第一章「辺境の開拓地」 4話
僕には友達がいない。
兄のエルナスは10歳目前で行動範囲をかなり拡げていて、近隣の跡継ぎ連中と交友関係を築き始めているし、姉のアメリアもお嬢様同志のお付き合いがあるようだ。
開拓済の領地はどこも割と安全なので徒歩でも結構遠くまで遊びに行けるらしい。
その点、僕の立場は実に微妙だ。
領民の息子達にとっての僕は当然領主さまの息子で友達付き合いをできる訳がない。
それはまあ良いとして、貴族同志の場合もすんなりとは行かない。
うちの家は準騎士爵だけど、開拓の申請は男爵級で、しかもそれが十分可能なペースで開拓が進んでいる。
父さんと母さんはそれ以上を望める程の魔力だそうだから、もしかすれば子爵にまでなる可能性もある。
男爵家以上なら家宰と次男坊を騎士爵に押し込む事も不可能ではないし、開拓で綬爵出来るように援助するのはもっと簡単だ。
そう、僕は次男だけど将来貴族になる可能性が高いと思われている。
他の家の次男三男はそうじゃない。
彼らは自力で貴族への道を拓かない限り貴族では無くなる可能性の方が高い。
僕は跡継ぎの長男でも、貴族になれない次男三男でもない。
同じ立場の者は少なくとも徒歩圏内には一人も居ない。
これは年端も行かない子供にとっては、この世の全てとも思える重大事だ。
もしも僕が普通の子供だったらきっと悩んでしまっただろうな。
けれど僕には数十年もの期間、孤独を友として生きてきた斧篠聡が居る。
正直、こんなものは孤独の内に入りもしないし、今隣に居るカテリナが『僕の傍に居るというだけで不幸になったりしない事』だけでも望外の幸せなのだ。
*
それにしてもこの辺りでは悪人や嫌な奴を見かける事が無い。
聡が居た世界もかなり安全な国だったが悪人はそれなりに居た。
辺境のド田舎でお互いを分かり合っている苦労人ばかりというのもあるだろうけれど……、親の威を借るバカ息子も、筋肉馬鹿のガキ大将すら居ない。
テンプレならそんな奴らが順番に現れて、それを相手に主人公が『ざまあ』をやる筈なんだけど、折角の魔法や天地流も力試しの機会すらないんだから実に困ったものだ。
仕方が無いのでこっそり森の探索を始めることにした。
魔法はともかく天地流はだいぶ上達したような気がする、試していないので実際は何も分かっていないけれど。
実は探索の準備は少しずつ初めていた。
天地流は武道ではなく古武術なので戦う相手を人に限定していない。
およそ日本から東アジアで遭遇し得る全ての獣も闘う相手の対象なのだ。
野猿・野犬の群れや猪の一家に始まり、果てはヒグマや虎まで、中には猛禽類も含まれる。
ぼくの探索での主戦武器は仗だ。
一刀両断できない限り獣を刃物で押し止める事は出来ないので、急所を深く突くのが一番効果的だそうだ。
殺傷力は槍が一番だけど深く刺さった場合の取り回しが非常に難しい。
殺すことが目的でなければ仗術が一番適している。
魔法の補助具で使う『杖:ツエ』と似た字だけどこちらは『ジョウ』と呼ぶ。
魔法の杖より長くて太く素材が固いのが特徴だ。
開拓で伐採された木々の中に、硬過ぎて建材に使われなかった樫の木があった。
放置されていたのがちょうど良く乾燥していたのでこっそり頂戴した。
この木が本当に硬くて本格的な道具が揃わないので加工が大変だったが、僕は魔法を総動員し手作業も加えて何とか数本仕上げる事ができた。
何だかとても良い魔法の鍛錬になった気がする。
仗が出来上がったのが半年前で、それ以来天地流の基本の鍛錬とは別にカテリナと杖術で手合せして仗になれるようにしている。
紅葉が美しい。
冬の寒さが厳しくないこの辺りでも紅葉する樹々はあって、常緑樹とのコントラストは目に鮮やかだ。
杖術で戦闘に問題が無くなっても、森に行くとなると刃物が無ければ心許無い。
5歳の幼児が刃物をねだる訳にも行かないので、この半年間古釘や底継ぎしようの無い割れた鉄鍋の欠片など廃材を拾い集めて鉄を確保した。
ちなみにこの世界では魔法で金属の抽出や加工が可能なので金属製品は割と出回っている。
空創系魔法で作った空間に鉄を入れて温操系で加熱して幾つかの魔法で加工を始めたら魔力が尽きて断念する事になった。
翌日どうしようかと思いあぐんで最初の空創系を作ったところでカテリナに引き継いだら何と空間が維持できている。
流石に四六時中一緒に居る効果なんだろうか。
ちなみにカテリナも空創系の初期発動はクリアしていたから全くあり得ない話でも無いのだけど。
まず、溶けた鉄屑から鉄だけを抽創系で抽出して不純物を取り除いた。
昨日、大量の消し炭から抽出しておいた炭素を加える。
これをほんの少しだけ入れた軟鋼と、1.5%ほど入れた玉鋼をカテリナが空間を維持してくれている間に何とか仕上げた。
次の作業の時間が中途半端になるのでその日はそこまでとして、次の日にもう一度空間をカテリナに任せて、温操系と物送系と物操系を駆使して中芯の軟鉄を玉鋼で包んだ刃物の素材を作り出した。
これまでもこれからもやり方は全て『聡の雑学』を元に僕が魔法風にアレンジしている。
翌日はカテリナが維持してくれる空間の両端に高温と低温の場を作った。
高温で真っ赤に染まった素材を空間の真ん中で両側から空操系のインパクトを与えて軟鋼と玉鋼を馴染ませて低温空間で焼きを入れる。
もちろん鋼の保持や移動には物送系が活躍する。
丸一日これを繰り返して一本目が打ち上がった。
翌日もう一本を打ち、研ぎをどうするか考えた。
焼き入れのインパクトで繊細な力加減が出来たので何とか使える切れ味なんだけれど、ここまですると地金の文様を出してみたくなる。
領地の端にある崖が堆積層だったので翌日何種類か魔法で切り出して持ち帰って見ると中砥石と仕上砥石に丁度良いのが手に入った。
今回は使わないが粗砥石ならば家で使っている砥石でも間に合うだろう。
今回は仕上げのみで良いので一日掛けて2本をじっくり研いだ。
地金の細かな模様がかすかに浮かび上がる満足の仕上がりとなる。
長さは材料の制限で日本刀の脇差よりも短い位だが、僕等の体格に丁度使い勝手が良い。
対人戦を想定していないので鍔は必要無く、長さが短い分反りも少ないので短い仕込み杖のような仕上がりとした。
また聡の雑学から拾って銘をクニミツとマサムネとした。
クニミツが僕、マサムネはカテリナ用だ。
鞘から紐を伸ばし腰に結わえて、仗を手に持ち、カテリナと僕は少しずつ森の中を探求して行った。
森のとば口に出るのは小動物か単独の中型の獣なので簡単に追い払いながら、連日僕とカテリナの探索は続いた。
あまり深いところには向かわず浅く広く、安全第一だ。
「あっ、ウサギさんだ!」
文字通り脱兎の如く逃げ出した兎を追ってカテリナが駆けだした。
葉野菜やキノコに気を取られていた僕が気付いた時にはカテリナの姿は樹々の陰に消えかけていた。
「待つんだ、カテリナぁ」
叫びながら後を追うが、兎に追いつけないカテリナは夢中で止まらない。
兎の姿を見失って立ち止まった彼女に僕が追い付いた時にはいつもの探索範囲よりかなり奥に入り込んでいた。
「早く戻ろう」
今は叱るより安全確保が優先だ。
カテリナの手を引いて振り返る。
その視線の先に小型の山犬の群れが居た。
10頭には足りないようだ。
カテリナが僕の手を強く握り、目を合わせて頷き合う。
そう、天地流の出番だ。
「手狭だから前に出るよ」
「うん」
今居る場所は木立の中で仗を振るうには手狭だ。
あの頭数なら個別撃破よりも武具の適性を選ぶ方がいいだろう。
僕は彼女の手を引いて木立がまばらな少しだけ開けた場所に進み出た。
山犬達は小さく無勢な獲物にご満悦で嬉々とした様子で僕等を取り囲んだ。
「バウッ!」
ボスらしき一頭が大きく唸ると約半数の山犬が飛び出して来た。
『へえ、時間差で波状攻撃か、良く統率されてるな』
視界の端でカテリナに向かおうとする一頭のこめかみを大きく腕を伸ばした仗で突いた。
目前の三頭が攻撃の間合いに入り飛び掛かって来る。
素早く引いた仗で低く飛び込もうとするのに眉間への突き、次に高く飛び掛かった横の一頭の喉を突いた。
「ギャウッ」
最後の一頭が間合いに入り込んだので仗を横に大きく振ってこめかみを殴打するとこれまでの三頭と違い悲鳴じみた鳴き声を上げた。
ここまでの一瞬の間に、残る山犬が間合いを詰めている。
目の前に来た二頭へ仗で軽く突きを撒いて後ずさらせ、カテリナに声を掛けた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
よし、まずは目の前を片付けよう。
最初の三頭は昏倒していて四頭目も唸りはしているが起き上がれないようだ。
目前の二頭が大きく左右に分かれて飛び掛かってきた。
『賢いじゃないか。』
仗に近いボスの眉間を突いて、持ち手を返して逆さの端でもう一匹のこめかみを突いた。
そのままの勢いでぐるんと仗を振るうとカテリナに向かう一頭の横腹を叩く事が出来た。
カテリナの傍には二頭が昏倒している。
僕が叩いた山犬が晒したこめかみをカテリナが正確に突いて戦闘は終結した。
「さあ、帰るよ」
ボスが昏倒しているので追っては来れないだろう。
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