プロローグ:狂った天秤
皆さまはじめまして!
二御丸 雪です。
歴史物ですが、読みやすいよう、私なりに工夫して書きました。
大分県の戦国大名・大友宗麟と、大分県別府湾にて戦国時代、一夜にして沈んだ「瓜生島伝説」(うりゅうじまでんせつ)をご存じですか?本作は、それについて書きました。フィクションゆえ、実際の歴史上の出来事の時系列はあえて無視しています。
楽しんで頂ければ幸いです。是非ともご覧ください!
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2026年冬、ポルトガルの古都にて、1500年代のものとされる東インド会社の文書が発見された。
その内容は「アイオイ」なる、海を渡ってきた日本人が晩年に語ったインタビューを記したもので、「信憑性がない」という理由で棚上げにされている、大分県立郷土館所蔵の書簡の内容と一致している。
これから述べるのは、上記の内容の詳細である。それは歴史の闇に消された、驚愕すべき豊後国(現在の大分県)の記録である。
本来歴史とは、決まりきった過去のものではない。文献や発掘物等を現代の人間が解釈し、織り上げるものであり、常に更新されていくものだ。ゆえにこれから話す内容も、その歴史に加わることを切に願うものである。
「今日の殿は機嫌が悪い。逆鱗に触れることのなきよう」
織田信長に謁見する商人らは側近らからそう言われた。
天正〇年三月、安土城。春の重苦しい夜を、中庭に居座る鳩の群れのさえずりと灯火の爆ぜる音だけが震わせていた。織田信長は、広間に並べられた堺の豪商・日比屋了慶の帳簿を、獣のような眼光で睨みつけていた。
「……了慶。この数字の不一致、どう説明する」
信長の低い声に、了慶は畳に額を擦りつけた。
「……恐れながら、分かりませぬ。大友宗麟公がマカオ、インド、さらには明の商人などから買い付けている南蛮武具、鉛、香辛料などの総額は、大友領の九州六国の銀山の産出量ではその半分も賄えぬはず。石見銀山から調達したとしても知れているでしょう。にもかかわらず、南蛮の商人は金銀と、豊後の名産品が届くのを喉から手が出るほど待ち侘びているというのです」
信長は、傍らに控える宣教師ペトロスを冷たく一瞥した。
「貴様らも、この狂った取引に一枚噛んでいるのだろう?」
ペトロスは胸の前で素早く十字を切った。
「織田様……我ら教会の者ですら全容は掴めておりませぬ。豊後の同志のしていることはいつも事後報告。ただ、リスボン(現在のポルトガルの首都)の都では今、噂が流れております。『東方の王ドン・フランシスコ(豊後国の戦国大名・大友宗麟の洗礼名)こそ伝説の「プレスター・ジョン」だ。王の国には、石を銀に変え、空を焼き尽くす魔法の塵が眠っている』と」
「ほう、その噂はどこまで届いておる」
「公会議で既にローマ教皇の耳に届いております」
静かなどよめきが起きた。公会議とは信長らが取引しているポルトガルやスペインなどのカトリックにとって、重要事項を決める最高会議。この戦国にあって、脇役でしかない大友宗麟がそのような最大級の賛辞をもらうことは、ひたすらに謎であった。
「何だと? 大友宗麟め。九州の田舎侍が、今さら天下を騒がせるか。しかも外敵を招き入れようとは」
信長が吐き捨てるように言った瞬間、列座していた側近の武将たちが顔を見合わせ、声を上げた。
「上様、まさか……? いかに宗麟とて、異国の軍勢を国内に引き入れるなど、正気とは思えませぬ。九州の山猿に、そのような真似が……」
その言葉が終わらぬうちに、信長は傍らの文台を蹴り飛ばした。凄まじい衝撃音が広間に響き渡る。
「馬鹿共が! お前たちは足元から刃が飛び出てきているのがわからぬか!」
信長は立ち上がり、壁に掛けられた海図を激しく叩いた。
「甲斐の武田やら比叡山の坊主やらと上ばかり見て、わしも不覚だった。見ろ! 九州から本州へ至る海路には、いつの間にか宗麟の息がかかった砦が築かれ、通行が厳しく制限されておる。これは守りではない。侵略のための『門』を固めておるのだ。マカオにいるポルトガル海軍、インド、明……海を越えたすべての野心が、宗麟の門を潜ってこの国へ流れ込むのだ。奴は異国の力を借りて京都に昇ろうと考えておるのだ。日の本を南蛮に売り渡すつもりか、あの男は!」
言い終わると、信長の背後に一つの気配が近づいた。側近らが侮蔑の眼差しを向ける。密偵、暗殺、敵陣の仲間割れ、特殊工作―そうした汚れ仕事を担う隠密部隊の隊員。彼ら誇り高い武士は、同じ部屋にいるのも嫌悪を覚えた。
「こやつらに教えてやれ」
信長の鋭い声に応じ、斥候が口を開いた。豊後の国に忍び込み、命からがら帰還した斥候が差し出した布の中には、鈍く、不気味に青白く発光する石の欠片があった。
「申し上げます……。豊後では貿易拠点は臼杵に移転しましたが、秘密の品や宗麟公指定の品を積んだ船は府内・沖の浜港につけております」
「そうではない。あの火薬の話をせんか!」
信長の叱咤に、隠密は冷や汗をかいた。
「ははっ。豊後には至る所に温泉が湧き出しております。その熱に当てられた石は、数百年を経て銀色の肌へと変質します。それを更に温泉の湧く海域に数か月漬け込むと、『ムレイシ』なる鉱物になるようです。これを臼で磨り潰せば、我々の使うそれを凌ぐ破壊力を秘めた『銀の火薬』となります。爆ぜれば銀の鱗粉を撒き散らしながら、後片もなく消え去ります。宗麟公はこれを対価に、南蛮の最新兵器や香辛料などと交換しているのです」
集められた家臣はごくわずかであったが、斥候の報告に大きなどよめきが湧いた。堺の南蛮商人が呟いた。
「大友宗麟が異国の者まで巻き込むならば、かつてない朝廷に対する大逆……」
信長は怒りを抑えながら頷き、静かに返答した。
「これでわかったか。もし大友の九州六国と外敵が手を組めば、薩摩の島津、肥前の龍造寺など相手にもならん。毛利や長曽我部など軽く蹴散らして京にすぐたどり着くわ! 朝廷と幕府の権威など軽く蹂躙されようぞ」
信長は、台座に置かれた銃身の短い鉄砲、いわゆる「短筒」を掴み上げた。よく見るとその鉄砲には、火縄がどこにもなかった。
ペトロスは驚いた表情で呟いた。
「それは……我が国でもまだ研究開発中のはず……」
「ことごとく知らないようだな。お前らは自分の国に、捨て置かれているのではないか?見よ。わしも開発中とは聞いていたが、豊後の鉄砲職人が完成させたわ」
信長はそう言い、その鉄砲をペトロスや側近らに見せた。しばしの沈黙の後、右後ろにいる少年を見ていた。
「火縄がない?」 「どうやって撃つのだ?」
側近らは驚いてその鉄砲をまじまじと見ていた。鉄砲の内部まで見せる時間を与え、信長は問いかけた。
「どうだ、弥吉?この鉄砲を我が軍でも作れるか?」
鉄砲職人の弥吉は言った。
「出来ないことはありません。ただ、かなり時間がかかるかと」
「いかほどだ」
「少なくとも半年以上。構造が複雑な上に、知らない部品も多数あります。しかもムレイシなる火薬に耐えられるものに仕上げるとなると、材料の選定、実験から始めなければなりません。もしかしたら、南蛮から部材を入手しなければならぬやも」
武具造りの職人の頭でもある弥吉は、これまで数々の信長の要求と期待に応えてきた。その弥吉が言うならば間違いはないだろう。弥吉の言葉に失望し、豊後への不安がますます募った信長。その重い口を開いて呟いた。
「少なくとも半年。では1年以上か。……おい、漣」
信長の呼びかけに、暗闇の中から一人の少年が進み出た。
碩田 漣。豊後の国の武家の長男として生まれ、五年前、石清水七幡宮へと向かう宇右神宮(うゆうじんぐう 日本中に数万社ある七幡神社の総本社。豊後の宇右地方にある)の宮司の護衛として同行した道中に野党に襲われた。護衛、宮司ともに壊滅となるも、息のあった彼だけ信長に拾い上げられた。彼は信長の命を忠実にこなす「意志なき刃」であった。その背後には、同じく影のように控える中島、泉、相生の三人がいた。
「漣、お前たちに命ずる。安土のセミナリオ(宣教師養成学校)から豊後のコレジオ(神学校 セミナリオよりも上位の高等教育機関)へ異動となる宣教師たちの護衛として、豊後へ潜れ。お前たち自身も、一応キリシタンという『仮面』を被るのだ」
信長は手に持っていた鉄砲の銃口を天井に向け、引き金を引いた。ハンマーが内部にある、鋭く研ぎ澄まされた鋼の突起―撃針(げきしん 別名:ファイヤリングピン)を推進させ、カチリと冷たい金属音が響く。
「この火縄なき銃は、大友宗麟が大量生産している。この斥候によると、種子島(火縄銃)でも遥かに届かない距離にある的を射抜く。この銃とムレイシの製造場を突き止め、跡形もなく燃やしてしまえ。……お前たちの報告を待って、わしは水軍を編成し、一気に豊後を海から踏み潰す」
「……御意」
中国地方の毛利氏攻略等のこの真っ只中で、水軍などとても出せるものではない。つまり、彼らだけで豊後には対処しなければならないということだ。
漣の瞳には、一切の感情が宿っていなかった。彼にとっては、信長の命令だけが、自分がこの世に存在してよい唯一の証明だった。
「ペトロス、そういうことだ。豊後のコレジオに転入するよう、早急に手続きをすすめよ。くれぐれも余計なことを、書簡に書かぬようにな」
魔王・信長の命は下された。銀色の鱗粉が舞い、戦国の世を塗り替えようとする不吉な火花が散る豊後へ、少年たちは静かに歩き出した。
今後何章も続きます。プロローグ→第1~6章と続き、最終章の合計8章です。ご期待くださいね!




