11
その日の夜更け。人々がすっかり寝静まった頃。
宿の本屋敷の裏手にある小さな洗濯小屋。
篝火一つでその小屋の入口は照らされていた。
一人の男がその篝火の傍らにしゃがみ込み、うつらうつらと船を漕いでいる。
そこへ二つのランタンの灯と共に三人の人影が近づいてた。
人影の一人がその男に近寄り、肩を揺さぶる。
「おい、せめてもう少し見張りの体裁くらい繕ったらどうだ」
冗談めかした口調で起こされ、見張りの男は目を覚ました。
起き抜けの頭で正面に立つ三人の人影をぼんやりと眺める。
「あ、ご隠居」
自分を起こした男の後ろには、もう一人の男と共に、
ご隠居と呼ばれた宿の先代女将。
見張りの男はすぐさま立ち上がった。
「お勤めご苦労様」
先代女将はにこりともせず、見張りの男に労いの言葉をかけて引き戸を開ける。
もう一人の男と共に小屋の中へ。
すぐに、男と共に小屋の外へ出てきた。
手には男の持っていたランタン。
代わりに男は両手に二本の竹竿。
「黒で塗った竹鋏には黒髪の娘のもの。青の竹鋏には青髪の少女の。
何も塗っていない緑の竹鋏には妖精族の娘の下着が吊るされています」
先代女将は男たちに、そう説明した。
「間違えないよう手渡すのですよ」
「心得ております。それに関しては抜かりなく」
「それにしても一番人気の黒髪の娘がもっと多く下着を出していれば、
より儲けられたものを……」
先代女将は悔しげに不満を口にする。
「そこまでや」
その声に先代女将たちは、ギョっとして辺りを見回した。
「なるほどな、髪の色に対応した竹鋏で持ち主を区別しとるいうわけか」
暗がりの中から浴衣姿のカナタが姿を現した。
帯には愛用の小刀を鞘ごと差している。
それに呼応するように周りの暗闇の中から、
同じく浴衣着の吹雪、マーディ、さらに若旦那と若女将。
総勢五人が先代女将ら四人を取り囲む。
吹雪は手に木刀、マーディは石縋を握っている。
三人が武装しているのは相手が万が一暴挙に出た場合に対処する為だ。
「あんたらの悪事はすべて、下働きの男に暴露させたで。
まさか下着を競りにまでかけさせとるとは思へんかったがな」
「母さん、もうこんな事はやめて下さい」
若旦那が一歩前に進み出る。
「何を言っているのです?」
この期に及んでも先代女将は、まだすっとぼけようとしていた。
「私はただ、乾いた洗濯物を取り込みに来ただけですよ。
下働きが暴露? たかが下男一人の言う事を誰が真に受けるというのです?」
若旦那含む五人は絶句した。
「呆れたな……まだ恍けるつもりなのか」
マーディはうんざりした口調。
「もう容赦する必要はないだろう。
俺たちは明日クレシェンテに到着する予定だ。そこの治安警備隊に訴えよう。
取り合ってくれないようなら領主に直訴してもいい」
サジを投げたようだ。
「それも、もはや止むなしかも知れませんね……」
若女将も諦めたように深い溜息を吐く。
「あなた方にはあまり罪の意識が無いのかも知れませんが、
あなた方のしている事が被害者の女性にとって、
どれだけ精神的な苦痛になっているか考えたことがありますか?」
マーディと若女将の二人にそこまで言われ、
さすがに男たちの方は観念している様子だ。
「要するにこの場にいる全員が納得出来るだけの証拠があればええんやろ?」
カナタは竹竿を持つ男に歩み寄った。
「うちの下着、返してくれへんか」
そう言って自分の下着を一枚、吊るされていた竹竿から奪い取る。
「やはりな……」
下着を手にして確認する。
そして下着を高々と掲げて勝ち誇ったように言い放つ。
「洗ってないのが何よりの証拠や!」
全員に走る衝撃。
「何でそれが証拠なの?」
いつもの如く吹雪だけが理解出来ていない。
しかし、その質問に答える者は誰もいなかった。
「何故、洗ってないと断言出来るのです?
洗ってないという証拠はどこにあるのです?」
それでも先代女将の難攻不落ぶりは未だ健在であった。
カナタもこれには驚愕した。
手に下着を握り締めたまま顔を俯ける。
しばらく後、
「わかった……なら、その証拠見せたる……」
決意したように顔を上げた。
「ただし、うちにこの行動取らせたらあんさんのことは一生許さへんからな……。
絶対に後悔させたるで……」
もの凄い気迫でそう言いつつ、先代女将と向かい合うカナタ。
しかも涙目であった。
震える手で自分の下着を先代女将の鼻先へと近づけていく。
先代女将の顔もさすがに強張っていた。
「もう、よしましょう母さん」
カナタの手を若旦那がやんわりと抑えた。
「母さんがどうしてそこまでお金を必要とするのか、私は知っています。
父さんの跡を継いで、クレシェンテの孤児院に送金しているからですよね?」
「どうしてそれを……」
「亡くなった父さんから密かに聞かされていましたから……。
けれど、いくら身寄りのない子供たちの為とはいえ、
母さんたちのやっていることは列記とした犯罪です。窃盗です。
そんなやり方では父さんが浮かばれませんよ」
若旦那は若女将を振り返った。
「彼女の言った通り、下着を盗まれた女性の気持ちを考えて下さい。
助けられる子供たちの裏では泣いている女性たちがいる。
それじゃ本末転倒じゃないですか。
お金を送る以外にも孤児たちにしてあげられる事はあるはずです。
今まで見て見ぬふりをしてきてすみません。
これからは私も母さんの力になります。
……だからもう、こんなことはやめて下さい」
若旦那は先代女将の手を取った。
「この先、何が出来るか一緒に考えて行きましょう」
ついに先代女将はがっくりと崩折れた。
「ありがとう……お前の言う通りだね……私が悪かったよ……。
どうか許しておくれ……」
地面に伏して泣き崩れる。
若女将も三人の男たちも涙ぐんでいた。
孤児として決して他人事ではない吹雪も涙で瞳を潤わせている。
「吹雪……」
そんな感動的な場面の中、マーディが小声で傍らの吹雪に語りかけた。
「何?」
「今夜の事は全て忘れるんだ。いいね?」
「うん、わかった!」
吹雪は迷いなく元気に返事をした。
カナタは自分の下着を握り締めたまま放心状態で棒立ち。
こうして下着泥棒を巡る騒動は解決した。
翌朝、心のこもった朝食を振舞われた四人は、
宿の面々に丁重に見送られて出発した。
若旦那、若女将だけでなく、先代女将、
仲居の女たちや悪事に関わっていた宿の下働きの男たち、
宿の従業員総出で四人に深々と頭を下げている。
宿の男たちが所持したいた盗難下着は全て回収され、
まとめて衆目の下で燃やされた。
せめてもの罪滅ぼしというわけだ。
ドリスたちの下着も盗難下着と共に燃やされた。
改めて洗って返されても、彼女たちにとっては
もはや心情的に抵抗があると双方合意の下で考慮した結果である。
代わりに枚数分よりさらに多めの新品の下着を、呉服屋から受け取った。
吹雪などは、以前のものより上質なものに変わったと
無邪気に喜ぶ始末であった……。
ドリスはさらに自分たちの着ていた浴衣も、
目の前で洗わせるという徹底ぶりで一切の妥協を許さなかった。
いまいち釈然としない思いを抱えながら、四人は村を後にするのであった。




