」
「はい!僕もそう思います!あっ、それでこの『クアルト広場』という場所には、どう行けばいいか教えて頂けませんか?ある人とここで待ち合わせをしているのですが……」
「お任せを!この大通りを真っすぐ行き、二本目の交差点を右に曲がると大きな広場が見えてきます。その広場が『クアルト広場』と呼ばれる場所です」
門番兵のお兄さんは、嫌な顔一つせずに大きな道を指差し、にこやかに道を教えてくれた。
「ありがとうございます。これでどうにかなりそうです」
「そうですか。では、貴方に善き出会いがあらん事を!」
「はい!」
そう言って再び敬礼をしたお兄さんに、それを真似て不格好な敬礼を返し、門を後にした。
新たな街で、新たな出会い。
そして、新たな暮らしの始まり!
嗚呼、本当に楽しみだ。
「確かここで待っていれば良かったよね?」
広場に無事着いた僕は、広場に面した喫茶店の窓を鏡代わりに身だしなみを整える。
窓に映る自分の顔は少し緊張していた。
初対面の時、相手に良い印象を与えるには、笑顔とその時に合った清潔な服装らしいからね。
これからここクアルトでの生活の保護者となってくれる人と会うのだ。
出来るだけ良い関係を築き、仲良くやっていく為にも、第一印象というのは大切にしていきたい。
などと考えていると、僕が鏡代わりに使った窓の先にはお客さんがいたらしく、その男性客に笑われてしまった。
少し恥ずかしい思いをしながら、広場にある時計を見つつ待っていると、窓が軽く叩かれる音がする。
振り返ってみると、窓越しに先程の男の人がスケッチブックをこちらに向けていた。
「……NY……」
どうやら、先程の男性はニューヨークに行きたいらしい。
ヒッチハイクならどうか他の場所でやって頂きたい。
反応に困った僕は、無視する事も出来ず、日本の人が困った時にやっていたの様に、軽く会釈だけして待ち人を探す。
すると、また窓を叩く音がする。
その音に律儀にも振り返ってしまった僕の目には、またスケッチブックがあった。
「……LA……」
この男性はニューヨークへのヒッチハイクは無理だと思って、先程より近いロサンゼルスに行き先を変えたらしい。
めげない精神力は買うが、僕が言いたいのは距離の事ではないのだけど……などと思っていると、男性の指がスケッチブックの中央を指差す。
思わず、その指が気になり『何かな?』と、指先に注目してみると――その男性の顔がスケッチブックを突き破り、LとAの文字の間から出てきた。
「ぶふっ」
不覚にも噴き出して笑ってしまった……なんて事だ。
「くっ……やられた」
この男性は僕を笑わす為に、これほど体を張るのか?
正気じゃない。
手で顔を覆い、なんとかいつも通りの顔に戻るのを待ち、顔から手を離し、再び喫茶店の中を覗くが、そこには先程の男性はいなかった。
僕は緊張のあまり、変な幻影を見たのかと思い首を傾げるが、その時、背後から肩を叩かれる。
咄嗟に振り返ると、そこには――先程の男性が『銀座』と書かれたスケッチブックの、銀と座の文字に顔を挟まれた状態で立っていた。
「くっ」
僕は顔を即座に逸らし笑いを堪える。
この人……タダモノじゃない。
しかも、銀座って……一気に行き先の距離まで詰めてきたよ。
ここまでやられては――完敗だ。
いや、なんの勝負かは分からないけど、負けを認めよう。
そして、負けを認めた後は逃げよう……全力で。
確かに彼の行動に笑ってしまったけど、何か面白いという事を通り越して、この人には戦慄すら覚える。
「……参りました……」
何に対してかは分からぬまま、このおかしな人に頭を下げた。
男の人は満足したかのように頷くと、ようやく喋り出す。
「ようこそ、クアルトへ。葵君」
どうやらこの頭のネジが何本か外れ……いや、頭の構造が常人と異なる人が、僕の待ち人だったらしい。
僕はこの人からは、ここで暮らす限り逃げられない様だ。
全く、デンジャラスな場所だ。
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