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薔薇や百合ではありません  作者: 小林 あきら
第一章 薔薇や百合ではありません
3/48

1-2

 しばらく歩き、学園に着くと、楓は腕から離れてしまう。


「あっ……」

「ん?どうしたの、悠?」


 つい、心の声が漏れてしまう。

 楓の体温が心地よくて、楓の胸が気持ちよくて落ち着くなんて言える訳ないので、咄嗟に言い訳をする。

 なんせ私は何でもできる優等生の超絶お姉様で通っているのだから、この事を追及されるのは、私にとって都合が悪いので、話を変えさせていただこう。


「ううん、何でもないよ。ほらあれを見て、今年も張り出されているわね」

「あ、本当だ。クラス替えがある人達は大変だね。でも、私達は『S』だから関係無いけどねっ」

「まぁ、そうね」


 どうやら話を逸らすことには成功したようだ。

 流石、私の中でチョロさに定評がある楓ちゃんだ。

 私達はクラス替えで一喜一憂する生徒を横目に校舎の中に入った。



 *****



 さて、ここでこの四宮大学園――通称:クアルト学園についてもう少し詳しく語っておくべきところだろう。

 この学園は大学の講義の様に必修教科と選択教科があり、そこから自分の学びたい教科や、興味のある教科を選ぶ事が出来る。


 それならクラスの必要性を感じない人がいるかもしれないが、それでもクラスというものが存在する。

 ホームルームや体育祭、文化祭、修学旅行などの催し物や、決め事の時なども学年ごとよりクラス毎の方が楽なので、という学園側の事情だ。

 なので、クラスというものは思いのほか大事だったりする。



 次に、この学園ではどの学年にもある特殊なクラスがある。


 それは『特殊技能促進学科』という無駄に長く意味の分からない名前で、通称『Sクラス』と呼ばれているクラスだ。

 このSがスペシャルのSなのか、スーパーのSなのか、シットのSなのかは定かではないが、特殊な生徒達が集められ、在籍している。

 この学園には一芸入試なるものがあって、この街の所有者であり、総学園長でもある銀次郎氏に気に入られたら、学力に関係なく入学できる。


 例えば、成績が優秀な人やスポーツができる人といった、比較的まともな理由でSクラスに入学や編入した人もいるが、手先が器用すぎて米粒に鶴と亀の絵を描くという『粋』な人や、エロ過ぎてどの学校にも入れないと泣きついて、入学資格をもぎ取った『豪』の者もいる。

 そのせいもあって、このSクラスに在籍している生徒は変人……ではなく、癖のある人が多い。


 そこが面白いところでもあるが、私もそのSクラスの一人なので人の事を言えないだろう。



 *****



 私達が2−Sの教室に入ると、去年と変わらぬクラスメイトの顔が確認できる。

 とても特殊な人達だが、同じクラスで一年も居れば、それなりに仲良くなるものだ。


「おはよう」

「おはよう。二神さん、三井さん」

「おはよう」

「おーっす。二神さんに楓ちゃん」


 こうやって、男女問わず挨拶もするが……例外もある。


「あっ、おはよう!二神さん!それとロリ巨に――」

「おはよう、エロ川君。それ以上楓に話しかけると……削ぎ落とすわよ?」

「ど、どこのパーツを……」

「聞きたいの?」


 目の前の男子――エロ川君はとても残な人であり、彼のの言動はとても危険である。

 なので、私の可愛い楓の前ではなるべく早めに潰す必要がある。


 先ほどの私の危ない発言も冗談だと思ったのだろうが、残念ながらこちらは『必殺』と書いて『マジ』と読むぐらい本気だ。

 包丁がこの手にない事が、残念で仕方がない程だ。

 どうやら、私の顔を見て私の言葉が本気な事を理解して震えだした。


「……い、いえ」


 エロ川君はそれ以上何も言葉を発することなく、自分の席へと帰っていく。


 ここで変な呼び方をされている男子がいるが、彼が先の例で挙げられた、我らがSクラスの猛者の一人である、通称:エロ川君だ。

 本名はあった筈だが、彼のエロさの前では普通の名字など何の意味も持たない。

 むしろ、全世界の彼と同じ名字の人が可哀相だと学級会に議題が上がったので、満場一致で『エロ川君』という呼び名が可決された。

 一つだけ言っておきたいのだが、これは別にイジメている訳ではない。

 学級会で満場一致という事なので、当然本人も了承している。

 というか、本人の方がノリ気で面をくらったのが、今でも印象的だ。


 彼の言動も行動も『エロ』という物を中心としており、とても残念な人物であるのだが、なぜか憎めないのが不思議だ。

 学園の七不思議に是非登録してほしい程だ。


 しかしながら、楓にセクハラ発言をした時、もしくはしそうな時、私はきっと修羅の様な表情と態度で、彼と相対する事になる。

 というか、なってしまう。楓という天然記念物の様な女の子を、エロ川という魔の手から守る為なら致し方がないだろう。




 そんな毎朝学ばない彼とのやり取りをしながら、他の級友達とも笑顔で挨拶を交わす。

 まぁ、私のこんなクズみたいな内面は別として、見た目は超絶美少女で、社交的な外向きの顔を使い分けられる私は、クラスでも人気者だ。


 去年もクラス委員を、無理やりやらされるぐらい人気だった。

 いや、本当イジメではなく『二神さんを差し置いてクラス委員なんて恐れ多い』という理由だ。

 決してイジメではない。

 私と彼らには、確かな信頼関係があるのだ。

 そう、イジメではない。我がクラスにイジメはない。

 ないったら、ないんだ!断じて違うからな!



 まぁ、冗談はこれぐらいにして、この学園の教室は歴史ある大学などでよく見られる講義室と同じ様な構造で、上下に動く黒板に、段差のついた座席となっている。

 席は出席番号順なので、私の席は真ん中の一番後ろと悪くない位置だ。


「ふぅ」


 溜息を吐いて席に着きしばらくすると、授業の開始の鐘がなった。

 その音で級友達も慌てて各々自分の席に着く。

 皆が着席したのを見計らったかの様に教室のドアが開き、三十歳ぐらいの男の人が入ってくる。


「お〜し、お前ら!席に着……って、着いてるか。え〜、今年も俺が担任だ。てな訳で、自己紹介は省略な。じゃあ、サクサク出席を取るぞ〜。朝倉」

「はいっ」

「井上」

「はい」

「上田」

「はい」

「エロ川」

「はいっ!」


 出席を取っているうちに少し説明をしておこうと思う。


 今、教壇の前にいる三十歳ぐらいの冴えない我らが担任。この人は当学園の教師で、私の叔父さんにあたるらしい。

 名前は岡田涼(おかだりょう)で、年齢はアラサー。

 私の育ての親であり、保護者でもある。


 ただ、この人は小さい時から、見た目も変わらないし、ずっとアラサーだと言っている。

 アラサーとはどのあたりの年齢までか分からないので何とも言えないが、何か特殊なアンチエイジングの方法でもあるのか、もしくは、野菜の人の種族なのか全くもって謎だ。

 外見は「おじさん」と呼ぶにはまだ若いが「お兄さん」と呼ぶには少し抵抗を覚える。

 目は切れ長の目といえば聞こえがいいが、開いているか分からない程細い。

 本当に細い。極めて細い。糸よりも細い。


「二神」


 涼さんの声で現実に戻ると、どうやら私の順番が来たみたいだ。


「はい」

「え〜、次に行く前に……お前今、先生の目の事考えてなかったか?」

「……言いがかりです。セクハラで訴えますよ?」

「そ、そうか?悪かったな。最近の子は超怖ぇな……え〜、星名」

「はい」


 そして、エスパーだ。エスパ○伊東だ。

 鞄から出てきたり、唐辛子を笑いながら食べたりはしないが、我が叔父ながら本当に謎多き人だ。



 *****



 そんな考えを他所に出席確認も終わり、朝のホームルームが始まる。

 今日は始業式なので朝のホームルームの後は、体育館に集まって集会だろうと勝手に予測して、涼さんの話を聞き流していると、隣から小声の喋り声が聞こえる。


「ねぇ、知ってる?このクラスに転校生が来るらしいよ」

「え?マジで?今度は何やらかした人なの?」

「分かんないよ。も、もしかしたら、普通の人かもしれないじゃん」

「でも、このクラスでしょ?」

「まぁ……そうだけど」


 転校生か……それより「このクラス=変人」という考えはどうなんだろう?

 なんと言うか「自分達もその一員なんだよ!」とツッコミを入れたい気持ちをグッと我慢する。

 そんな事言われるまでもなく、各自が自覚しているだろうからな。


 そんな虚しい考えを止め、涼さんの話が何処までいったか気になって、耳を欹てると――


「でな、先生があるカフェレストランで働いていた時の話なんだけどなぁ」


 涼さんの話は、どうやら私の想像していた事と違う内容を話している。

 流石涼さんだ。

 私の想像など軽く凌駕してしまう。

 聞いてなかった私が言うのもなんだが、涼さんが昔働いていたカフェレストランの話より、重要な連絡事項とか、もっと大切な話があるのではないのだろうか?


「注文が入ってパフェを作る時にな、コーンフレークとかアイスとか、果物とか色々盛り付けるだろ?んで、アイスを冷凍庫から取り出して、あのアイスを丸く綺麗にすくうヤツ。通称ディッシャーだな。お前達は知らないかもしれないが、冷凍庫から取り出したばっかのアイスって固いんだよ。だから俺は、そのディッシャーで頑張ってすくって、芸術的に盛り付けしていたんだ。その時、そこに店長が音もなくスッとやってきて、先生の肩を叩いてなんて言ったと思う?はい、井上!」

「え〜っと『パフェ作るの、上手だな』ですか?」


 涼さんは井上君の言葉に、笑顔を浮かべ『その通り!』と言いたげに、うんうんと頷く。


「だと思うだろ?普通の店長なら、そう言うかもしれない。でも、違うんだ。あの店長は周りのお客様や他の従業員に聞こえない様に、先生の耳元で『涼君。君はディッシャーでアイスすくう時、洋モノの男優みたいな声出すな』って言ったんだ。はじめはその意味が分からなかったんだ。褒められているとすら思ったんだ。おいおい、俺は全米を泣かしたり、沸かしたりできる、その俳優の声に似ているなんて、とても光栄だと思ったんだ」


 クラスのみんなは、これからどんな展開が待っているのか、何の話をしているのか分からなく、涼さんの言葉を聞きいっている。

 かく言う私もその一人なのだが。


「少し気になって、仕事終わりに考えたんだ。先生の声が『海外の俳優や、もしくは日本語吹き替え版の声優さんの声に、本当に似ているのだろうか?』と。しかし、ここで思い違いをしている事に気が付いたんだ」


 涼さんが手振り身振りを交えながら話していると、エロ川君は声を出さずに腹を抱えて笑っていた。

 ……という事は、そっち系の話なのか?


「店長は『洋モノの男優』と言った。俳優ではなく男優だ。まさかと思ったが、そのまま帰りにビデオレンタル屋に入って、大人しか立ち入れない暖簾の奥に入って、あるジャンルのDVDを借りて見てみたんだ。すると、どうだろうか?誠に残念な事に、彼の男優さんが出すあの声と、先生がディッシャーでアイスをすくう『んっ!んっ!』という声が、そっくりだったんだ」


 クラスの男子がドッと笑いだす。

 女子も顔を伏せて、肩を震わせて笑いを堪えているようだ。


 もちろん私は口元に手を置いて、肩を揺らさないように気をつけて素知らぬ振りだ。

 これでも中等部の子には『お姉様!』なんて呼ばれているのだから。

 下ネタで笑うなんて、理想のお姉様のイメージが崩れてしまう。


「それから、先生は毎回パフェを作る時には――」


 涼さんは話の途中で腕時計を見て、急に話すのを止めた。


「っと、お〜し、お前ら。時間も丁度いいし、廊下に並んで、体育館に移動な」

「え〜」

「先生!オチは?」

「また、いい所で」

「残念、時間切れだ。また今度話してやるよ」


 どうやら、涼さんの話も終わってしまった様で、これから体育館に移動らしい。

 話のオチが気になるので涼さんを問い詰めたいが、時間なら仕方がない。



 とりあえず、後で楓に今日のホームルームの内容を確認する事と、涼さんにオチを聞きに行く事を、心のメモ帳に記入して廊下に出た。




この物語はフィクションです。実在の人物や団体と全く関係ありません。

つまり、涼さんの話は私の友人の話ではありません。

もし、似たような話を聞いた事がある人がいても、それは気のせいなのです。


あっ、次の投稿は18時です。

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