シーン9:凪にゆられて(4)
「さて、私はどうしましょうかしら?」
不意にそう言った蓮理さん。
確かに、望と明菜の元へ行くのも気が引けるだろうし、ここでこうして僕等といるというのも退屈だろう、せっかく海に来たのだから。
「じゃあ、私たちの話し相手になってくれない?」
そうやって姿を見せたのは神楽さんとリディアさん。
けれど・・・・・・。
「神楽さん、泳がないんですか?」
楓がそう尋ねるのも当然、神楽さんは水着ではなく、普通に服を着たままなのだ。
若干、昼食の時よりも厚手の服のようだった。
「ええ・・・私、肌が弱くって。浜の日差しは辛いわ」
そういえばいつも長袖だし、今も日傘を差している。
麦藁帽子まで被って、これは長時間浜にいることも出来ないほどじゃなかろうか・・・きっと僕らに顔を見せるくらいのつもりで浜に来たのだろう。
「でも、そちらの方は水着ですのね?」
リディアさんもなかなかスタイルがいい。
蓮理さんほどではないにしろ、楓より遥かにおおき・・・
げしっ!
「痛っ!?」
「どこ見てるのよっ!」
またしても楓に蹴られた。しまった、つい視線が行っていた。
でも僕だって男なんだから仕方ないじゃないか、と抗議したいが更に蹴られるだけなのでやめておく。
「いいもん、どうせ小さいもん・・・」
またいじけてしまった楓。
あちゃ。
「まったく・・・麻人はホントに鈍いわね」
「やはりあなたもそう思われます?」
なんか年上の余裕を感じるこの二人、神楽さんと蓮理さん。
あ、何気にリディアさんも少し笑ってるーーーあれ、無表情かと思ったら、ちゃんと笑えるんじゃないか。ほかのみんなは気づいていないようだったけど。
「じゃあ、二人の邪魔をしたら悪いし、あっちの海の家で話しましょ」
「そうですわね・・・あなた方には少し興味もありますし、そうしましょう」
気さくな神楽さんの言葉に、蓮理さんまでもがあっさりとその提案に賛同した・・・何か、一瞬だけ連理さんの表情が強張ったものに変わったような気がしたけど。
神楽さんは嬉しそうにリディアさんにも問いかける。
「決まり!リディア、あなたもいい?」
「はい。神楽様がそう仰られるなら」
そのリディアさんの返事に少しだけ拗ねた様な表情を見せる神楽さん。
たしなめるような物言いで彼女に言った。
「もう・・・二人でいるときは『様』なんて付けないのに・・・それに、あなたはあなたの意思で行動していいのよ?」
すると、リディアさんは神楽さんに向けて確かに笑ったのだけど。
「はい。ありがとうございます、神楽」
―――どこか、違和感のある笑顔だった。
「ねえ、いいかげん元気出してよ~・・・」
「ふーんだ、麻人君には私の気持ちなんて分からないわよーだ・・・」
蓮理さんたちが海の家に向かい、その姿が見えなくなっても未だに拗ねてしまっている楓、これは重症だ。
あーあ、どうしよう・・・そうだ、奥の手第二弾!
「そんなに気にしないでよ、楓の胸は小さくなんかないって」
そうだよ、比較対象のレベルが異常に高いからいけないんだ。
それを教えてあげればいいじゃないか。
「・・・ホントにそう思う?」
「うん。だって、もっと小さい人なんていくらでもいるよ」
「・・・その言い方もどうかと思うけど?」
余程自分のものに自信が無いのか、疑いの視線Maxで尋ねてくる。
けれど、僕は自信満々に続ける。
「そうだよ。だって15にもなればそれなりの大きさになるだろうに、未だに洗濯板のような子もいるんだから」
「・・・?」
いきなりのその物言いに楓は首を傾げる。
しかしそれは本当のことだ、僕が言うのだから間違いない。
「あれじゃ80どころか70もあるんだか・・・あはは、色気もへったくれも無いよね」
そこまで言った僕を、はっとして何かに気づいたように慌てて止めようとしてくる楓。
だけど、絶好調の僕を止めることなんて出来やしない、そのまま調子に乗って続けた。
「ね、ねえ麻人君・・・それ以上言わないほうが・・・・・・」
「だからね、楓は落ち込む必要ないんだよ。そんな洗濯板のぺちゃぱいの小学生に間違われるようなのに比べれば、全然大きいんだから」
「ふーん、それは誰のことかな?」
「それはもちろん・・・・・・」
そう答えようとしたとき、何かに気付く。
誰のこと、と尋ねたのはどう考えても楓の声ではない。
じゃあ、誰だ?
ここまでの登場人物でこの会話に反応する可能性のある人物は・・・?
「私の、ことかーーーーーーーーっっっ!」
本日、二度目のノックアウトだった。
「―――あなた方、何者ですの?」
海の家で飲み物を飲みながら簡単に自己紹介を済ませた後、蓮理さんが神楽さんとリディアさんに尋ねた。
神楽さんは、その言葉の意味を理解しているのかそうではないのか、含みを込めた物言いで返す。
「ん?それはどういうことかしら?」
「桜坂さんもそうですけれど、まずリディアさん――少し・・・いいえ、かなり普通とは違う空気をまとっておられますわ」
先ほどまでの穏やかな目つきとは似ても似つかない鋭い目つきになった蓮理さん。
もし僕なんかがその場にいたならば、その目を見ただけで震え上がっていただろう・・・それほど圧倒的な迫力。
「そうかしら?リディア、何か心当たりある?」
打って変わっていつも通りの穏やかで余裕のある表情で受け流すような神楽さん、そして相変わらず無表情のリディアさん。
「・・・島崎様のお言葉の意味が理解出来ません」
「ですって。この子、生まれ育ちが普通じゃないのよ。それに、この性格でしょ?だから何か違和感を覚えるのじゃないのかしら?」
とぼけた様に言う神楽さん。だが、その瞳の色は信じられないほど深い。それは何もかもを吸い込むかのように・・・しかし蓮理さんもさすがだ、ひるむことなく言葉を返した。
「残念ながら私も一家の職業上、普通ではありませんの。霧島君と鈴鳴さんのお友達を疑いたくはありませんけれど、せざるを得ませんわ。それだけ、あなた方からは『何か』をひしひしと感じます」
蓮理さんの突き刺すようにキツイ言葉。
しかし神楽さんはそれをまるで人ごとのように、冗談を言うかのような物言いで返す。
「そうね、実は『リディアは人間じゃない』・・・・・・って言ったら、信じる?」
何故かその言葉に少しだけ驚いたかのようなリディアさん。神楽さんはそんな彼女にウインクをした。それにどんな意味があるのかは、今は推し量ることさえ出来ない。
「なんて、そんなわけあるはず無いけどね♪」
そう言うと同時にリディアさんに抱きついた神楽さん。その様は仲の良い姉妹で戯れているかのように見えた。
普通ならばこの問答はここで終わりだろう・・・しかし、相手は蓮理さん。
―――そんな結論で片付けさせはしなかった。
「・・・確かに、以前の私ならばそんなこと世迷言のようにしか思えませんでしたけれど、霧島君に出会ってからは変わりましたわ」
「え?」
まさかそんな風に返されるとは夢にも思わなかったのだろう、今度は蓮理さんのその言葉に対し、さすがに驚きを隠せない神楽さん。
「世の中は自分のものさしだけで図ってはいけません。常識とは掛け離れた非現実的な出来事だって起こり得る・・・彼からそう学びました」
その言葉を口にしている間だけは微かに物憂げで、かつ、少し柔らかい表情になる蓮理さん。
しかしまたすぐにそれを引き締めて、それはまるで宣言だと言わんばかりに。
「リディアさんが人間ではない・・・その可能性も考慮しておきますわね」
「なっ、どういう・・・」
目を見開くほどに驚いた神楽さんが何か言いかけると、蓮理さんは有無を言わせる暇を与えないと言わんばかりに席を立った。
「ごちそうさま、そろそろ浜に戻りますわ。あの二人をこれ以上放って置くと、高校生にあるまじきところまで行ってしまいそうですから」
そして蓮理さんは海の家の出口に向かう中、すれ違い様に神楽さんの耳元にそっと、ほかには聞こえないように・・・けれど重く囁いた。
「・・・桜坂さん、あなたはリディアさんにも増して違和感がありますわ・・・今はそれについて詳しく問いただす気はありませんけれど―――」
その時の蓮理さんの声はキツイなんていう生温いものではなかった。
それを向けられたのが僕だったならば間違いなく腰が抜けているほど怖いくらいの・・・悪い言い方をすれば『脅す』というほどに。
「―――私の友人たちに何かなさったら、絶対に許しません」
「・・・あの方、何か気付かれたのでしょうか?」
リディアさんが不安気に神楽さんに尋ねる。
すると彼女は、普段とは明らかに違う・・・冷めた笑顔で答えた。
「まさか。単なる勘でしょ」
「しかし、あまりに・・・」
リディアさんが言葉を呑む様子を見せると、やはり神楽さんはいつもとは掛け離れた、一体どんな経験をしたら出来るのかというほどに底の見えない瞳をして言う。
「大丈夫。いくら聡明だとはいえ、たかが18の高校生。放っておけばいい」
「あなたがそう言うなら・・・・・・」
神楽さんはそこで溜め息をつく。腕を組み、視線を蓮理さんの去って行った方向へ向けた。
「ただ、あのテの子は敵に回したくないわね・・・」
「では、どうしますか?」
「どうもしないわ。普通にするだけよ」
「?」
神楽さんの言葉の意図をすぐには計り知れないリディアさんは首を傾げる。
すると神楽さんは、その瞳をいつものものにして。
「普通に『お友達』でいるの。それでいいのよ」
「・・・はい、かしこまりました」
「それじゃあ、もう少し日が弱くなるまでここにいましょうか・・・」
「はい」
そして神楽さんは指を鳴らして海の家のウェイトレスを呼び、ブルーハワイとクリームソーダを注文した。




